彼は誰時の菫空
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目が覚めると鼻先が触れるほど近くに銀時の胸元があって、びくりと体が大袈裟に揺れた。
あまりに恥ずかしくて顔を見れなかった昨夜は背中を向けてたはずなのに、どうやら寝てる間に結局向きを変えていたらしい。
頭上から聞こえる小さな寝息と、ジャージの隙間から覗く綺麗な胸元は呼吸に合わせ上下していて、銀時の腕はしっかりと私の腰から背中へと回されていた。
向き合っている私達の間には隙間なんてほとんど無い。
寝起きでなかったとしてもこの距離はちょっと、私の心臓がすでに壊れそうなほどバクバクと煩くなっていて、距離を取ろうにも背中まで回されている腕はそう簡単に離れることを許してはくれなかった。
少しだけでいいから距離を⋯と体を動かしたせいか銀時が小さく声を漏らしたような気がして、起こしちゃったかなと不安になって、つい銀時の顔を見上げた。
思っていたより随分近くにある、綺麗に伏せられた目元や薄く開かれた唇。
まだいつも起きるている時間よりもだいぶ早い時間なのか、窓から差し込む光は月明かり特有の青白い色をしていて、銀時のふさふさとした銀色の髪や長く生え揃っている睫毛を綺麗に照らしている。
どうやら銀時を起こしてしまったわけではないようで安心はしたけれど、普段とはまた違った表情と湧き上がってくる昨日の記憶とで顔がどんどん熱くなっていく。
呼吸すら気を使うような距離にある肌も、そこから続く鎖骨や首筋も、普段見なれてるはずなのに全く別の銀時がここにいるような気がして落ち着かない。
「⋯⋯」
浅く短い呼吸をすると、ほんのりと甘い銀時の匂いがいっぱい流れてくる。
顔の熱も胸の激しさも一向に落ち着かないけれど、それよりもうんと大きく感じるのは全身を満たしてしまうほどの幸せ。
こんなに、こんなに幸せでいいのかなと不安になるほどの幸せ。
想いは伝えずにいようとずっと思ってたはずなのに、その気持ちとは裏腹に気持ちはどんどん膨れ蓄積されていくばかりで。
欲は無いのかとか、幸せになっていいとか、あの時言われた時点できっともう気持ちに蓋をし続ける自信は無くなってたのかもしれない。
「⋯⋯すき⋯」
銀時の胸におでこをつけて体温を感じながら、吐き出した息と共に自然と漏れた声。自分でもびっくりしてまた大袈裟に体を揺らすと、背中へ回されている腕が僅かに動いて
「俺も」
寝起きで普段より低く掠れた銀時の声が頭上から聞こえてきた。
さっきまで寝てたはずなのに。
今の言葉を明らかに聞いていたような返しで更に小さく体が震えながらも銀時を見上げると、寝起きのせいか重たそうに開かれた薄い目と視線が交わり、銀時の唇の端がほんの少しだけ持ち上がったような気がした。
片腕を枕替わりに頭の下に敷きながら、私の腰に回した腕でほんの少ししかない私達の間にある隙間すらも埋めるように体を引き寄せた銀時。
「俺も」
二度目の言葉を発した銀時は、それから続けて声を出さずに唇を動かし短い言葉を紡いだ。
その短く動いた唇が、何を言ったのかなんてすぐにわかって。
そんな、ずるい言い方で、私の顔は簡単に赤く火照っていく。
「⋯お、起きたなら起きたって言ってよ⋯」
もうどうしていいかわからなくて、もう一度銀時の胸元に顔をうずめて小さく文句を伝えると、笑いながら「悪ぃ悪ぃ」と言い私の頭にその柔らかくずるい唇で優しく触れた銀時。
「こっち見ろって」
腰に回していた手をするすると動かし私の頬に触れながら優しい声を降らせる銀時の胸に顔をうずめたまま、フルフルと顔を小さく左右に揺らすと、また小さく笑いながら今度は頭に触れて言葉の代わりにと何度も優しく撫でてくれる。
このあと何かあるんじゃないかと不安になるほど、本当に本当に幸せな時間。
その僅かに抱いてしまった不安から胸に手を当てていると、再会した日についてしまった嘘がどうしても頭を過ってしまう。
昔のことをこれからも隠し通せるのか。
きっと、いや絶対に無理だと思った。
昨日銀時に好きだと言われた時、ベッドの上で見下ろされた時、どこかで話を切り出していたら今頃ここに銀時はいなかったかもしれない、そう思うだけでどうしようもなく怖かった。
この溺れそうなほどの幸せを知ってしまうと、もう言い出す勇気の欠片も無い。嫌われたくない、離れたくないと思ってしまう。
「⋯何、なんかすげー可愛いなお前」
銀時の背中ヘ腕を回してきゅっと抱きつくと、ふわりと優しく撫でてくれる掌。
ただただ幸せだった。
まだ朝まで時間はあるし、もうちょっとだけ銀時に溺れていたくて、甘くて優しい匂いに包まれながらそっと目を閉じた。
***
いつになく可愛い名前を撫でていると、しばらくして聞こえてきた小さな寝息。
「⋯⋯名前?」
少しだけ体を離し名前の顔を覗けばすやすやと気持ちよさそうに眠ってた。
体が冷えねぇように再び抱き寄せれば、すんすんと鼻先を擦り付けてくる名前が猫みてぇで愛おしさが込み上げてくる。
「すき」
薄くなった意識の中で聞こえてきた名前の声にぼんやりと返事を返したつもりだった。幸せな夢だなつって。
だが、いざ耳に届いた自分の声で目を覚まし薄らと目を開けると、腕の中で俺を見上げる名前の顔が目の前にあって。
普段よりも赤らんで見えた名前の顔は俺と目が合うなりみるみると赤みを増していき、声に出すことが出来なかった俺の言葉を理解した頃には耳まで赤くして顔を下げちまった。
名前も寝ちまったし、まだ起きるには早すぎる月を窓越しに見上げていると、ひょこっと音もなくベッドへ飛び乗ってきた猫が名前の頭んとこで身を丸めた。
「⋯っとに呑気だな」
そこじゃ冷えちまうだろと思って名前との間を僅かに空けると、体を起こしてくてくと間に潜り込み同じように体を丸めて目を伏せた猫。
名前にかかるズレた布団を掛け直して猫ごと名前を抱き寄せながら、日が昇るまでもう少し寝ることにした。