彼は誰時の菫空
名前設定
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店の方で靴を脱いで腕を引かれながら名前に連れてかれた部屋に入ると、ぽかぽかと暖が入れられていた部屋にはベッドと猫用のクッションと小さい机と、あとは箪笥やらが置かれていた。
店にいる間も暖を入れてたってことは少なからず店側からたまにいなくなる猫のためだろうなと思いながらぱたぱたと動く名前をぼーっと眺めていると、急に俺の前で足を止めた名前はゆっくりと俺を見上げるなり袖口を控えめにつまんだ。
「⋯これ、シワになっちゃうから貸して」
袖をつんつんと引っ張る名前が可愛く、ちょびっと意地悪のつもりで「脱がしてくんねえの?」と笑いながら言えば、ペチンと綺麗な音と共に手の甲へ小さな痛みが走った。
名前が拗ねる前にと木刀やベルトを机に置き脱いだ着物を名前へ渡すと、シワが付かないよう衣紋掛けに慣れた手つきで着物を通している。
「⋯⋯シャワー浴びてきてもいい?」
聞いといた割には俺の返事を待たず足早に部屋を出ていった名前。
いやどうすりゃいいんだよ!
座るとこなんて目の前のベッドしかない、でもなんかいかにもすぎるだろ。
思っていたより情けない自分に腹が立ち頭を雑に搔いていると名前が僅かに開けていった扉の隙間から猫がそろそろと部屋へ入ってきて、身軽にベッドへ飛び乗ると心地よさそうに体を丸め始めた。
「⋯⋯呑気だなおめーはよ」
猫を抱き上げベッドに背をつける形で床に胡座をかくと「みゃふ」と鳴きながら腕から抜け出した猫は俺の脚の間へ身を収め、相変わらず気持ち良さそうに尻尾をゆらりと揺らしている。
ただでさえこっちは気が気じゃねえってのに。
きっと風呂上がりの名前は無駄にいい匂いしてんだろうな。
帰りたくねえと言ったのは確かに俺だが、よくよく考えれば普段からほんのり香る花のような匂いは髪か?と思い益々悶々とする頭をボサボサと搔いた。
猫をぼりぼり撫でていれば着ていた着物や帯を持ち戻ってきた名前は綺麗な白い浴衣のような寝間着を身にまとい、普段あげている髪も下ろしていた。
病室で見た時以来のような気もする下ろされている髪。
長さのある髪の毛先は細く束になりほんのり湿っていて、普段まとめ上げている時よりも艶が際立っているように見える。
帯や着物を慣れた手つきで吊るした名前は俺の隣へ来るとしゃがみながら猫を見つめ、うりうりと頭を指先でつついている。
「ごめんね待たせちゃって」
俺を見つめる名前はふわりと微笑み、猫の脇へ手を滑らせ持ち上げると定位置なのか猫用のクッションの元へ静かに運んでいる。
「んな待ってねーよ」
腰を上げた俺の元へ戻ってきた名前へ腕を伸ばし抱き寄せながら首筋へ顔を埋めると、思っていた通りの香りがふわふわと鼻腔へと流れ、着物や帯の硬さが無い名前の体は普段よりも体の輪郭がわかりやすく、薄い絹越しにわかる女特有の柔らかな輪郭は意図せず脈を早めていく。
どうしようもなく好きだと言ったあの言葉は過言じゃなく、本当にそれ程名前が好きだと自覚してた。
互いの気持ちが通じ合い遠慮なく触れられるからこそ、ほんの少し怖ささえ感じる名前が好きだという気持ちが胸から溢れてくる。
遠慮がちに、ぎこちなく背中へ回された名前の腕。
尽きることの無い愛おしさを感じながら少し距離を取ると不思議そうに俺を見上げる名前。そうするだろう事も全部わかってて、その艶々とした小さな唇へ吸い寄せられるように軽くキスをした。
「⋯⋯」
顔を離すと名前は無言のまま瞳を揺らし、火照る顔を反らすと手の甲で自分の口元を隠した。
その一つ一つの仕草や表情の全てがどれも可愛く愛おしい。
惚れた弱みと言われれば多分そうなんだろうが、その全てが俺の気持ちを遠慮なく刺激してくる。
「なぁ、もっかい」
「だめ」
顔を伏せたままの名前の頭へキスをしながら二度目を要求すると簡単に拒否される。
「名前」
「⋯だめだめ」
俺のとはまるで違う細くて艶があり綺麗な髪を伝うよう頭から耳元へと唇を移動させ名前を呼ぶと、細い体を一度震わせながらそれでも拒んでくる名前。
「これ以上何もしねーから」
「⋯⋯」
「⋯⋯⋯多分」
自分から言い出した言葉なのに、やっと俺を見上げた名前の目はたっぷりと疑いを含んでいて自分自身が一瞬信じられなくなった。
「⋯し、仕方ねーだろ!俺だって男だしよ!」
好きなやつがいれば男なんてみんなアレなの!と必死に訴えてみても、名前はその疑ってますよみたいな目線を俺から外すことなく「わかんない」と小さく呟いた。
「銀時」
自分が男である事に後ろめたささえ感じ始めた頃、俺の名前を呼んだ名前。
俺の方から外していた目線を名前へ向けると、自分の手をゆっくりと這うように俺の首の後ろへ運んだ名前は、そのまま腕に軽く力を入れた。
その力に引かれるように軽く背を丸めると、踵を浮かせた名前は目を伏せ自分から俺の口へと顔を近付け可愛い音を一つ響かせた。
「もう一回の分」
距離を取りながら首から外した手で髪を耳にかけ、恥ずかしそうに顔を赤らめて微笑む名前。
こういうふとした時にとんでもなく積極的で扇情的で、それでいて、そういう時に限ってしっかりと俺の目を見て微笑む名前。
その逃れる事の出来ない目線を向ける名前へ煽られた熱をぶつけるように腰に腕を回し引き寄せ、その狡い唇へ噛み付くようにキスをした。
角度をつけ何度も何度も、名前から漏れる声や息すらも食むように深く長く熱を交えた。
「ぎ⋯⋯んっ⋯」
時折漏れる俺を呼ぶ声が更に欲を掻き立て、腰に添えた腕とベッドへ掛けた片膝で名前を支えながら押し倒すようにベッドへ倒れ込み、軽く吸い上げながら唇を離して自分の下に敷かれた名前を見下ろせば、窓から差し込む月明かりが艶めかしく名前の頬を照らしていた。
やべ、と思った時にはもう手遅れだった。
「⋯ばか」
目を潤ませた名前は俺への悪態をつきながらさっきと同じように手の甲を口に当て、もう片方の手で俺のジャージの胸元を軽く握っている。
あまりに名前が可愛かったとかエロかったとか、そんなもの言い訳にしかならないとわかっていながらもつい欲に負け少し前に言った言葉を簡単に破り捨ててしまった事へ「悪ぃ」と謝りつつ名前の掌へ軽くキスをして、正面から沈むように名前の横へ体を倒した。
「あー⋯」
やっぱ男なんてロクデモネーな。なんて思っていると、もぞもぞと隣で動き出した名前は正しい向きでベッドに座り膝をのばしながら、ポンポンと自分の横を軽く叩いている。
大人しく体を起こし名前の横へ顔を伏せるよう再び横になると、足元にある布団を掛けながら「寒くない?」と声をかけてくる名前。
「あー⋯」
隣へ横になった名前の腹に腕を回しながら体を寄せて隙間なく名前の背中に触れると、絹越しに感じる体温のおかげで寒さなんて感じなかった。
目の前にある名前の髪からは勿論、俺達を覆う布団からも香る名前の匂いに包まれながらスンスンと名前の頭へ鼻先をつけると、くすぐったそうに身を捩りながらも腹へ回した俺の腕に自分の手を重ねてくる名前。
「おやすみ銀時」
俺の気持ちなんてきっとこれっぽっちもわかってないだろう名前はそう言うと、暫くして規則正しい寝息を立て始めた。
今日か昨日か、既に日付を跨いでいてもおかしくない時間の中で名前の温もりを感じながら、起きたこと全てを思い出していた。
互いに好きだと分かり合えた事や、見せてくれた表情、触れた唇や熱を思い出せば自然と満たされていく胸。
と同時に、そんな事考えていればごく自然とそれはもう当たり前に生理的な現象も起きていく訳で。
幸いにも名前は寝ているから気付くことはないだろうとわかっちゃいるが、焦り出す俺とは裏腹に中々治まってくれない己のそれに半ば呆れながらも気付けば意識を手放していた。