彼は誰時の菫空
名前設定
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名前の熱を堪能しゆっくりと目を開けながら顔を離すと、互いの唇を繋ぐ半透明の細い糸がぷつんと切れた。
さっきまで赤く潤んでいた目は閉じられたままで、その目尻から火照り過ぎている頬を伝う涙を撫でるようにすくえば静かに持ち上がる目蓋の下から覗く大きな瞳が俺を見上げた。
どうしようもなく好きだと伝えた後に覗き込んだ顔はあまりに可愛く、あまりに艶めいていて、もっと早くに見れたんじゃねえかと後悔するほどで。
俺には関係ねぇだ何だと言いながらも結局はそんな言葉で逃げるのをやめていっそのこと気持ちをぶつけてみると、思ってた何倍も俺が見たかった一面を見せてくる名前にドキドキと胸が高鳴った。
酒のせいだと言い逃れできねえほどに体が熱を持っていくのが自分でもわかってた。
「んで?お前はどーなの」
俺を真っ直ぐに見つめている名前へわかりきった言葉をかければ、ばっと顔を伏せた名前は俺の胸元へ額を当てると着物を掴む手に力を込めた。
「⋯き」
そのまま何かを言ってるのはわかったがあまりに小さな声で全く聞こえず、おおよその見当はついちゃあいるが「あ?」と聞き返すと、震える声を僅かに大きくさせ「だからっ」と真っ赤に染まった顔を上げた名前。
「⋯⋯すき⋯です⋯」
自分から顔を上げておきながら俺と目が合うなり大きな瞳を震わせ再び顔を下げた名前は、今度こそ聞こえる声ではっきりと、たっぷりと間を空けてからそう言った。
その言葉はずっとずっと名前の口から聞きたいと思っていた言葉で。
いざ言われてみればあまりの嬉しさで思いっきり名前を抱きしめた。
「あー⋯まじ」
不意に情けなく声が漏れるほど幸せで、嬉しくて、腕に力を込め離さないようにと抱きしめていれば胸元からくぐもった声が聞こえてくる。
それでも名前は「痛い」と言いつつも俺の背へ腕を回すと小さな力で抱きついてきて、それもまた酷く愛らしさを感じた。
「みゃう」
暫く名前に抱きついていれば、そういえば今日は店に来た時からいつもの場所に居なかったと思っていた猫が奥の方からそろそろとこっちに近付いてきた。
「⋯⋯ご飯あげなきゃ」
そう言いゆるりと腕を離した名前につられるように腕の力を緩めると、きっと未だに赤いだろう顔を伏せたまま俺の元から離れキッチンの方へと向かっていく名前。
俺の足元へ来るなり顔を擦り付けてくる猫に目線を合わせるためその場にしゃがみながら「何お前、立派にヤキモチか?」と顎を撫でてやれば、調子よく気持ちよさそうに目を細めながら「みゃん」と喉を鳴らす猫に自然と頬が緩んだ。
「ごめんねお腹空いたよね」
決まった皿に乗せた焼き身と水を持ち戻ってきた名前は、俺の隣へしゃがむと皿を置き猫の背を優しく撫でた。
「こいつお前の事だいぶ好きみてーだな」
猫に言葉なんて伝わらねえし伝わってすらこねえが、先程の事を思い返しながら名前にそう言えば、猫の背を撫でたまま「銀時みたいに?」とふわりとした声で言い返してきた名前。
⋯⋯お前さっきまであんな⋯え?とぎこちなく首を動かしながらあまりに普段通りすぎる態度に隣を見れば、俺に気付いた名前は俺を見上げながらまだ熱の引かない頬を緩ませへにゃりと笑っていた。
こういう顔を見る度に名前が好きだと実感する。
もう遠慮なく触れられるその頬に手を伸ばせば、少し驚きつつも恥ずかしそうに心地よさそうに、まるで猫みたいに目を細める名前がたまらなく愛おしい。
ごく自然と赤く艶のある唇へ親指を滑らせると、ぷいっと顔を逸らした名前は静かに立ち上がった。
その動きを追うように名前を見上げれば俺とは反対の方に顔を逸らしながらもたった今触れていた頬や口元に手を当てている名前。
可愛すぎるその仕草に堪らず立ち上がり背中から腕を回して肩口へ顔を乗せるように抱きつくと、名前はぴくりと体を震わせながらも腹へ回した俺の腕の上から自分の手を重ねてきた。
なんでこう、何もかもが可愛いんだよ、と思いながら薄い腹に回した腕からは暖かい体温が伝わってくる。
「なぁ俺、帰りたくねーんだけど」
んじゃ帰るわつってこのまま帰る気にはなれなかった。
全身から伝わってくる温もりを感じながら本心を口にすれば、また小さく体を震わせた名前は暫く黙っていたが、なぁ、と再度声をかけると小さな声で「何もしないなら」と呟いた。
「⋯⋯⋯」
いや何かをする前提で話したわけじゃねえよ?ねえけどよ?
そりゃいい歳した男女が、しかもお互い好きでしたなんて分かり合えた男女がよ、そりゃ一緒にいたら何かしら起きるかもしんねえから?まあ一線引いとくっつーのも大事かも知んねえけどよ。
それって生殺しじゃね?据え膳食わぬはとか言うじゃん、いやまあ食う前提で言った訳じゃねーけどよ、俺だってそりゃ男だし?アレがアレでソウナルかもしんねえじゃん⋯え?
邪すぎる考えがブンブンと頭の中を行き来しながら完全に言葉を返すことを忘れていた俺の方を軽く振り返った名前は、言葉を続けた。
「⋯ベッド一つしかないけど」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯何もしないなら⋯」
「⋯⋯⋯」
スン、と名前の首元へ顔をうずめながら言葉の代わりにぎゅっと腕に力を込めて強く抱きしめると、ぺちぺちと腕を叩きながら小さく抵抗する名前を今だけはマジで憎らしく思った。