彼は誰時の菫空
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お正月も過ぎお店も普段通りの営業へと戻っていた。
時間もだいぶ遅くなり、お店にはいつも来てくれているお客さんと決まった席で顔を伏せて決まっている銀時の二人のみ。
「頼むよ名前ちゃん!」
「⋯さすがにその、息子さんのお気持ちもありますし⋯⋯」
配達をしてくれたり夜になるとよく食べに来てくれているお客さんから、息子さんと私の年が近いということもあり一度でいいから食事に行って欲しいと頼まれていた。
「ほんと、一緒に飯食ってやるだけでいいからよ、頼む!」
いくら断りを入れても「一度だけ!」という言葉に押されてしまい困っていた。
相手を知らない訳じゃない。定期的に魚を届けてくれる方で、たまにこのお客さんの代わりにと息子さんが届けてくれる日もあったり、息子さんもたまにご飯を食べに来てくれていた。
キッパリと断るべきなのかもしれないけれど、引かずに頼んでくる気持ちを無下にできない気持ちも生まれてしまい、つい「⋯一度だけでしたら」と承諾してしまった。
結局お客さんがお店を出るまで度々ありがとうと言われてしまい、本当に息子さん思いの優しい方なんだな、と思いつつも少なからずの不安や後悔はモヤモヤと胸に居座ったままだった。
お客さんを見送り、もう時間も遅くお店を閉めるために暖簾を中へ入れ扉を閉めてから、もう一人のお客である銀時の元へとゆっくりと近付き肩を軽く叩いた。
「銀時起きて、もうお店閉めるよ」
何度か肩を叩くと「あ〜」と言いながらお酒のせいで赤く染る顔をゆっくりと起こした銀時は、気怠そうに腕を開けるとボリボリと頭を搔いた。
「⋯お前あれマジで行くの?」
「あれ?」
「飯」
てっきり寝ていたとばかり思っていた銀時は、しっかりとやり取りを聞いていたらしく今の私にとってはだいぶ際どい言葉を投げかけてきた。
「⋯あんなに頼まれちゃったし、一度だけ⋯なら⋯⋯」
いつも魚を配達してくれたりするお客さんだし、と。
言葉を返しながら、ふと銀時の眉間へと刻まれていく僅かなシワへと目線が向いてしまった。
私の言葉を聞き終えると、普段より少しだけ低い声で「お前好きなやついるんじゃねーの」と言いながら椅子を引き立ち上がった銀時は、少し顔を伏せながら「まぁ俺には関係ねえけどよ」と言葉を続けると頭を搔きながら私を一度も見ることなく横を通り過ぎ扉へと向かって歩いて行った。
ちくりと痛む胸は少しずつ息苦しさを与えてくる。
これ以上の関係になるのが怖くて今のままでいいと思っているにしても、確かに銀時の言わんとしてることは理解出来た。好い人がいるのに他の男性とご飯へ行くのはどうなのかと。
しかも、その想いを寄せている銀時本人から言われた言葉はどの言葉よりも重くのしかかってきた。
どれだけ幸せになって欲しいだ私じゃ無理だと言葉では言ってみても、随分と失礼な事をしようとしていたと気付いた。
そう思うと途端に銀時へ駆け寄り、お店を出ようとしていた銀時の片腕へと手を伸ばしていた。
「ごめん、ごめん銀時」
「なんで俺に謝んだよ」
腕を掴んだことで必然と私の方へと振り返る銀時。
勢い任せに腕を掴んでしまい、まだ整理のつかないまま言葉をかけてしまったため続く言葉なんて考えていなかった私は、ただ勝手に抱いた気持ちから謝罪を口にしていた。
見慣れた靴先と着物の模様を見下ろしながら、どんな言葉を返すべきなのかと、余裕のない頭で必死に考えていた。
いくらか時間だけが過ぎた頃、私が掴んでいた片腕を離し私の腰へと添えた銀時は遠慮なく私の体を引き寄せた。
その突然の予想していなかった動きで自然と前へ構えてしまった両手は銀時の胸へ触れ私と銀時との間に挟む形になってしまい、縮まった距離のせいで銀時が纏うお酒と甘い匂いが鼻腔を蕩かしていく。
「俺んとこ居ろよ」
互いの髪が触れるほど近く耳元へ寄せられた口から届けられた言葉は、ただでさえ余裕のない私の鼓動を一瞬で加速させた。
バクバクと煩く激しさの増す胸のせいで言葉なんて口から出ることも無く、溶けそうに熱くなる体と苦しくなる胸を必死に抑えようとしている私の耳元で「なぁ名前」と囁く普段より少し掠れた銀時の声に何もかもが限界を迎えようとしていた。
「お前の事どーしようもなく好きなんだわ」
お前もだろ、だから俺んとこ居ろよ。
気付けば腰に添えられていない手は頭の後ろに当てられていて、優しく力の篭もる二つの腕に抱き竦められていた。
お酒のせいか少し掠れる銀時の声が酷く色っぽく鼓膜に纏わりつく。
薄く開いた唇の間から短く熱い息が酸素を巡らせるため何度も吐かれては、その甘い空気を体内へと必死に取り込み続けている。
「⋯⋯わ、私、好きなんて一言も⋯」
酸素を取り込み必死に声に出した言葉は小さな抵抗のようなものだった。
このままだと熱は上がるばかりで体も心も苦しくなる一方で。そんな私なんてお構い無しにと両手で私の頬を挟むように触れ目線を合わせるように上を向かせた銀時。
店内の光を受けちらちらと光る色素の薄い銀色の髪と私を見下ろすことで自然と生まれる影を纏う銀時の顔は、明らかに酔いだけではない火照りを帯びていた。
「だってお前」
私の顔を見るなり、目を細めて口角をゆるりと上げずるい顔をする銀時。その顔で更に胸が苦しくなりながら、銀時の口元が何かを言うためにゆっくりと動いていくのをただじっと見つめていた。
親指で軽く頬を撫でた銀時はまた私の耳元へ口を寄せ
「どう見たって、俺が好きって顔してんだろ」
と言い、もう既にどうにかなりそうなほど熱の篭もる私の顔は、その一言で更に過剰なほど熱を集めていく。
そんな私の顔を覗き込んだ銀時は、目を伏せるとゆっくりと顔を近付け触れるだけのキスをした。
一ミリも動けないまま瞬きをも忘れてしまい、まるでスローモーションのように銀時を眺めていると伏せられていた目蓋が持ち上がり、綺麗な赤に捕まってしまう。
「名前」
既に感覚が麻痺し始めている鼓膜に届いた甘ったるいほどに優しく呼ばれた名前。
影を纏う銀時の表情に目眩がしそうなほど見惚れてしまい、もう何がどうなっているのかさえわからない。ただただ、目の前の銀時から目が離せず言われるがままされるがまま、じっと見つめ続ける事しか出来なかった。
銀時はその赤い目で私を捉えたまま左頬に添えていた手で私の顎を軽く押し唇へ小さな隙間を作ると、その細く小さな私の呼吸を覆うように唇を重ねてきた。
「⋯⋯ん⋯んぅっ⋯」
何度か吸うように音を立て与えられたキスは、やがて僅かに出来た隙間から押し入ってくる熱い舌により扇情的なものへと変わっていく。
漏れる声すらも飲み込むように舌を絡めながら口内を優しく犯していくそれはお酒特有の甘さと酔いを纏い、毒のようにじわじわと体を痺れさせていく。
逃げる気などない私の体を二つの腕で支えながら気持ちを注いでくる銀時。その続けて与えられる甘い熱に溺れてしまわぬよう震える両手で銀時の着物を必死に掴んでいた。