彼は誰時の菫空
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新しい一年は早起きから始まった。
「おはよ、今年もよろしくね」
お腹の上にいた猫を優しく撫でて、のんびりと作った料理をお重に詰め、身支度をしてから家を出た。
昨日の夜新八くんから電話があって出てみると声の主は銀時で『明日来いよ』という誘いに快く返事を返して、お店を早めに閉めてからのんびりと湯船に浸かって早めに寝た。
万事屋へと向かう途中、どこもお正月といった飾り付けや催しで賑わっていた。天気も良く青く綺麗な空がかぶき町を覆っている。
玄関の呼び鈴を鳴らすと中からタタタッと走ってくる音が聞こえ、間を空けずに「名前ー!」と玄関を開け飛びついてくる神楽ちゃん。
「神楽ちゃんおはよ、今年も元気だね」
「勿論アル!名前こそ、今年も来年も再来年もその次も、次の次もずーっと末永くよろしくアル!」
落ちないように体を支えつつ、いつみても可愛い神楽ちゃんの小さな頭を撫でていると奥の方から新八くんも顔を見せた。
「名前さん!あけましておめでとうございます」
「新八くんもおはよ、今年もよろしくね」
寒いから中に入ろうと神楽ちゃんと一緒に中へ入り、これみんなで食べてねと手に持っていたお重を新八くんに渡すと「名前さんの美味しいんですよ!懐かしいな」と声を漏らす新八くん。
お花見の時もそういえば持って行ったっけ、と随分昔のことなのにここ最近の事のように色々と思い出した。
居間に行くと、ソファの背もたれに頭をへたりと力なく乗せながら「よー」とこちらに目線だけを向けている銀時と目が合った。
「もう⋯新年早々二日酔い?それとも寝不足?」
「全部」
あ〜と声をあげ頭に手を置く銀時に呆れながらも小さく笑うと、隣からもふっと定春くんが近寄ってきた。
「定春くんもおはよ」
少し前ここに来た時から癖になってしまった白くて大きなもふもふに触れていると、新八くんと神楽ちゃんがお重を持ってやってきた。
︙
お重をみんなで食べて、お正月特有のテレビを流しながら時間を過ごしていると「初詣行きませんか?」という新八くんの提案で、少しは顔色も良くなった銀時も連れみんなで近くの神社へ向かうことになった。
「⋯⋯なんでお前らがいるんだよ」
「仕事に決まってんだろ」
わりと大きめな神社がこんな近くにあったんだ、なんて思いながら眺めていると、新年早々浮ついた人達が増えることで必然と比例する問題に備えてか警備のため見回りをしている真選組の皆さんと遭遇した。
「新八君がいるということは⋯おた」
「いませんよ」
急にそわそわと辺りを見回す近藤さんと、そんな彼へ冷ややかな目を向ける新八くん。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
お互いすごい表情をしながら無言で睨み合う神楽ちゃんと、総悟くん。
それから出会ってすぐ言葉を交わしたきり顔を背けてしまった銀時と土方さん。
みんなツンケンしてるけど、いつもと変わらない光景に少しだけ安心した。
「また今年もよろしくお願いします」
そんな雰囲気を気にせず言葉をかけると、各々がそれらしい表情で言葉を返してくれた。
「おら、とっとと行くぞ」
銀時の一言で新八くんと神楽ちゃんを連れてお参りに行こうと思い、土方さん達へ軽く頭を下げてから横を通り過ぎようとした時、急に腕を掴まれた。
「え?」
振り返ると、普段と変わらない顔でじっと私を見つめている総悟くん。私の腕を掴む手も彼のものだった。
「⋯どうしたの?」
何か用でもあるのかな、と問いかけてみても腕を離してはくれず、かといって何かを言ってくるわけでもなくただじっと表情を変えることなく私を見つめてくる総悟くん。
あまりここで立ち止まっていても、先を行く銀時達に置いていかれてしまう。
「総悟くん⋯?」
改めてそう呼びかけてみると、心なしか総悟くんの口元がゆるりと吊り上がったような気がした。
***
俺の名を口にした名前さんの後ろで、足を止めこっちを見ながらほんの少しだけ目蓋をぴくりと動かした旦那と目が合い自然と口角が上がった。
「口元に、タレ付いてますぜ」
旦那から目線を外し、名前さんの耳元に顔を寄せ相手にしか聞こえないような小さい声で嘘を呟けば「本当?!」と口元を隠し当たり前の様に驚く名前さんが、素直で面白くて、短く息を吐いた。
「ほら」
名前さんの口元を隠している手を退けてタレなど付いていない赤く綺麗な口元の端を親指で拭うように動かして、そのまま指の腹をぺろりと舐めた。
「そ、総悟くん!!」
そんな俺を見て酷く動揺しながら声を上げた名前さんは、タレが付いていたと勘違いした上さらに羞恥へ追い打ちをかけるような行為でみるみると火照り出し、俺は名前さんのそんな姿を見ながら胸がそわそわと揺らいでいくのがわかった。
「⋯ちょちょちょ、おたく何してんの!?」
お前も何されてんの!?と、名前さんの声や俺の行動で流石に慌てたのか名前さんへ近寄り腕を引く旦那。
名前さんの腕は既に離れているため旦那に引かれたことで容易く振り返る名前さん。そんな名前さんの顔を見て、明らかに動揺し少し固まる旦那にますます口元が吊り上がる。
「何って、別に何も。ね?名前さん」
わざと名前を呼べば旦那の手を取りそのまま少し先にいる他の二人の方へ急ぎ足で向かい出す名前さんと、手を引かれ転びそうになりながらも付いていく旦那の後ろ姿。
やり過ぎちまったかな、なんて思いながら二人の後ろ姿を暫く見つめていると、俺と同じように二人を眺めている一人の男に気が付いた。
その横顔を覗き込み纏われた表情を見ながら小さく息を吐き、もう一度自分の親指を舐めれば少しだけ甘いような気がした。
***
俺の手を掴み足早に前を歩く名前をみながら、さっきのはなんだったのかと頭の中をグルグルと巡る思考が煩わしくて頭を搔いた。
何を言ったかまでは聞こえなかったが、その一言を言ったすぐ後、名前へ触れその指先を舐めていたのだけはわかった。
そもそもいつの間にこいつら名前で呼びあってんだ?
いくら知り合いとはいえ知らずのうちに親しく、なんて自分の気持ちすら伝えられていない俺に言えることじゃないかもしれねえが。
だが、よりにやってあのドSと、と思えば多少なりとも驚いた。
「⋯はぁ⋯⋯」
新八と神楽の少し後ろまで来るとようやく足を止めた名前は小さく肩を動かしながら乱れた呼吸を落ち着かせようと、白い息を何度も吐いている。
「⋯なんで、なんで言ってくれなかったの!」
繋がれたままの手を見つめながら名前が落ち着くのを待っていると、急に振り返った名前は顔を赤らめながら勢い任せに言葉を投げてきた。
だが一体なんのことだか全くわからない。何がだよ!?と言葉を返すと、きゅっと口を閉じ赤らめた顔を逸らした名前。
「⋯⋯タレのこと」
「あ?」
「⋯だから!口元にタレが付いてるって⋯!」
総悟くんに言われるまで気付かなかったじゃん、と尻すぼみになる名前の言葉を聞きながら、タレなんてついてたか?ついてたらいくら俺でも気付くだろうし最悪新八や神楽が気付くだろ?と。
だが少し考えてみれば、あの時ニタニタといやらしく笑っていた男の顔が徐々に浮かんでくる。
あれは明らかに俺を見て口元を吊り上げていた。ありゃあタチが悪過ぎる確信犯だと。
あの顔と名前の言葉でだいたいの見当がつき大きく溜息を吐いた俺は、自分の手に繋がれたままの小さな手をきゅっと握った。
「お前いつからあいつのこと名前で呼んでんの」
「名前?⋯⋯総悟くんのこと?」
「そうその総悟クンのこと」
この素直で純粋過ぎる故に騙されていたどうしようもなく愛おしい名前へ名前のことを聞けば、数日前に店に来た時のことを話してくれた。
「とっとと行くぞ」
さっきと同じ言葉をかけ今度は名前の手を引きながら新八と神楽の後ろを追えば「ちょっ⋯銀時、手!」と恥ずかしそうに声を張る名前の言葉が耳に届き、離れないようにと一層手に力を込めた。
「寒ぃんだよ」
小さな手から感じる温もりで全身の寒さを解決出来る訳ではなかったが、しばらく歩き手を握る力を弱めてもその手が解かれることは無かった。