彼は誰時の菫空
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大晦日やお正月も近付き、何か普段のものとは違ってそれっぽい季節感や年末年始感のある料理をお店で出せたらなぁ、と買い物に出ていた。
煮豆とか栗の甘露煮とか伊達巻とか、例え小鉢に少しあるだけでも雰囲気は全然変わってくると思う。
買い物を終えてお店に帰り買ってきたものを整理していると、ガラガラと扉が開き頭に薄く雪を積もらせた沖田さんがやってきた。
「沖田さん、こんにちは」
銀時や小太郎みたいに暖簾を出していなくても遠慮なくお店を訪れる人はいたけれど、沖田さんがこうやってお店に来てくれたのは初めてのように思う。
私の言葉へ特に返事をすることも無く以前座っていた席と同じ席へ腰を下ろした沖田さんは顔を俯けていて、雪により少し濡れながら垂れている前髪で表情までは見えないけれど、少なくとも記憶にある限りのいつもの沖田さんとは様子が少し違ってた。
「風邪ひいちゃいますよ」
沖田さんの前に温かいお茶とタオルを差し出してみても、それを手にすることも無く頭に薄く積もっていた雪は水になり髪から滴っている。
少し迷ったけれど、失礼しますね、と一言伝えてから受け取って貰えなかったタオルを頭に乗せて軽く水気を拭いていると「いいって言ってねぇ」と小さな声が聞こえてきた。
それでも、私の手を拒むこともせずそのままでいてくれる沖田さん。
次言われるまではこのままでいいかな、とそのまま優しく撫でるようにタオルを動かしていた。
「アンタ兄弟とかいるんですかい」
ぽつりと呟くように発せられた言葉。
手を止めて考えるのは、兄のような存在の人達の事。
実際に血縁という意味での兄弟となれば正直いるのかどうかわからない。
あまり人に話すような過去では無いけれど、沖田さんへなら話してみてもいいかなと、何故かそう思えた。
「兄みたいな方は何人かいますよ」
「意味わかんね」
「私、小さい時に拾われたんです、だからもしかすると知らないどこかで兄弟や姉妹がいるかもしれません」
いると思います?と普段通りの声音で尋ねてみても返事は返ってこない。
元々返ってくるとは思っていなかったため、それから暫くは何かを言われることも無く静かに時間が過ぎていく中で今度は私の方から話を続けてみた。
「小さい時によく一緒にいた人達がいて。みんな好みや性格や見た目も全然違うんですけど、もし兄がいたらこんな感じなのかなってふわっと思ったことはありますよ」
沖田さんはいらっしゃいますか?と、俯いているため顔が見えないままの沖田さんに尋ねてみると、少し間を空けてから「姉がいやした」と酷く落ち着いた声で答えてくれた。
その答えが過去形だったことに違和感を感じたものの、今目の前にいる沖田さんの様子が全ての答えのような気がした。
「たった一人の家族だった」
ぽつりと言葉を零した沖田さんは私の手からタオルを取ると頭に乗せながら顔を覆い、膝に小さな染みを作る雫を乱暴に拭いていた。
きっと沖田さんはお姉さんのことを、とても大切に、とても大事に、思っていたんだと思う。
噛み締めるように零していた一言からひしひしと伝わってくる雰囲気がそうだと言っているようだった。
「沖田さんからこんなに思われてるなんてお姉さんは幸せですね」
お姉さんの事は何もわからないですけど、もし私を思って泣いてくれる弟がいたら私はすごく幸せです。
思ったことをそのまま言葉として伝えると「泣いてねえ」とタオルで再び顔を覆ってしまった沖田さんに小さく笑った。
私なりに出来ることがあれば、と思いながら未だに俯く沖田さんの頭を優しく撫でた。
「あるものでしか用意できませんけど、ご飯、食べていかれますか?」
「⋯⋯アンタの奢りなら」
「今からご飯炊くので少しお時間かかりますけど許してくださいね」
あとお茶入れ直しますね、と伝え一度席を離れてお米の準備をしてからお茶を温かいものに入れ替え、再び沖田さんの前へ出し同じく隣の席へ腰を下ろした。
「さっき拾われたって言ってましたよね」
お茶を僅かに喉へ流した沖田さんは僅かに顔を上げてこちらを見つめてきた。
「はい」
「親とか気にならねえのか」
「⋯⋯それが、よくわからなくて」
「は?」
私の言葉にごく自然な反応をする沖田さん。それはそうだと思う。
気の抜けた声を出した沖田さんへ曖昧に微笑みながら、松陽先生から聞いていた事をぽつぽつと話してみた。
母親らしい亡骸の傍で泣いていたのを保護してくれたため多分もう母親はいないということ、唯一覚えていたのは自分の名前だけで父親や他に家族がいるのかどうかもわからないこと、ましてや母親と過ごしていた記憶もなければ顔すらも思い出せないということ。
思い出と呼べるような記憶が何も無いから実の父親や家族というものに執着していないというか、当時は気にしていたかもしれないけれど物心ついた時には考えることも無くなっていた。
「多分、今更父や兄弟や姉妹だという人が現れても実感が湧かないというか⋯」
「まあ」
「それに私、拾ってくれた方や兄のような人達と時間を過ごせて楽しかったですし」
そう笑えば、また静かにお茶を口にした沖田さんは言葉を続けた。
***
「⋯なんでですかね?」
へにゃりと笑う目の前の女が正直よくわからなかった。
なんで俺にそんな話、と聞けば曖昧に返ってきた答え。
普通拾われたとか親が死んでるだとか、俺みたいな間柄の相手に言うことじゃねえと思いつつも、現にそんな間柄の相手の元へ足を運び弱音を吐いてしまった自分自身のことを思えば似たようなものなのかと少しは理解出来た。
見た目や声は全然似てないが、なんとなく纏う雰囲気やふとした時に笑う表情が似ていた。
だから、休め休めとほぼ強引に取らされた休みを使い店に来てみた。ただそれだけだった。
「いつから好きなんですかい?」
「え?」
「旦那でさァ」
だから、なんとなく、前から気になってたことを聞いてみた。
雰囲気が似てるからこそなのか旦那を見るときの目を見てすぐにわかった。勿論旦那の目も。
俺の周りにいるやつは素直じゃねえなとつくづく思う、近藤さんまでとは言わねえがもっと真正面からぶつかっても良いだろうと。姉上の一件だってそうだ。
「気付いてた?」
髪を耳にかけながら眉を下げて柔らかく笑い、俺の問いに対しあまり悩むことなく「最近かな」とすんなり答えた。
「最近ねェ」
「気付いたのは最近なだけで、もっと前からそうなのかも」
「アンタは他の女と旦那が一緒にいてもいいんで?」
旦那を見てりゃあそんなの有り得ない事くらいわかってた。が、前に自分じゃ駄目だと言ってたこの女へ少し冷たい言葉を投げてみた。
すると一瞬、ほんの僅かに目線をずらしながら答えをくれた。
「⋯銀時が幸せならそれでいいかな」
「随分と綺麗なこった」
「でも⋯⋯」
妬けちゃうな。
曇ることなく透き通るような声で小さく、それでいてハッキリと口にした言葉。
耳を触り頬を少し赤らめながら眉を下げ笑って答えるその顔を見て、脈が大きく跳ねた。
あの掴みどころのない旦那がこの女に惚れる理由を、何となくわかった気がした。
羨ましいとかそんな言葉なんて使わずに、まっすぐにただ妬けちゃうと言い放ったこの女は、きっと俺が思ってるよりずっとずっと旦那に惚れてる。
だからこそ、自分の気持ちを自覚してるだろうに自分じゃ駄目だという。そこが尚更理解できなかった。
***
「沖田さん、またいつでもいらしてくださいね」
ご飯を綺麗に食べ終え、帰ろうとする沖田さんへ声をかけると足を止めこちらを振り返り「それ気持ち悪ぃ」とぴしゃりと言い放った沖田さん。
「その敬語、年下に使う言葉じゃねえや」
「はい?」
「あとその沖田サンって呼び方も気に入らねえ」
総悟でさァ。そう言うとまた向きを変え今度こそ本当に帰ってしまった。
実際の歳を聞いたことは無いけれど、新八くんとそこまで変わらない歳だろうとは思っていた。だからもしかすると、敬語を使うことで逆に気を使わせてしまっていたのかもしれないと少し申し訳なく思えた。
苗字の事だって、土方さんや近藤さんは沖田さんの事を名前で呼んでいたと思う。きっと本人にしかわからない響のようなものがあるんだろう。
「総悟くん⋯⋯?」
次会うときは名前で呼んでみようかな、といざ声に出してみると呼び慣れていないせいか随分と新鮮な響に少しだけムズムズと胸が痒くなった。