彼は誰時の菫空
名前設定
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「んー⋯」
銀時へ贈るための手袋を買いに来てみたものの、いざ眺めてみれば沢山の種類がありどれがいいのかと悩み始めてから随分と時間が経っていた。
寒そうに鼻や指先を赤くしていた銀時を思い浮かべながら、マフラーの色と合わせた方がいいのか落ち着いた色味の方がいいのか、いっそ着物に合わせた色の方がいいのかと悩めば悩むほどキリがない。
こんなに悩むと思っていなかった。
銀時は浴衣を思い出してこの簪を選んでくれたんだっけ、と頭に付いている簪の事を思うと僅かに頬が熱くなる。
「名前ではないか」
「⋯小太郎!」
これだ!という物が見つからず時期も相まって沢山ある手袋を暫く眺めていると真横に来た人物から声をかけられ、見上げるように顔を向けるとそこには小太郎がいた。
「ここは男物しかないぞ、女物は確か⋯」
「ぎ⋯⋯プ、プレゼントなの」
銀時に、と言いかけ言葉を飲み込み名前を伏せながら意図を伝えると「なるほどな」とすんなりと納得してくれた小太郎は私と同じように手袋を眺めた。
「⋯こ、小太郎?こんなに堂々としてていいの?」
「ん?ああ、問題は無い」
いざとなればこうするまでだ、と驚く速さで羽織っていた長羽織を裏返すとまるで女性が身につけているような色味の布地と柄が現れた。
相変わらず長く綺麗な髪とこの布地を後ろから見れば、確かに小太郎だとはバレなさそうだった。
きっと今までもこうしてかわしてきたのかな。
小太郎なりに頑張っているんだろうなと思い、綺麗な横顔を見上げながら「それいいね」と言えば「因みに違う柄の物がもう二枚ある」と真顔で言う小太郎に小さく笑った。
「しかしまた随分と長い間ここを眺めているな」
「⋯それが、なかなか決まらなくて」
また暫く眺めたままでいた私の横でパッと落ち着いた色のマフラーを手に取った小太郎は、未だに何も手に取らない私を見て不思議そうに声をかけてきた。
「俺にはどれも同じに見えてしまうが」
「そう?素材とか柄とか結構違うよ、色もそうだし⋯」
「まあそうは言ってもだな」
相手は銀時であろう?
まるで当たり前だとでも言うように普段と何も変わらない声で続けられたその一言で、私の体は少し大袈裟に反応してしまう。
「違っていたか?俺はてっきり銀時にあげるとばかり」
「⋯いやその、違わないけど⋯⋯」
「名前はわかりやすいからな」
だいたい昔から名前は、と話し出す小太郎。
そんなにわかりやすいのかな⋯いやそんなことはないと思ってた。
特段表に出してるつもりもない。ただでさえそこまで頻繁に顔を合わせている訳でもないのに小太郎にバレていた。
もしかすると自分でも気付かないうちに、と気恥しさが拭いきれず必然と少しづつ火照り始める頬を隠すように俯いた。
そんな私の頭へ軽く手を乗せてきた小太郎は「なに、銀時なら何を選んでも大丈夫だ」と柔らかい言葉をかけてくれる。
「⋯そう?」
「ああ。仮に銀時から何かを貰っても名前は大切にするであろう?」
「うん⋯」
「なら逆も然りだ、何をそんなに悩む必要がある」
悩まずとも良いではないか。
小太郎を見上げると昔から変わらない、優しくて柔らかい表情で軽く微笑んでいた。
「⋯じゃあこれにしようかな」
小太郎の言葉もあり無難に選んだ無地で着け心地のよさそうな一組の手袋を手に取り、色が異なる同じタイプのものをもう一組手に取った。
「おい名前、いくらアイツとて腕は二本だぞ」
「知ってるよ!こっちは小太郎に」
「俺にか?」
「うん、一緒に見てくれたお礼にと思ったんだけど」
要らない?そう言うと「要るに決まっているだろ!」と声を僅かに大きくした小太郎。少し笑いながら二組の手袋を持ちレジへと向かい、落ち着いた色の綺麗な袋に包んでもらった。
︙
あの後小太郎に手袋の入った袋を渡すと、少し小走りで駆け寄ってきたエリザベスさんと何か話すなり「すまぬ急用が出来た」というと、唐草模様の風呂敷を取り出した二人はどこかへ走り去っていった。
何の用事なんだろう、と聞こうにも聞けなかった。
というか、聞かなくてよかったのかもしれない。知らない方がいいことも時にはある。
まだ時間もあるしとその足で万事屋まで向かう事にして、途中美味しいお団子を買ってから慣れた道を歩いていった。
万事屋につき呼び鈴を鳴らすといつも聞こえる新八くんの声は聞こえず、代わりに少し経つと無言で扉が開けられ銀時が立っていた。
「え?何してんの」
「お団子買ってきた」
「まじか、てか何してんの??」
つか来る前に電話しろって、と言う銀時の横をするする通りもう慣れてしまった廊下を勝手に歩き台所へ向かった。
新八くんの手伝いをしながら覚えてしまった定位置にあるお皿やお茶を出しながら「新八くんは?」と聞くと、欠伸をしながら台所へやってきた銀時は「そういや今日来てねえな」とだけ言い冷蔵庫に寄りかかっている。
と思えば、今度はそろそろと隣へ来て私の手元にある容器についたあんこを指先ですくいペロリと舐めた。
「もう⋯行儀悪いよ」
「いーだろ別に誰も見てねえしよ」
「私が見てるの」
ほらこれ持って、とお皿を渡すと素直に受けとった銀時はいつもより少しだけ嬉しそうに居間へと向かっていった。
本当どれだけ甘いものが好きなのか。
お茶をいれた二つの湯呑みをおぼんに乗せ居間へ向かうと、ソファに座った銀時は既に綺麗な串を一本手に持っていた。
「おいし?」
「うめー」
ぱくりと二本目を食べ始めた銀時を見てつい自然と溢れる笑みを隠すように顔を鞄へ向け、さっき買ったばかりの手袋が入った袋を取り出した。
「これあげる」
「んァ?何だこれ」
「手袋。寒そうにしてるし、これくれたお返し」
軽く頭を揺らし簪のお返しだと伝えてみると串をお皿に置いた銀時は遠慮なく袋を開け、手袋を見るなりふわりと笑った。