彼は誰時の菫空
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「苗字ちゃん可愛いなぁ」
「⋯さっきからそればっか言ってね」
「だって銀さんアレ見てよ!あの笑顔!」
そう言う長谷川さんと同じ方へ視線を向け、ババアと楽しそうに話している名前を眺めた。
彼氏いるのかなぁとかお店行ってみようかなぁとか言いながら酒を飲み、あちらこちらへ話がどんどん広がったかと思えば最終的に「やっぱ世の中カネかなぁ」と言うとテーブルへ顔をつけ動かなくなった長谷川さん。
最近またクビになったとか言ってたわりに今日も玉打ってたじゃねーか、なんて思いながら再度カウンターへ目を向けると、名前とババアは随分と長く楽しそうに話している。
ちびちびと酒を飲みながら聞こえてくる声に耳を傾けていると、やっぱババアはその手の話が好きなのか男の話に切り替わった。
正直俺としてはすげえ気になる、この前は聞こうにも聞けなかった。
盗み聞きに集中すると「残念ながら」と笑っている名前。
声では笑っちゃいるがどことなく小さな違和感を感じて、名前の方へ顔を向けると表情や雰囲気がちょびっと暗いものに思えた。
どうやらババアもそれがわかったのか奥の方に消えていき、酒を持ちながらふらふらと名前の横へ腰を下ろした。
︙
名前が注いでくれた酒は店の明かりでキラキラと光っている。
「銀時はどう?」
グラスを置き垂れた髪をゆっくりとした仕草で耳へかけ直した名前は、酒のせいでほんの少し赤らんだ顔で俺を見ながら「うまくいく?」と呟いた。
ぶっちゃけ男なんて付き合わなくてもそういうことは出来ちまうわけで、束縛だ何だって話を向けられるよりは随分楽な関係で欲を満たすことが出来る。
現に俺も名前に関しちゃ昔馴染みの顔や真選組の連中に餓鬼みてえな嫉妬を浮かべちまうことだってあるんだ、恋だ愛だは度合いによっちゃあ相手に迷惑を抱かせちまう。
まぁだからこそ目の前にいるこいつの事が好きだと気付かされる時があるんだけどよ。
「いってたら今頃ここにいねーよ」
いつもより美味く感じる酒を喉へ流すと「難しいね」と言いながら僅かに微笑む名前もまたグラスを口へ運び酒を一口飲んでいた。
「なんだい銀時、ナンパなら他でやんな」
綺麗に切られた林檎をのせた皿を持ちながら戻ってきたババアは、俺を見るなりシワを増やしてこっちを睨んでくる。
「あぁ?ナンパすんのにババアの許可なんざ要らねーだろ」
「何言ってんだい、ここはあたしの店だよ」
「間違ってもオメーに声はかけねえから安心しろよ」
「アンタみたいなロクデナシこっちから願い下げだよ」
俺とババアのやり取りを眺めて小さく笑っている名前はさっきよりも明るい顔になっていて、なんかこう突っかかりみたいなもんがスっと消えた気がした。
出された林檎を適当につまみ頬張ると「アンタに出したんじゃないよ」と言いつつもそれ以上は何をしてくる訳でもなく、煙草を咥えたババアは煙草の先へ火をつけた。
***
「そろそろ帰りますね」
遅い時間を示す時計を見て、グラスに残るお酒を飲み切るとお登勢さんへ声をかけた。
美味しかったです、と伝えお会計をお願いすると「今日はあたしの奢りだよ」と財布を持つ私の手を軽く抑えたお登勢さん。
「美味しい林檎貰っちまったしね」
「でも!」
「今日は奢らせとくれ、次はしっかり貰うからまた来なよ」
微笑みながら煙草を咥えたお登勢さんへ本当にありがとうございますとお礼をして、いつもより重そうな目蓋で林檎をかじる銀時にもまたねと声をかけ外に出た。
小さな粒となりふわふわと疎らに降ってくる雪は、手に触れるとすぐに溶けてなくなってしまう。
雪を見ながら、冬と言えばコタツに蜜柑やおでんやすき焼きみたいに、なぜか暖かい部屋でアイスを食べたくなる時がある。
折角だし買って帰ろうかなと思いながらしばらく歩いていると鞄の中で携帯が震えた。
そこには見慣れぬ番号が表示されていて、こんな遅い時間なのに誰だろうと少しだけ不審に思いつつも電話に出ると、さっきまで傍で聞いていた声が聞こえてきた。
『よー、悪ぃな送ってやれなくて』
「そんな、気にしなくていいのに⋯⋯でもなんで⋯?」
『前に新八から聞いた』
聞くと、事故で記憶が飛んでしまった時に何かあったらと私の連絡先を教えていたらしく『まあ電話しときゃあ何かあってもわかんだろ』と酔ってるせいか普段より少し呂律の回っていない状態でも電話をくれた銀時。
普段顔を合わせて話をするのとはまた違って、たまに新八くんの電話越しに聞いたり今こうして聞いている銀時の声はすごく新鮮で胸がさわさわと煩くなる。
折角外の冷たさで冷えてきた頬も、これじゃあまた少しづつ熱を持ち始めてしまう。
『あれだぞ、明らかにヤベー奴は空気だと思え』
まずそんな奴いたら近付くんじゃねーぞ、とか、目も合わせんなよ、とか。
家に着くまでの間ずっと電話越しに話をしてくれた銀時。途中何を言ってるのかよくわかんない場面もあったけど、特に聞き返すことはせずに少し崩れた心地いい声を聞きながら歩く帰路はすごく幸せに思えた。