彼は誰時の菫空
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少し前に配達日を早めてしまったと気にしていた青果店の店主さんから、あの時のお詫びにと赤く色付きのいい林檎を沢山頂いた。
お店でも出そうと思ったけれど、どれだけハイペースにお客さんへ出せたとしても明らかに数が多すぎる林檎。勿論その多くの林檎は一人で食べ切れる量でもない。
どうせなら美味しいうちに食べてもらいたい。
どうするかを少し考えてから外へ出れる身支度をして、お店で出す分と自分で食べ切れる分、それらを冷蔵庫へ入れ残りを籠に入れてから雪で濡れないようにハンカチを被せた。
外に出るとさらさらと細かな雪が疎らに降り注いでいた。
まだそこまで遅い時間でもないのに、冬となれば随分と暗くなるのが早くなってしまう。
暗く染る空を見ながら、幾度も通った道を暫く歩き進めていると明かりの漏れるスナックお登勢へと辿り着いた。
「こんばんは」
「おや珍しい顔だね」
ガラガラと扉を開けると、久しぶりに見たお登勢さんは私を見るなり煙草を灰皿へ置くと「こっちにでも座りな」とカウンターの席へコースターを置いてくれた。
「ねね、俺覚えてる!?祭りん時の!」
ありがとうございます、と伝えてからお登勢さんに言われた椅子へ座ろうとしていると「苗字ちゃんだよね!?」とテーブル席の方から声をかけられた。
誰かと思い声のした方へ顔を向けると、顔を赤くし既に出来上がっているであろう以前お祭りの際に見かけた長谷川さんと、同じく顔を赤くしている銀時がいた。
「長谷川さんですよね!こんばんは、お久しぶりです」
店内には私と長谷川さんと銀時しかお客さんはいないようで、普段通りの声でそう言葉を返すと長谷川さんは「ホント久しぶり!」と手にしていたグラスのお酒をあおっていた。
「お前らいつの間に知り合いなんだよ」
銀時の言葉からまた互いに話をし始めてしまった二人。
話が進むと必然とお酒も進むようで、あまり飲みすぎちゃだめですよ、と声をかけてみたけれど正直届いているかどうか微妙だった。
けれど随分と仲良さげな二人を見ていると自然と笑みがこぼれた。
椅子へ腰掛けると「何飲むんだい?」とお水の入ったグラスを目の前のコースターへ起きながらお登勢さんが聞いてきて、梅酒をお願いできますか?と聞けば「勿論さね」と微笑んでくれるお登勢さん。
「あ、あの!これ頂いた物なんですけど、もし良ければ⋯」
「こりゃまた随分立派な林檎だね」
お酒を作るためか少し離れていくお登勢さんを引き止め、手にしていた籠をそのまま渡すとハンカチの下を覗いたお登勢さんは「いいのかい?」と煙草の火を消しながら聞いてきた。
「はい!一人だと多過ぎてしまって」
「ありがとね」
お登勢さんはそう言うと籠を手に取り、今度こそお店の奥の方へと姿を消した。
暫くするとお酒と煮物の入った小皿を出してくれて、煮物はサービスだというお登勢さんへお礼を伝え有難く頂くとお酒との相性もよくとても美味しかった。
「それじゃこっちに来る前も店やってたのかい」
「はい、お手伝いという形で⋯」
お店をやっているという話は以前お登勢さんへしたことがあって、その話題から始まり次々と会話が弾みこの町へ来る前の事をのんびりと話していた。
新しくお店をするために引越してきたと話をすると、お登勢さんは「男はいなかったのかい?」と新しく煙草を咥え細い煙を吐きながら聞いてきた。
「⋯残念ながら」
苦い思い出を振り返り、少し悪い癖になりつつある曖昧な顔でお登勢さんへ笑いながら言葉を返すと「アンタみたいな女放っておくなんて勿体ないねぇ」と言いながら新しくお酒の入ったグラスと手元にある底の見えていたグラスを交換してくれた。
ほんの少し思い出しただけの記憶から連鎖するように色々な事を思い出してしまって、つい新しく頂いたグラスを手に取り琥珀色のお酒に沈む角の丸い氷を見つめた。
光を受けキラキラと揺れる氷を見ていると「ちょっと待ってな」とお登勢さんは煙草を手にしたまま先程と同じようにお店の奥の方へと向かっていった。
この時期というのもあってか妙さんのお手伝いの時も今も、そういう話を最近よく振られているような気がする。
その度に色々と思い出してしまう。言われた言葉や向けられた表情、最後には決まって私の方からごめんなさいと離れてしまう事。
ふとした時にこうやって思い出してしまう度、少なからず気持ちが沈んでしまうのを辞めたいと思いつつもまだ忘れるには少し時間が要るのかもしれないと感じてしまう。
「何お前、男運わりーの?」
急に聞こえた声に横を見ると、さっきより顔を赤くした銀時が徳利とお猪口を持ちながら隣の椅子へ座っていた。
「長谷川さんは?」
「あ?アレ」
ふいっと顎を動かす銀時の視線の先にはテーブルに突っ伏している長谷川さんの姿。やっぱり私の言葉は届いていなかったようだった。
確かに言葉をかけた時点で二人とも随分と顔が赤くなっていたような気もする、銀時が起きているだけでもすごいのかもしれない。
「⋯うーん、どうだろう」
けして相手の方に問題があった訳では無い、私が招いた結果だと昔も今もそう思っている。
でも今、目の前にいる銀時へ、もっと言うなら最近好意を抱いていると気付いてしまった相手へ過去の話をするのは少し気が引けてしまい、曖昧に言葉を返した。
「どうってお前の話よ?お前にしかわかんねーよ?」
例えばいろいろあんだろ、うぜーとかはえーとかおせーとかよ。
そう言い指を折り始めた銀時へ少し笑いながら、内容はどうであれ私のことを少なからず考えながら話してくれていることに嬉しさを感じていた。
「⋯⋯でもほら、昔の話だし」
徳利を手に取り空になっている銀時のお猪口へお酒を注いでから自分のグラスへ持ち替え、乾いた喉へお酒を一口流し込んだ。