彼は誰時の菫空
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「⋯大丈夫?」
帰り支度をして裏口から外に出ると、送ると言ってくれた銀時が白い息を吐きながら「おー」と待ってくれていた。
短くお礼を伝えて、先程の光景を思い返し怪我をしていないか聞いてみると「死ぬかと思った」と目を細めながら言葉を漏らしていた。
「確かに妙さん⋯少し強いよね」
「少しだァ?ありゃーいつかマジで誰かやるぞ」
鼻先を赤くしながら目を細める銀時を見上げながら、ギシギシと足元から聞こえる雪の踏む音を聞いていた。
首元に巻かれた赤いマフラーじゃそこまで寒さも凌げていないのか、寒そうに息を吐き手を擦りながら指先を温めている銀時。
簪を貰ったのに何もお返しが出来ていなくて、何を贈ろうかとずっと考えていた。まだ冬も当分は続くだろうし手袋にしようかな、そう思っていると「お前もっと欲とかねえの?」と頭上から声が降ってきた。
「え?なに急に」
「いやお前言ってたろ、付き合いたくねぇとか自分じゃどうとか」
聞いてないとばかり思っていた沖田さんとの話をしっかり聞かれていたとわかり少し驚きながらも、声に反応し銀時を見上げていた顔を伏せ足元を見つめた。
「⋯⋯そりゃ、いいなって思うけど⋯」
街灯に照らされ雪が踏み均された道を二人で歩きながら、その先の言葉が詰まってしまった。
今までそういう相手を作らずにいた訳ではない。
お付き合いを何度か経験して、仲が深まれば自然とそういう事にだって発展する。
でも結局、傷跡に嫌悪感を向けられるか原因を伝え過去に嫌悪感を持たれるか、どちらにせよ自然と上手くいかなくなるばかりで。
全て私が悪いのは重々わかっていたけれど、やっぱり人である以上は相手にどこか期待をしてしまうし、伏せたい部分も抱えている。
それなら心地いい関係を続けた方がいいと楽な方へ逃げるようになっていて、沖田さんへ向けた言葉のように思い始めるようになっていた。
だから、例え逃げや言い訳に過ぎないのかもしれないけれど、どうせなら好きな相手には幸せになって欲しいなと思う、今こうして隣を歩いている銀時も同様に。
胸元で冷える手を握りながら言葉を必死に選んでいると、ずっと静かに待ってくれていた銀時が口を開いた。
「別にいいんじゃねーの?お前がどう思ってようが野郎がいいっつーならよ」
羨む暇あんなら好きな野郎くらい欲しがってもいんじゃね、と。
静かに銀時を見上げると、まっすぐと前を向きながらぽつりと言葉を続け「お前だって幸せになっていいだろ」と私の頭へ手を置きわしゃわしゃと乱暴に撫でてきた。
全然嫌な気持ちにはならなかった。昔のように少し雑に頭を乱されながら妙にストンと胸の中に落ちてくる言葉が、昔夫妻から綴られた言葉と重なってじんわりと胸を熱くした。
そうこうしていればあっという間に家の前まで着いてしまう。
少し寂しく思いつつもゆっくりと門を開けると「ちゃんと鍵閉めろよ」と声をかけてくれる銀時へありがとうと伝え、後ろ手に手を振りながら来た道を戻っていく銀時の背中が小さくなるまで見つめていた。
「ただいま」
玄関を開けると音に気付いてすぐに玄関まで来てくれる猫。
鍵を閉めて抱き上げながら頭を撫でると、気持ちよさそうに喉を鳴らしながら頬を擦り寄せてくる仕草にはいつ見ても癒されてしまう。
「今日も寒いね」
留守の間も一部屋だけは暖房を入れていて、その部屋へ入り猫を抱えたまま畳へと横になった。
暖かい畳と暖かい猫に挟まれながら自然と重くなる目蓋を持ち上げつつ、気付くと意識は途切れていた。
***
名前を送り届けてからぱらぱらと降り出してきた雪を少し鬱陶しく感じながら、名前が言っていた言葉の真意を考えていた。
何かを言いたそうに言葉を詰まらせた名前。生きてるかどうかさえ知らなかった間に何があったのかはある程度あの日に聞いていたが、あの言い方や店での言葉を思うに、男女のあれそれで昔何かがあったんだろうと容易に想像はできた。
内容までは知らねえし聞こうにも聞けねえような聞きたくねえような、そんな感じで結局名前からの言葉の続きは聞くことが出来なかった。
なんにせよ店で言ってたあの言葉がすげえ気になってた。
だからこそさっき名前が零した本音が弱々しく、まあもっと言うなら名前らしくないと思った。
普通好きなやつとはそうなりてぇと思うだろ、ましてや他の奴と過ごして欲しいなんて言わねーだろ。
どこまでの男遡ってイヤな記憶抱えてんのか知らねえが過去は過去だろ、他人の幸せばっか気にして自分の幸せを見ちゃいねぇあいつも、幸せになるべきだろ。
名前の頭を少し雑に掻きながらちらりと顔を見下ろすと、さっきよりは随分とマシな表情になってて少しは安心した。
スンと冷えた鼻を通る空気がまだ当分は冷え込むと教えてくれているようだった。
気付けば名前の家ん前まであっという間で、戸締りの事を言えばいつも通り言葉を返す名前の顔はそこまで元気があるようには見えなかったが、眉を下げながら目を細める表情は普段とあまり変わらずふわりとした名前らしいそれで、少しは安心した。
なんとなく、いつもその顔を向けられるとむず痒くなるっつーかなんつーか、頭を掻きながら背中を向けて手を振りつつ来た道を戻った俺の足元には大きさの違う二つの浅い足跡が逆行するように残っていた。