彼は誰時の菫空
名前設定
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「男とかいないんですかい?」
「⋯私?いないですよ」
「またまた冗談はよしてくだせぇ」
名前から渡された水をちびちびと飲みながら隣から聞こえてくる会話に耳を傾けると、どう考えてもわざと俺に聞こえるような声で名前へ話を振っている総一郎クン。
「あんたみたいにツラがいい女でもいねぇもんですね」
「⋯⋯⋯」
「まぁ、男はいないにしても惚れられたりなんて事ァいくらでもありそうですけど」
どう言えばいいのかわかんねぇみたいな顔して言葉を探してる名前を無視して、どうなんですかぃ?と肘でうりうり名前をつついている総一郎クン。
その言葉で明らかに何かを思い出したのか、氷を移す手をピクリと小さく震わせ変な間を空けてから「無いですよ」とわかりやすいにも程がある嘘をつき微笑む名前。
そんな名前を見てからたった一度、ほんの一瞬だけ俺を見た総一郎クンはすぐに目線を名前へ移すとその明らに嘘である否定を更に無視して詮索していく。
「へぇ、どんな野郎か気になりやすね」
「⋯だから、いませんよ、そのような方」
「それともあれですかぃ?俺なんかには言えねぇような身分の野郎って事ですかぃ?」
「違ッ⋯」
その一言を聞いてまた口元を吊り上げた総一郎クンは「違うって事ァ、やっぱいるじゃねえですか」と言葉を吐き、しまったという顔で口元を覆う名前を見ながらにやりと笑みを浮かべ面白そうに言葉を投げていく。
次々に投げられる言葉に名前も最初は曖昧に交わしていたが、次第に観念したのか向けられる言葉に対し控えめにハイかイイエで答えていく名前と、名前の答えである程度の人物像が見えてきて満足したのか一度言葉を止めた総一郎クン。
二人の話を聞いてねえフリをしつつ、しっかりと聞いていた俺は水を飲みながら頭ん中で知らねえ野郎のことをぼーっと想像していた。
確かに名前はああだしよ、正直好いてる身としては充分過ぎるほど名前の良さっつーのを身をもって理解してるつもりだった。だからこそ、惹かれるのもわからなくはねぇが正直いい気は微塵もしない。
「追う恋より追われる恋、なんて言葉もあるくれぇですぜ」
他に好きな野郎でも?とまるで俺の気持ちを全部わかってて、あえて名前に聞いてるみてえに口の端を上げながら時折俺を見てはわざとらしくニヤニヤと笑顔を浮かべている総一郎クン。
そんな事に微塵も気付いていない名前は、手元のグラスに目線を落としながら小さく微笑み「いますよ」と静かに呟いた。
化粧も相まってか随分と大人びた雰囲気が纏われていて、少し前に名前の店でやり取りした事をふと思い出し、目の前にいる名前の雰囲気と耳に届いた綺麗な声にどきりと胸が高鳴った。
前に垂れた髪を耳にかけながら顔を上げふわりと微笑んだ名前は「でも、付き合いたいとかは全然」と言葉を続けた。
「素敵な方と過ごして欲しいなって、それだけで」
私じゃダメなんです。そう言い胸の前で指先を覆うように握りながらへにゃりと眉を下げて笑う顔が、どこか泣いているように見えた。
自然と、名前の名前を呼ぶため口を開こうとすれば「へぇ」と淡白な声に遮られてしまう。
「俺なら好きな女は何がなんでも自分のものにしやすけどね」
「⋯沖田さんはいらっしゃるんですか?そういうお相手」
「いねぇ」
「いつか大切な方が見つかりますよ」
沖田さんなら追われる恋沢山ありそうですし、と微笑む名前の横で終始黙って煙草を吸っていた多串クンはまだ少し長さのある煙草を灰皿へ押し付け火を消すと、静かに立ち上がり「そろそろ帰るぞ」と乱暴に総一郎クンの襟を掴みながらあのゴリラの元へと向かって行った。
突然この場に残され、互いに顔を合わせると目をぱちぱちさせた名前は口元を隠しながら少し明るく笑った。
「そういえば銀時はなんでここに来たの?」
「あー呼ばれたんだよココにいたドSに」
「⋯銀時も大変だね」
そう言うと、空いている俺との距離をちょこちょこと少しづつ詰めながら隣に移動してくる名前。
すげー可愛いなオイ、なんて思いながら眺めていると顔の真横に何かが勢いよく飛んできてボスッと後ろの壁に突き刺さった。
「名前さん変な輩に絡まれてない?って、やだ銀さんじゃない」
突然の物騒な音にガチガチとぎこちなく横を見れば深く突き刺さっているアイスピック、前を見れば笑顔で歩いてくるゴリラ。
「た、妙さん!?」
「名前さんがあの二人見ててくれたおかげで、あのゴリラ沢山貢献してくれたわ」
飛んでくるはずのないモノが真横に飛んできたんだ、流石の名前も驚きながら問いかけるも「今日はもう大丈夫よ」と笑顔で言葉を続けたゴリラは静かにアイスピックを抜くとどこかへ消えていった。