彼は誰時の菫空
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妙さんわかってて黙ってたんですよねきっと、私にも土方さんへも何も言わずに。一言くらいあっても良かったと思うんです。
慣れない場で顔の見知った相手と会うのはどこか気まずいというか恥ずかしいというか、私の身なりも考えれば当たり前に後者の方が大きかった。
「⋯とりあえず何か飲まれますか?」
「いや⋯⋯あー⋯水あるか」
「はい」
隊服という事は仕事中なんだろう。
言葉の雰囲気からして何も頼む予定はなかったはずなのにお店にいるからと気を遣わせてしまったように思えて、ありがとうございます、とお礼を伝えてから近くにいるお店の方へ水を頼んだ。
随分と居心地が悪そうに煙草を咥える土方さんへ「よく来られるんですか?」と聞けば「冗談だろ」と即答され、そうですよね、と返事をしつつも直ぐに言葉を返した様子に少し笑ってしまった。
「⋯アレの連れみてぇなもんだ」
アレ、と言いながら土方さんが目を向ける先に同じく目を向けると、サングラスをかけ何人かの女性に挟まれているいかにもな方と妙さんによって何かを失いかけている近藤さんの姿。
ここにも日頃から苦労している方が一名いたらしい。
「⋯土方さんも大変なんですね」
「お前こそ自分の店どうした」
短くなった煙草を指先で押し潰しながらこちらを向く土方さん。
話せば長くなるんですけど、と曖昧に笑えば「お前も大変だな」と目元を伏せ軽く笑みを向けられた。
「にしても女ってのは化粧で変わるもんだな」
暫くお互いに仕事の事などを話したり聞いたりしていると、ふと新しい煙草を咥え火をつけると静かに煙を吐いた土方さん。
「そうですか?」
「あぁ」
やっぱり普段とは少し違う化粧のせいなのかもしれない。
妙さんにして頂いて、と言葉を返すと「俺は普段のお前の方が好きだけどな」とさらりと流れるように土方さんからそう言われ、少しだけどきりとした。
きっと女性なら誰でも嬉しく感じてしまう言葉。
つい頬が緩んでしまいそうになりながら、そうなんですか?と微笑むと大袈裟に顔を逸らされてしまった。
「⋯やっぱり土方さんってモテますよね、かっこいいし」
「また小突かれてーのかお前は」
顔を逸らした土方さんにクスクスと笑いながら以前も言った覚えのある言葉を向けると、手を軽く握る仕草をした土方さん。
だめですよ、と以前小突かれた頭を手で覆うと短く息を吐いた土方さんの口元は僅かに弧を描いたように見えた。
「仕事中にナンパですかぃ?」
すると急に後ろから声をかけられ、振り返るとソファの背もたれに腕を乗せて土方さんを見ている沖田さんの顔があった。
「おめぇ今までどこで何してた」
「何ってそりゃー土方さんアレですぜアレ」
「いや意味わかんねぇよ」
土方さんと言葉を交わしながらソファの前まで来ると、そのまま私の隣へ腰を下ろした沖田さんはじっと私の顔を見てくる。
少し反応に困りながらも曖昧に笑うと無言のまま目線を逸らされてしまった。
このキラキラとした店内で両隣に黒を基調とした隊服に身を包んだ二人が座っている、なんだか少し不思議な感覚だった。
「沖田さんも、何か飲まれますか?」
目線の合わない沖田さんを見ながら声をかけると沖田さんは短く「酒」と答えたけれど、すかさず「馬鹿か、こいつも水でいい」と言葉を被せた土方さん。
確かに仕事中だろう姿を見ながら、近くにいるお店の方へもう一度お水を頼むと隣から小さな舌打ちが聞こえたような気がした。
そもそも沖田さんってまだ全然若いと思っていたのにお酒なんて飲むんだ、と少し意外だった。
「そういや旦那にこのこと話してあるんですかぃ?」
「⋯え?銀時?」
沖田さんが来てからは特に何かを話すわけでもなく時間だけが過ぎていて若干の気まずさを感じ始めた頃、唐突に沖田さんがそんなことを言い出した。
「言ってないですけど⋯」
「へぇ」
そういえば夜お店を数日開かないことも伝えていないなと思いつつも、そこまで何かある度に伝えることでもないと思っていたのも事実で。
沖田さんは短く素っ気ない返事をすると、ゆらりと立ち上がりどこかへ行ってしまった。
***
「⋯おいおいココだけどう見たってオカシーだろ」
ダラダラと過ごしていると遅い時間にも関わらず電話がなり「今すぐすまいるに来てくだせぇ」とだけ言われ切られた電話。
最初は、は?と思ったが明らかに顔の浮かぶ人物の声と酷似していた事もあり店に来てみれば、見知った顔がポンポンポンと並んで座っていた。
「奇遇ですね旦那」
「いやおま⋯⋯いや〜ホント奇遇だね総一郎くん」
「総悟でさァ」
白々しく声をかけてくる隣の男にイヤお前が電話したんだろーが、と言いそうになると無言で刀に手を添えた姿を見て咄嗟に話を合わせた。
いつもより粧し込んだ名前と、両隣に座っている顔見知り。
この席まで来る途中チラッと見えた偉そうなジジイや抜け殻みたいになっていたどこぞのゴリラを思えば、同伴だとは思うがなんでよりによって名前がいるんだと思った。
「お前は何、転職でもしたわけ?」
「⋯⋯妙さんといろいろ⋯」
総一郎くんの隣に座りながら聞けば、眉を下げて曖昧に微笑む名前。
どうせ、あの圧に負けて手伝わざるを得ない状況にでもなっちまったんだろうなと顔を見て直ぐにわかった。
どうせ、隣にいるこのサディストの権化クンが興味本位で俺を呼び出したんだろうことも。
「銀時も何か飲む?」
俺を見ながらいつものように尋ねてくる名前に、今は酒を飲む気にもなれず短く断ると意外そうな顔をしながらグラスに氷と水を入れ、いつものように名前はその綺麗な手でグラスを持つと俺の目の前に静かに置いた。