彼は誰時の菫空
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煌びやかな内装に様々なお酒。置かれているソファやテーブルどれをみても値が張りそうなものばかりの店内は、いかにもといったお店の雰囲気を存分に醸し出していた。
「いらっしゃいませ」
普段とは違う場で、普段より色も柄も明るめな着物を身にまとい、普段よりも女性らしいメイクで接客をしていた。
「すごい美人ちゃん、新しい子?」
「そうなんです、名前さんっていうんですよ」
慣れていないので優しくしてあげてくださいね、と私の隣へ腰を下ろしている男性へ妙さんが私のことを紹介してくれている。
男性と妙さんは互いに知っている間柄なのか笑顔で何度か言葉を交わしている。
どうしてこうなってしまったのか、事の発端は昨日新八くんからかかってきた電話から始まっていた。
︙
まだお店を開ける前、新八くんにしては珍しく早い時間からの着信だった。
「もしもし?新八くん?」
「名前さん?お久しぶりです、妙です」
「妙さん!お久しぶりです!」
電話の主は新八くんではなく妙さんだった。
以前着物を頂いた事へのお礼を再度伝えると、僅かに声音を暗くした妙さんが話し始めた。
「私の勤めているお店で風邪が流行っちゃって、休みの子が増えてるの」
「確かに最近増えてますよね⋯妙さんも十分お気をつけてくださいね?」
「そんな、私はいいのよ。ただ⋯」
そこまで言うと一度口を閉ざした妙さん。先程からの声音からして何かあったのかと思い、もし少しでもなにか出来ればと再び呼びかけると妙さんは暫く間を空けてから再び話し始めた。
「接客する子が足りなくて。名前さんってすごく綺麗だしお店で接客もしてるじゃない?どうかしら数日」
「⋯⋯⋯えっと⋯」
突然の言葉が上手く理解出来ていない私をそのままに妙さんは言葉を続けた。
「この前の着物もすごい似合ってたと思うの、名前さんに着てもらえて良かったわ」
でも後から聞いたんですけど結構値の張る物だったらしくて。
そこまで言うと再び口を閉ざした妙さん。
先程までの暗い声音はどこへいってしまったのか、顔が見えない電話だからこそ伝わってくる明るい声音の裏に隠れた圧を感じて、ほんの少し背筋が冷えたような気がした。
同時に思い出すのは花見の時に言っていた物騒な一言や川へ銀時を投げ入れていた姿。人は見かけによらないと言うけれど、妙さんのそれは別格のように思えてくる。
一応、あくまで一応話を聞くと、店の方達の休みが重なる数日の間だけ妙さんのお店で接客をしてほしいとの事だった。着物も給料もしっかりとお店から出すと言われ、最後には「名前さんも大人ですものね」という全ての意を込められたような一言を言われ、わたりましたと話を承けた。
「じゃあ明日からお願いします、場所は⋯」
明るい声音で場所を教えてくれると一方的に切られた電話。
通話終了の画面を見ながら、もしかして新八くんは私が思っていた以上に日頃から苦労しているのではと少し心配に思えた。
︙
そして今日。
指定されたすまいるというお店へ来てみれば「名前さん!本当に来てくれるなんて!」と笑顔で迎えてくれた妙さん。
そのまま控え室へ通されると、用意されていたほんのりと淡く可愛らしい紫の着物に着替えながら「来てくれなかったらどうしようかと思ってたのよ」と妙さんから言葉をかけられ、もし来ていなかったらどうされていたのかと考えそうになり軽く頭を振り何も聞いていないことにした。
「名前さん綺麗なんだから、男なんていくらでも貢いでくれるわよ」
着替え終わると早々にいくらか化粧を施され、鏡に写る自分の顔は普段見なれているそれよりも、女性らしいというか女らしいというか、そういう雰囲気が纏われていた。
「いい?名前さん、男に貢がせるのはお店のためよ。あの生き物は女に貢ぐために来てるんですもの、しっかり貢がせてあげないと失礼よ」
笑顔で淡々と話す妙さん。
確かに妙さんの言葉通りなのかもしれないけれど、物は言いようというか、少し違うというか。
ね?と後押しするかのように言葉をかけてくる妙さんへ、ハイ、と返事をしてお店へ出たのが少し前、そして今に至っていた。
「じゃあ普段はお店やってるんだ?」
「はい、昼と夜とで」
「えーいいね、ここで会えなくなったら行こうかな」
隣の男性と話をしながら、さりげなく腰や膝に触れる手を不快に思いつつも自分を頼ってくれた妙さんやこのお店のためにと許容してグラスにお酒を注いでいた。
周りも段々とお客さんが増えているのか、賑やかになっているような気がする。
普段あまり身を置くことの無い空間にまだ少し違和感を感じながらも、隣の男性へ失礼のないようにと努めていた。
すると、すぐ近くに来ていた妙さんが「すみません、少し名前さんお借りしても宜しいかしら?」と男性へ一言断りを入れ、私の腕を軽く引いてきた。
「また戻っておいでよ」
機嫌良く言葉をかけてくる男性へすみませんと言いながら、そのまま席を離れ私は妙さんに腕を引かれながらその背中を追うように数歩進むと「向こうのテーブルをお願いしてもいいかしら?」と少し店内の角の方にある一席を指した妙さん。
今までいた席へは戻ることなくそのまま指定された席へと向かう事になり、わかりました、と席へ向かった。
妙さんへ言われた席は、オープンな席とは少し離れていて装飾などで周りの景色を遮りつつ落ち着いた空間のある席だった。
「お待たせしま⋯」
「⋯は?」
装飾を手で軽く抑えながら中にいる方へ声をかけると、そこへ座っていたのは見慣れた隊服で身を包みながら煙草を咥えていた土方さんだった。