彼は誰時の菫空
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私を思って選んでくれたであろう簪を嬉しく思いながら、なんでこの色なのかなと思って聞いてみた。
普段あまり身につけるような色では無いのに、と思ってしまったから。
少し間を空けて銀時はぼそりと答えてくれた。
「祭りん時着てただろ」
「え?」
「浴衣、あの白いやつ」
あれ似合ってたからよ、なんとなく。
顔を逸らし頭を掻きながらしりすぼみになっていく銀時の言葉で一気に心臓が煩くなっていく。あの着物を選んだ理由をすぐに思い出して、さらにたった今言われた言葉、その二つが相まって顔に熱が集まっていく。
「あ⋯あれは⋯⋯」
どきどきと煩い胸のせいで声が震えて小さくなる。
激しく動く胸の音が聞こえてしまったのか腕からそっと抜け出した猫は静かにクッションまで行くと身を丸めてしまった。
今もし気持ちを抱え込まずに素直に言葉として伝えたら、この胸の煩さや顔に集まる熱も少しは落ち着いてくれるのかな、と思った。
言うことじゃないのかもしれないけど少しでも軽くなるなら、ただそれだけだった。
だから、隣にいる銀時には見られないように顔を俯けて本当に小さな声でちょっとだけ勇気を出してみた。
「銀時に、似てたから」
いざ声に出すと落ち着くどころかより酷くなってく煩さや熱さ。
無理無理、こんなこと言わなきゃ良かったと後悔しても一度口を出てしまった言葉は飲み込むことは出来なくて両手で顔を覆うとびっくりするほど熱くなっている頬の熱がこれでもかと伝わってきて、益々どうしようもなく恥ずかしい気持ちになった。
「は?俺?」
そんな銀時は勿論私の気持ちなんて知らない、それどころか突然自分のことを言われたせいかいつもの様に気の抜けた声を出している。
なんで俺なんだよ、と意味がわからなそうに言葉を続ける銀時が羨ましかった。私だけ必死みたいで悔しく思ったから。
それでも銀時に似てると言葉にした以上は銀時の問に答えないと、と思って震える喉で必死に言葉を吐き出した。
「⋯⋯銀時の髪と目の色みたいに綺麗だなって⋯」
だからあの浴衣選んでみたの。
恥ずかしくて死にそうという言葉の比喩はこういうことを言うのかなってくらい、もう何もかもがバクバクと震えてた。
何かある度に銀時のことが気になっていたけど、それ以上に、もう随分と前から好きになってたんだと気付いてしまった。言葉にして初めて感じた胸の苦しさや顔の火照りが何よりの証拠じゃない、そう思った。
隣にいる銀時は一言も言わなかったけど、私はこれ以上顔を上げれる勇気もなくて、いつもより少しだけ心地いい居心地の悪さを感じながら時間だけが過ぎていった。
そんな時、裏口を数回叩く軽い音が聞こえてきた。
「⋯は、はい!今行きます!」
顔を見れずに、ごめんねと一言銀時に伝えてからキッチンのすぐ裏手にある扉へ向かい扉を開けると、いつも魚を届けてくれたりたまにお店へも来てくれる魚屋の男性が袋を提げて立っていた。
「突然ごめんね、配達日じゃないんだけど良い魚だから良ければ」
「いえ!嬉しいです、ありがとうございます」
いつも魚を買ってくれるお礼だといい差し出された袋を受け取りながら再度お礼を伝えて中に戻ると、外の風に触れたからか少しは胸や顔の熱は落ち着いたような気がした。
ちらりと銀時を覗けばしゃがんだまま猫を撫でていて、静かに隣へ行き同じようにしゃがんでみたけど銀時の顔は髪に遮られていてよく見えなかった。
「⋯お魚貰ったから、ご飯食べてく?」
気持ちよさそうに撫でられている猫を見ながらそう聞くと短く「あぁ」と返事する銀時。プレゼントありがとう、と伝えてキッチンに戻ってから二人分のご飯を作り始めた。
***
「銀時の髪と目の色みたいに綺麗だなって」
消え入りそうな声を震わせながらぽつりと紡がれた言葉に耳を疑った。
コイツはそんな理由であの浴衣選んでたのか?普通知り合いに似てるからって理由で選んだりしねぇだろ。
そう思って名前の言葉が意味する答えを必死に考えてみても、一つの答えしか浮かばなかった。俺にとってはあまりに都合がよすぎる一つの答えしか。
いちご飴食った時の名前の顔を思い出して、今しがた聞いた言葉、どうかんがえてもそれはそういうアレだろ?アレだよな?と。
だとすればこれってアレじゃね?お互い実はみたいな、と今までのいろいろを思い返すほど、こっちの気も知らねーくせにと頭を悩ませていた名前の行動が全て意味があったんじゃねえかと思えてきた。
何も言えずにただグルグルと頭ん中であれこれ考えていると、どっかから音が聞こえて名前は音がした方へと足早に向かっていった。
その一瞬見えた耳があん時みたいに真っ赤になってて、いやそれはもうそういうアレだろと年甲斐もなく胸がさわさわと煩くなった。
「なぁお前どう思う?お前のご主人様」
好きなやついんのかな、例えば浴衣に似てる奴とかよ。
思春期の男子がよっつーくらい煩い胸は気にせず目の前の猫をウリウリと撫でていれば、さすがにウザがられたのか尻尾を揺らして顔を背けられちまった。
そんなのお構い無しに撫で続けていると名前が戻ってきて飯食ってくかと聞いてきた。短く返事をすれば「ありがとう」と普段通りの声で礼を言って離れていく名前。
去り際に見えた名前の顔はやっぱり赤くて、僅かな期待に頬が緩んだ。
︙
「⋯ンで、おめーは何してんだよ」
「何とは何だ!折角立ち寄ったというのに!」
うめぇ飯を名前と食ってると静かに開いた入口からヅラが入ってきて名前の隣に座りやがった。
「大丈夫?怪我してない?」
「ああ、すまない心配をかけたな」
お互いあの時以来会ってなかったらしい。名前とヅラは何度か言葉を交わしてたが、名前は急に立ち上がるとキッチンの方へ行き少し経って手に蕎麦の入った器を持ちながら戻ってきた。
俺の甘味と同じで、メニューに無い蕎麦を用意する名前を見ながら、やっぱこうして飯食うのも悪くねえなと思って外を見ればいつから降ってたのか、雪がちらついていた。