彼は誰時の菫空
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だいぶ雪の降る頻度も増え、この前まとまった量が一気に降ったこともあり外はすっかり白くなっていた。
この歳にもなれば昔よりもだいぶ寒さに弱くなったなと実感する。
首にマフラーを巻いて歩きながら目的の店を見つけた俺は少し周りを気にしながら中へ入った。
「いらっしゃいませ、贈り物ですか?」
ただでさえ簪の店だっつーのに男の俺が一人で入るだけで決まったセリフをかけてくる店員に短く返事をして適当に店内を見て回った。
シンプルなものから誰がつけんだよコレみたいな派手なものまで、すげぇ種類の簪が並んでた。
名前がつけてたシンプルな一本差しの簪を探しながら歩いていると、割と近くにそれっぽいのがいくつも並んでいて、こういうのはどれが良いのか頭を捻りながら眺めていた。
「彼女さんですか?」
少し眺めてるとさっきと同じ店員が話しかけてくる。
正直まじでよくわかんねえ。こういうのはやっぱ女に聞いた方が間違いないのかと思い、知り合いにやると返せば「どういった印象の女性ですか?」とマニュアルでも丸暗記してんのか?つーくらいスムーズな返しが返ってくる。
「⋯あー、なんつーか⋯大人しくて美人で⋯」
そこで喉が絞まったみたいに言葉が詰まった。
よく笑うしその笑顔がすげー似合うとか、改めて言葉に出そうと頭に浮かんだいくつかの言葉を掻き消すように頭をボリボリ掻いた。
「あれだ、飯屋やってっからあんま派手じゃねーのが」
そう言うと「そのお知り合いの方の事を随分気になさっていらっしゃるんですね」と小さく笑う店員はまるで全部わかってますよみたいな雰囲気を纏っていた。
「この辺はどうですか?」
それでも、あくまで仕事だと言うようにテキパキと展示されている簪を数本取り前に広げた店員はそれぞれの良さを話し始めた。
その中で一つだけやたら目に付いたのが、小さな白い花にアクセントで小さい赤い玉みてぇなのがちらちらと付いている簪。
何となくこの色合いと装飾が祭りの時に名前が着てた浴衣を彷彿とさせて、普段は淡い色の着物などを身につけがちな名前だが随分と似合ってたのを思い出した。
白と赤つっても主張してるような感じはねぇし、むしろ派手でもなく落ち着いたデザインのそれは名前の控えめな人柄にも似合ってるように思えた。
綺麗に包装された縦長の箱を受け取り、丁度今頃は夜の準備でもしてるだろう名前の店へと向かった。
他人を思い信用しすぎているのか単に不用心なだけか、準備中だろうと店にいる限り入口の扉は鍵をかけてないことを知ってた俺はガラガラと扉を開けて中に入ると名前は見当たらず、足元からはみゃうと特等席で寛ぐ猫が名前の代わりにと声をかけてきた。
「よー元気してっか」
目の前にしゃがんで頭や顎下を撫でれば気持ちよさそうに目を細める猫を見つめていると、奥からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「銀時?どうしたの?」
手に持ってた箱を台に置いてから隣まで来て同じくしゃがむ名前。ゴムでいつもよりラフに纏められた髪を見ながら、このラフっぽさも悪くねえなと少しだけ思った。
撫でて貰えてよかったね、と猫の背を撫でながら話しかけている名前がすげー可愛くて、いっそ名前を撫でてやりたくなった。
「これやるよ」
さっき店で買った簪の入った箱を名前の前に出せば、私に?と言いながらも綺麗な箱を受け取る名前。
「サンタから」
そう言えば「随分早いサンタさんだね」とクスクス笑い「開けていい?」と聞きながら既に開けようとしている指先を見て少し頬が緩みながらも短くあぁと返事をした。
かさかさと紙が動く音を聞きながら包装を綺麗に広げていく様子を眺めていると、箱を開けて中身を見るなり名前はぴたりと動きを停めた。
⋯え?好みじゃない的な?マジ?
もしかして俺選択ミスったか?と少し怖くなりながら名前からの言葉を待ってると、やけに透き通る声で「綺麗」と小さく呟いた名前の声が耳に届いた。
「これすごく綺麗⋯いいの?ほんとに?」
「いいって言ってんだろ、要らねーなら返せ返せ」
「絶対やだ」
そう言い微笑む名前は立ち上がり箱をカウンターに静かに置くと、髪を解いて箱から取りだした簪で髪を出来る限り手櫛で綺麗に纏めあげていた。
「どう?似合うかな?」
にこにこと普段よりちょびっとだけ無邪気さを含んだ笑顔で纏めたばかりの頭を俺へ向け、自分では確認できない容姿を気にかけていた。
「⋯⋯おう」
正直、すげー可愛い。俺があげた簪をつけてる姿も、随分と嬉しそうに笑ってる顔も仕草も、とにかく可愛い。
つい変な間を空けちまった俺に対して「何その反応!」と少しむくれた名前は猫を目線の高さまで抱き上げると「どう?」と猫に問いかけていた。
名前を見上げながら、普通猫に聞くか?とその仕草を眺めながらそれでも可愛げのある名前に少し腹が立った。正確には可愛いと思っちまう俺自身に腹が立ったのかもしれない。
みゃう、と喉を鳴らす猫を腕に抱え直してまた俺の隣へしゃがんだ名前は「でもなんで?」と問いかけてきた。
「私にしては珍しい色合い?かなって」
「あー⋯」
大きな目を俺へ向ける名前を見ながら、なんて答えるべきかと頭を掻いた。