彼は誰時の菫空
名前設定
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「急用で報酬も弾むっつーから行ったのによォ」
「仕方ないですよ、見つかったみたいで良かったじゃないですか」
「良くないネ!きっと酢昆布買い占めできたアルよ、チッ、あのハゲ許さないアル」
「あの顔見たでしょ!?」
昨日突然頼まれた依頼。
〝急に孫が来ることになったがお気に入りのおもちゃが見当たらなくての、明日午後一で家に来て探してくれ〟
そこそこの金持ちのジジイで報酬も弾むっつーから俺達は言われた通り家へ向かったのに、家に着くなり「実は見つかってのォ、すまんが聞かんかったことにしてくれんか」とジジイは笑いながら手を払いやがって、それが合図なのかすぐにヤベー顔した黒スーツの野郎が数名出てきて強引に押し返される始末。
「先払いでちょびっと貰っときゃ良かった」
階段を上り鍵のかかってない扉をガラガラと開けると、見慣れない草履が端の方に揃えておいてあった。
「名前さんもう来てたんですね、待たせちゃったかな」
「ひゃっほぉおおおい!名前ー!」
お茶いれますねと台所に向かった新八とパタパタと居間に向かって走り出す神楽、あいつも随分好かれてんなと思いながら靴を脱ぎ神楽を追うように居間に向かった。
「⋯⋯何してんの?」
「銀ちゃん、名前寝てるアル」
居間に来るなり椅子の上で膝を折り仰向けに横たわる神楽が頭を反らしていた。
神楽の頭側、そこには確かに頭を垂らして膝の上に猫を乗せながら静かに肩を動かす名前の姿があった。
「疲れてんだろ、あんま騒ぐんじゃねーぞ」
「定春の散歩行ってくるヨ」
神楽は静かな足取りで定春を連れて玄関へ向かい、代わりにお茶をおぼんに乗せた新八が部屋へやってきた。
「あれ⋯名前さんお疲れですかね」
「久しぶりに動いただろうしな」
また後で入れ直しますね、とそのまま台所に戻る新八を見ながら神楽が寝そべっていた名前のすぐ隣に腰を下ろし、背もたれに肘を乗せて名前の顔を覗き込んだ。
軽く口を開けて規則正しい静かな寝息を立てる名前の顔を見ながら、病院に駆けつけた時見た痛みと熱で苦しそうに汗を浮かべた顔を思い出し、あの時に比べると随分穏やかに眠る姿にほっとした。
ふと膝上の猫に目を向けると視線に気付いたのか目蓋を上げてこちらを見上げる猫と目が合った。
「もう少し寝かしてやれよ」
人差し指を口元に寄せて意味が伝わるはずのないポーズをすれば、静かに目を伏せ頭を下げた猫に少しだけ感心した。
新八はあのまま買い物に出ていった。
じっと名前を見ていれば、いつもは簪で纏められている髪も今日はあまり見たことがない髪留めで軽く結えられてるだけだった。
そういやいつも小さな紫色の飾りが着いた一本差しの簪を付けてたが、あれはもう壊れてんだっけかと思い出す。
顔の横に落ちてる髪を指の背に乗せて軽く退かしてみれば、白く綺麗な肌をした名前の横顔が顕になる。
ボサボサと頭を撫でれば怪訝そうにこっちを見上げて乱れた髪を手櫛で直す仕草や、緩く纏められているせいか時折束になり垂れている髪を慣れた手つきで耳の後ろへ流す仕草が好きだった。
昔からあまり髪を短くすることがなかった名前。長さのある髪と頬や指の白い肌とのコントラストが綺麗でいくらでも眺めていられる気がした。
暫く眺めたくなって指に乗せてた髪を耳へ優しくかけると、くすぐったそうに眉を動かしてゆっくりと目を開けた名前。
「悪ぃ、起こしちまった」
「ん⋯⋯ごめん寝ちゃってた⋯」
何度か目をぱちぱちするもまだ若干眠たそうに目を細めながらこっちを見る名前が妙に色っぽくて、髪に触れたままの指先がぴくりと震えた。
ごめんね腕重くなかった?と膝上の猫へ視線を落とし流れるように猫を撫でる名前と、目を伏せたままゆらりと尻尾を揺らす猫。
「おかえり⋯⋯ん?おはよう?」
再び俺の方へ視線を向けて「どっち?」と小さく笑う名前にどきりとしながら、どっちでもいいだろと返せば「そうかな?」とまた小さく笑う名前。
あー、こういうのを幸せっていうんだろうな。そう思った。
指の背で名前の頬を軽く撫でると、ガラガラと玄関が開く音がして神楽と新八の声が聞こえてきた。
「名前!元気になったアルか?もう痛くないアルか?」
「もう元気元気、神楽ちゃんには負けちゃうけど」
名前の膝上に飛び乗り正面から抱きつきながらぺたぺたと名前に触れる神楽と、楽しそうに笑顔を向ける名前。
危機を察したのか神楽が飛び乗る直前でひょこっと身軽に俺の膝上へ飛び移ってきた猫に少しびっくりしながら二人を見てると、新八が部屋に入ってきた。
「冷蔵庫にあるお菓子って名前さんのですか?」
「そう、美味しそうなの買ってきたからみんなで食べて」
お菓子という言葉に喜ぶ神楽と、お菓子は逃げないからねと神楽に微笑む名前、お茶入れてきますとまた台所に戻ってった新八。
ここも随分賑やかになったなと思いながら俯くと、膝上にいる猫がみゃうと小さく鳴いた。