彼は誰時の菫空
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「これで大丈夫かしら?名前さんなら淡い色が似合うと思って」
「ありがとうございます!どうしようかと思ってたので⋯」
妙さんから風呂敷で包まれた着物を受け取ってお礼を伝えた。
入院してる間は女性同士の方が何かと話しやすいと思いますし、と新八くんの提案で妙さんと何度か連絡を取らせてもらって、洗濯や買い物をお願いしていた。
あれから暫く病院で安静に過ごしていると傷も良くなり退院日の予定も決まったけれど、着替えの着物を持っていないことに気がついた。
晋助のところで目が覚めた時にはもう見覚えのない服を身につけていて、そのまま病院に連れられて来たから着物が一枚も無い。
持ってきて貰おうと思ったけれど私が付いていけないのに、どこの部屋にあるどの箪笥の何段目、だなんて説明してお願いするのもお互い気が引ける気がしたし、いざ買おうにも着物となれば自分で現物を見ない限りはそう簡単に買えるものでもない。
「うちのお店で余ってるのがあるから持っていくわね」
どうしようかと思って妙さんに相談すると、丁度良かったわと笑顔で応えてくれた妙さんに感謝をしたのが一昨日。
「名前さんの身長っていくつかしら?」
電話に出ると明るい声音で身長を聞かれたのが昨日。
そして今朝早くから病室に来てくれた妙さんは風呂敷を布団の上へ置き結び目を解いて中の着物を見せてくれた。
淡い桃色の着物は随分と可愛らしく白い帯も控えめですごく綺麗だった。
「控えの部屋に放置されてた着物なの、これ名前さんに譲るわ」
「えっ!?いや、さすがに頂くのは⋯!」
「あんな酒と煙草臭い場所に放っておくくらいなら名前さんに着てもらった方が着物も喜ぶわよ」
店長には話してあるし快気祝いとして貰って頂戴、と笑顔で言われてしまい、最初は遠慮したものの次第に笑顔へ圧を込め始めた妙さんに最終的には感謝を伝えていた。
それから数日経って、退院日。
妙さんから頂いた着物に着替えるために部屋にある鏡へ向き合うと、左肩にある真新しい傷跡に目が自然と向いてしまった。
指でなぞるとぷっくりと薄く浮き上がっている傷跡。あの時の記憶がふっと頭に浮かんで少しだけ眉をしかめた。
元からある傷の上に被るよう出来てしまった新しい傷、ここに比べると小さいけれどしっかりとした傷跡が脇腹とお腹を隔てて背中側にもある。
大きな一本の傷は自分で付けたものだとしても、これ以上は⋯と小さく息を吐きながら襦袢の襟を整えた。
︙
手続きを諸々済ませて服を入れた鞄を持ちながら病院を出ると、数日ぶりの外は冬が近づいていることもあり太陽が照らしていても充分に冷たさを帯びた風がひゅうっと吹いていた。
「名前ちゃーん!」
「⋯山崎さん!」
猫の一件で入院していることが伝わってしまい以前お見舞いに来てくれた山崎さんは「退院する時は頼ってね!」と親切に連絡先まで教えてくれた。
その次もそのまた次も、お見舞いに来てくれる度に話題に出しては頼ってねと言ってくれる山崎さんの厚意に甘えて家までの運転をお願いしていた。
私を呼びながら走ってきた山崎さんは私の手元からさらりと鞄を取ってパトカーまで運んでくれると、後部座席のドアを開けながら「頭気をつけてね!」と声をかけてくれた。
⋯⋯ちょっと、その、てっきり私用とか⋯少なくともパトカーで来るとは思ってなくて少し驚いた。
「ありがとうございます」
「いいのいいの!副長にも伝えてあるしオーケーは出てるから!」
運転席に座った山崎さんへ再度お礼を伝えると、助手席に座っている⋯近藤さん?からお茶の入ったペットボトルを渡された。
「すまないな名前ちゃん、トシはどうしても外せない用があってな!丁度俺が暇してたもんで勝手についてきた!」
ガハハと笑う近藤さんにもお礼を伝えてお茶を受け取ると、この時期には嬉しい温かさが掌から伝わってきた。
家に着いて鞄を受け取り二人を見送ってから、事前に銀時から受け取ってた鍵を使って久しぶりの家へ入った。
病院へ来た際に羽織っていた燎さんから借りていた長羽織や服を皺が着く前にと鞄から取り出して綺麗にたたみ箪笥にしまってから、適当な髪留めで髪を軽く結わえた。
肩がけの小さな鞄に財布と携帯を入れてすぐ玄関に戻り、しっかり戸締りをしてからゆっくりと歩きながら万事屋へと向かった。
︙
途中、最近できたらしい洋菓子店に立ち寄ってお登勢さんや銀時達に渡すためのお菓子を買った。
運動のためにものんびり歩きながら万事屋に向かうと、お登勢さんのお店の前でキャサリンさんが掃除をしていたのでお礼を伝えてお菓子を渡すと、丁度お登勢さんは留守にしてるらしくそれならと先に二階の万事屋へと足を運んだ。
昨夜新八くんから〝明日家空けてるかもしんねーから勝手に入っとけ、鍵開けとく〟という明らかに新八くんではなく銀時が打ったであろうメールが届いていて、一応呼び鈴を鳴らしたけれど返事がないので言われた通りドアを開けて中に入った。
とりあえずお菓子だけはと一応冷蔵庫の中へ入れて居間に行くと「みゃう」と足元から鳴き声が聞こえ下を向くと、銀時へとお世話をお願いしていた猫が裾に擦り寄っていた。
「ごめんね、お家帰らなくて」
抱きかかえると首元へ頬を擦り付けてくるのが可愛くて、嫌がられない程度に首元や背を撫でると目を伏せたり喉を鳴らしたり、いつもと変わらない様子にホッとした。
椅子に座って膝上に猫を降ろしながら銀時達の帰りを待っていると、膝上から伝わってくる温かさや窓から差し込む日差しの温もりで目蓋が重くなってきた。
思えば久しぶりに外に出て体を動かした気がする。朝から溜め込んでいた小さな疲労がここにきて堪えてきた。
「⋯⋯ふあ⋯」
欠伸も出てしまう。
猫を撫でている手も段々と力が抜けていき、次第に目蓋を上げる間隔も短くなり細くなった意識も糸が切れたみたいにぷつんと切れてしまった。