彼は誰時の菫空
名前設定
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適当に腹が減ったと言い部屋を出たが、扉を閉めてすぐ横の壁へ背を預け足を止めた。
目が覚めた時に自分を見つめていた名前の顔を思い出しながら、えらく幸せそうなあの顔があまりに綺麗で顔を反らしちまったことを少し後悔して、何を言ってもうんうんと泣きながら頷く名前を見ながら無事でよかったと心底安心した。
病院から連絡が来てなんとか兄だと信じてもらい怪我の話を聞かされたが、聞く限りだと跡形もなく完治するなんてことは無いらしい。幸いここで治療した時には既にある程度の処置が施されてたっつーし、高杉に会った時名前の事は知らねぇと言ってたが大方そういう事かと理解した。
怪我は似蔵の野郎のせいだとしてもだ、俺らなら怪我なんて気にしねぇがあいつは女だしよ、そもそも俺がいりゃあ怪我なんて負わなかったんじゃねえかとか今更考えたって遅ぇのはわかっちゃいるがどうしようもねぇ考えが頭の中を埋めやがる。
それにあれだ、こっちの気も知らねぇくせに手ぇ撫でたり指絡めたり普段のあいつなら絶対しないようなことをした名前を憎く思いながらも、今まで何も明確な言葉として気持ちを伝えずその行為に心地良さを感じていた自分がどうしようもなく思えてため息をついた。
⋯これも惚れた弱みってやつか?咄嗟についた兄だという嘘も、名前を妹のように思っていたのはいつまでだったか。
兄も悪くないと言った名前に返した言葉の意味を少しはわかってくれなんて思いながら、名前がここに来るまで傍に居たであろうやつのことを考えると餓鬼みてえにもやもやした感情が生まれた。
昔、気持ちを伝えずに陰ながら好意を抱いていた理由は単純で、名前は高杉を好いていたと思っていたからだった。
それに気付いた頃には多分あいつもそうだった。あいつが名前に向ける雰囲気に、あれ?みたいなものを感じてた。
だから何も言わず何も伝えずに気付けば数年とあっという間に時間は過ぎていたが、再会したことで蓋をしてたはずの気持ちは名前と過ごすほどすくすくと育っていった。
俺だってンな気持ちになるなんて思ってなかったんだ、あいつだってきっと何かしら思うとこはあっただろ。
さっきの会話で名前から高杉の名前が出なかったのは、きっと変に察しのいい名前の事だヅラや俺の事があってわざと言わずにいんだろうなとは薄々感じてたし、俺からも特段話題に出す事でもねえか、なんて思いながら実際は聞くのが怖かっただけかもしんねえ。
「はァ〜〜」
名前でも食えるもんでもとプリンとお茶といちご牛乳を買って何度目かのため息を吐きながら病室へ戻れば、半開きの扉から賑やかな声が部屋の外へと漏れていた。
***
「名前〜〜!会いたかったアル〜〜〜〜!!」
銀時が部屋から出て暫くすると豪快に扉が開きパタパタと走ってきた神楽ちゃんと、神楽ちゃんを追うように小走りの新八くんが部屋に入ってきた。
さすがにいつものように抱きついてくることはなくて、ベットの空いてる所へ寝そべると「大丈夫アルか?」と心配そうな顔でこちらを見上げてきた神楽ちゃん。
「神楽ちゃん駄目だよ!名前さん酷い怪我なんだから!」
「いいのいいの、私は大丈夫だから」
慌てて体を退かそうと神楽ちゃんに手を伸ばす新八くんに伝えると「良かったです本当に生きてて⋯」と新八くんは顔を俯けてしまった。
「ごめんね勝手なことして、心配かけちゃって」
気付けば長い付き合いの二人にまで心配をかけてしまった。ごめんねと再度伝えると、新八くんはブンブンと顔を左右に振ると笑顔で「これお登勢さんからです、食べれるようになったら食べてください!」と手にしていた果物の詰まったカゴを備え付けのテーブルの上へと置いた。
「美味しそう!神楽ちゃんどれ食べたい?」
「このバナナ美味しそうネ!五本もあるし四本貰うネ」
「いや一本しか残んねえよ!!名前さんの分しか残んねえよ!!」
両手にバナナを掴み寝転がる神楽ちゃんを見て呆れつつある新八くん、という見慣れた光景と賑やかさに小さく笑ってしまった。
「そういえばこれ⋯多分名前さんのかなって、拾ってはみたんですけど酷い状態で⋯⋯」
神楽ちゃんがバナナを美味しそうに頬張る姿を眺めていると、新八くんは肩にかけていた風呂敷を外してベッドの上に優しく置いた。
「⋯これ⋯⋯」
中身を確認するために風呂敷を広げると、二つに折れボロボロの状態で所々赤黒い染みのついた白鞘があった。
夫妻から貰った品。これを持っていなかったら確実に今頃命は無かっただろうと思うと白鞘へ伸ばす手が僅かに震えた。
新八くんと銀時もあの男性に会ったらしく、その後川上へ向かい私を探したという新八くんは足元の石に大きな血痕を見つけてすぐ傍にはこれが落ちていて、大事なものならと拾ってくれたらしい。
「⋯前に貰ったの、御守りとして持ち出したんだけど護ってくれたのかな」
「きっとそうですよ名前さん危なっかしいから」
夫妻の柔らかな笑顔を思い浮かべながら、そうかな?と隣にいる新八くんを見上げると「そうですよ!」と笑っていた。
「名前〜これもいいアルか?」
風呂敷を元の状態に戻していると、そんな私達を気にしていない神楽ちゃんはバナナを食べながらいつもの調子で手には林檎を持っていた。
その様子がおかしくて新八くんと顔を見合せ笑っていると、白い袋を手に提げた銀時が「おいここ病室だぞ健常者は帰れ帰れ、特に神楽おめーだよ」と言いながら眉間に皺を寄せ病室に入ってくると先程座っていた椅子に腰を下ろして、ペットボトルのお茶を私にくれた。
「約束忘れてたヨ、遊んでくるアル!」
銀時の言葉を聞きながら時計を見ると慌てた様子で林檎を手に持ち病室から走り去っていった神楽ちゃん。一人少なくなっただけなのに部屋は随分と静まり返ってしまった。
「⋯ちょっと銀さん姉上が心配してましたよ、居なくなったって」
「あのゴリラよく言うぜ、あんなとこいたら半日で仏拝めるぞ」
買ってきたいちご牛乳を飲む銀時に言葉をかけながら神楽ちゃんの残していったバナナの皮を片付ける新八くんは、銀さんだって傷酷いんですから!と軽く叱るように語尾を強めた。
お茶を飲みながら耳に届いた言葉が気になって、やっぱり酷いの?大丈夫?と心配になり銀時の方へ顔を向けると「あー」とバツが悪そうに頭を搔いた銀時と一瞬目があった。
中々目を合わせてくれない銀時。そうなの?と今度は新八くんの方を向くと、背を向けたままの新八くんは「ゴミ捨ててきますね!」と袋を持ち足早に病室から出ていってしまった。
明らかに、明らかにおかしい、誰がどう見ても様子がおかしい二人。
「⋯銀時?」
「言葉のあやだろ、んな酷くねーし大した事ねぇよ」
再び銀時へ顔を向けると「大袈裟なんだよな新八はよぉ〜」と間延びした言い方で誤魔化すように言葉を続けた銀時の目をしっかり見ながら、銀時、と名前を呼ぶと銀時の口からは小さなため息がこぼれた。
そして、布団の上へ置いていた私の右手を軽く掴んだ銀時。
「少なくともおめーよりは元気だろ、心配すんな」
だからまずは自分の傷治せ、と言われてしまい何も言い返せなくなってしまった私を見て小さく笑った銀時。
「早く治して定春にでも会いに来い」
呑気な顔でそう言いながらいちご牛乳を飲む銀時。
定春の名前を聞いて何か忘れてるような気がした私は、銀時から顔を反らしてそのひっかかりの原因を考えた。