彼は誰時の菫空
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
扉の方から少し大きな音が聞こえて、話が済んだのかなと振り向くとそこには晋助ではなくへそを出した金髪の可愛らしい女の子が立っていた。
「⋯もし食べれるなら少しでも食べた方がいいっス」
控えな小さい声でそう言った彼女は小さな器の乗ったおぼんを持っていて、ベッドサイドから小さな机を出しその上におぼんを置いた。
「ありがとうございます」
「⋯いえ」
へそを出した大胆で明るい服装もこの子だからこそ着こなしているのかと思うほどによく似合っていた。
おぼんを置いてからもしばらく傍に立ったままでいる彼女。
何か他に用でもあるのかと思って、近くにあった椅子を指しながら「椅子ありますけど」と声をかけてみたけれど、ハッと目を動かした彼女は「このままで大丈夫っス!」とぎこちない動きで首をブンブンと横に振っていた。
少しでも目を見ようと目を合わせると直ぐに逸らされてしまったり、そもそも落ち着かない様子で目線が定まってない様子から、絶対何かしらあると確信しつつも自分からは座ってくれそうになかった。
「⋯もし時間があるなら話し相手になってくれませんか?」
だからこうして声をかけてみると、最初は私と椅子とを交互に見ていた彼女は静かに椅子へ腰を下ろしてくれた。
「ご飯ありがとうございます、ちゃんと食べますね」
「い、いえ⋯」
先程机へと置いてくれたものへのお礼を伝えると返事と共に顔を俯けてしまって、どうしたら何か話してくれるかな⋯と考えていると、あの、と小さく声をかけてくれた。
「し、晋助様のご友人だと聞いたっス!⋯傷が残るって⋯⋯」
晋助を晋助様と呼ぶ彼女のその声や勢いからすごく慕っているんだなとすぐにわかったし、傷についても申し訳なさそうに声をしぼめながら触れてくる優しさをつい嬉しく思った。
「大丈夫!ね?気にしないで?」
「いや気にするっス!晋助様のご友人っスから!」
なるべく気を負わないよう笑顔で言葉を伝えると、さっきまでの控えめな雰囲気はどこへやら身を乗り出して声を張る姿に少しびっくりして目をぱちぱちさせると、イヤッ!そのッ!と少し顔を赤らめてまた俯いてしまった。
そのコロコロ変わる様子につい小さく笑ってしまって、それが更に彼女をつついてしまったのかますます顔を伏せてしまった。
「私名前っていうの、苗字名前。名前聞いてもいい?」
「⋯⋯また子っス、来島また子⋯」
また子ちゃんよろしくね、と手を伸ばそうと腕を動かすと薬の効きが弱くなってきてるのかさっきよりも痛みが伴う腕に若干顔を歪ませると、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がったまた子ちゃんは私の腕や顔を覗きながらぱたぱたと慌て始めた。
ほんの少しの変化にも気付いて心配してくれるまた子ちゃんは本当に優しい子なんだとしっかり伝わってくる。大丈夫と声をかけながら、こんな子に慕われてる晋助がほんの少し羨ましく思えてしまった。
「また後で来るっス!」
それからしばらく話をすると段々と距離も縮まって、笑いながら話してくれるようになったまた子ちゃんはまた後で器を取りに来ると言い部屋から出ていった。
定期的に他の人が来てくれるらしく何かあれば遠慮なく伝えて欲しいと言われて、お礼を伝えると照れ隠しなのか顔を逸らしながらも頬を緩める姿がまた可愛いかった。
それから丁度用意してくれたお粥を食べ終わった頃に器を取りに来たのはまた子ちゃんではなく別の隊員の方だった。
彼女は実はすごく忙しいとかで、お腹も満たして薬の調整もしてもらったせいか少し目蓋が重くなり始めていると「睡眠も治療の一つですよ」と微笑む隊員の方にすみませんと一言伝えて、少しだけ睡眠をとることにした。
「⋯⋯⋯え?」
少し睡眠をとって目が覚めたら、建物のいたるところから大きな物音が聞こえていて、音に合わせて部屋そのものが小さく揺れているような気がした。
そういえばと周りを見渡してみてもこの部屋に時間がわかるようなものは無く、唯一窓からの景色で日中だということが分かるくらいだった。
水を飲もうと思ったけれど容器はいつの間にか空になっていて、何かあればと近くに置いてあったボタンを押してみても誰かが来るような気配はないしただ時間だけが過ぎていった。
水はそこまで急を要しているわけではないけれど、時間が過ぎても鳴り止まない大きな音や部屋に伝わる揺れは不安を煽るには十分で。
そんな時、プツンと音を立てて周りに備わっていた電子機器の電源や部屋の照明が一斉に切れてしまったのか画面はどれも暗くなり部屋を照らしていた照明も消えている。
さらに拍車をかけるよう段々と大きくなる音や揺れ、次第に次の揺れとの感覚が狭まっていた。何度かボタンを押しているのに誰も来ない様子に不安がどんどん膨れ上がる。
「⋯どうしよう⋯⋯」
明らかにこのままなのは良くない気がしてゆっくりと上体を起こし床へ足を下ろしてみた。
まだ肩やお腹はズキズキと痛むものの薬のおかげか動けないほどの強い痛みではなかったし、既に機能していない機器に繋がる数本の管を体から外して静かに立ちながら手すりにかけられた羽織りを肩にかけて、ゆっくりと壁に手を付きながら廊下へと向かった。
扉を開けると無機質な通路が両側へ繋がっていた。もちろんどちらに行けばいいのかもわからないし、ここがどのなのかもわかってない。
とにかく誰かに会うためにと知らない廊下を一歩一歩無理をせずに歩いているけれど、少し歩いてみて気付いたことは人が誰もいないということ。普段よりだいぶ遅い足取りで歩いているとしても、誰とも会わないことなんてあるの?と思うほど誰一人いない。
しかも最悪なことに音や揺れは先程よりも確実に大きくなっている。
せめて誰かに会うか外に出るか、それまではと歩き続けていたけれど普段の何倍も体力を使いながら歩いているせいか必然と息も上がり患部が熱を持ち痛みも酷くなってきていた。傷に伴って熱があるのか頭や目の奥もじんわり熱く痛くなってきている。
「⋯うわ⋯⋯」
どんどん辛くなる体がきつく、つい壁に右手をつきながら一度歩みを止めて壁に寄りかかった。
そもそも肩に負担がかからないようにと左腕もほぼ固定されている状態で片目も覆いながら不安定に揺れる通路を歩いているから、気分も悪くなりかけている。
大人しく部屋にいた方が良かったのかなと思っていたそんなタイミングで一際大きな音が響くと同時に床や壁が大きく揺れ、耐えられず倒れそうになった時、背後から回された腕に支えられ体を床に打ち付けることはなかった。