彼は誰時の菫空
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名前の元から男が去って少し時間が過ぎた頃、見回りで出歩いていた奉行所の男の体が新八とエリザベスの目の前で二つに斬り離されていた。
「辻斬りが出るから危ないよ」
エリザベスへ刀を向ける男は目の前のゴミバケツから勢いよく跳ね上がった蓋により刀を手放し、そのバケツからは新八の見慣れた男がぬっと姿を現した。
「どっかで見たツラじゃねーか」
「ホントだ、どこかで嗅いだ匂いだね」
笠を外した男は以前銀時と一戦交えた、人斬り似蔵と恐れられる岡田似蔵であった。
「桂にアンタ、こうも会いたい奴に会わせてくれるとは」
桂の名が出たことで声を荒らげる新八に、すまん事をしたと、斬っちまったと、似蔵は言う。
「ヅラがてめーみてーな人殺しに負けるわけねーだろ」
いつものように気怠げな顔で静かに告げる銀時へ、悪かったと言っている、と改めて謝罪のような言葉を口にする似蔵。
だが言葉に反し随分と愉しそうに口の端を上げながら懐から何かを取り出すと見せつけるように目の前に出してみせた。
「ホラ、せめて奴の形見だけでも返すよ」
そこには一束にまとめられた長さのある黒髪があり、まるで女のような、と鼻にあてがうと匂いを嗅いでいるような仕草の似蔵へ銀時は容赦なく斬りかかった。
その顔は先程の気怠げなものではなく確かな殺意の籠ったものであった。
「クク、そういえばまだあってねェ」
ギリギリと音を鳴らし擦れ合う刀を前に似蔵が懐から取り出したのは折れた簪。その見覚えのある簪を目にした新八の顔は一瞬にして強ばり、銀時は殺意の籠る目を見開いた。
「女は煩いとばかり思っていたが、静かでいい女だった」
その言葉を聞き終えるより早く刀へ一層力を込めた銀時であったが、似蔵の持つ刀はメキメキと音を立て刀とは呼べぬ形へと変貌を遂げていった。
***
カツカツと音を立て船の中を歩く男は今にも事切れそうな名前を抱えていた。
「また子ちゃん、晋助くんどこ?」
「間宮⋯晋助様なら多分いつものとこっスけど、誰スかその女」
「晋助くんのお友達。誰か呼んでもらえる?」
間宮と呼ばれた男は柔らかい表情のまま「よろしくね」とまた子に頼むと、すぐ近くの部屋へ入り中にあるベッドへ名前を寝かせそのまま高杉がいるであろう場所へと向かっていった。
間宮が甲板へと来てみれば、やはりそこには煙管を嗜む高杉の姿があった。
「晋助くん」
普段の足取りで近付く間宮へとゆっくり振り向いた高杉は、彼の服が随分と汚れていることに気付くと嗅ぎ慣れた鉄の匂いが鼻腔を刺激し、汚れの元は血液であるとすぐに理解した。
「お前が殺生なんざ珍しいなァ」
ククと喉を鳴らし煙を吐く高杉へ「これ僕のじゃないんだよね」と目を細めた間宮は淡々と言葉を続ける。
「似蔵くんだっけ?部下はちゃんと躾ないと」
「生憎放任主義なモンでな」
何が言いたいのかと鋭い視線を向ける高杉の前で、一切気にしていないといった様子で汚れた長羽織を脱ぎ始めた間宮。
「似蔵くんのせいで名前ちゃん怪我してるよ」
「⋯⋯あ?」
これだけ血も出てるんじゃ結構やばいでしょ、と変わらぬ声音で脱いだ長羽織と自身のスーツに付いた黒い染みを眺める間宮は続けてスーツの上着にも手をかけた。
高杉の記憶上名前という人間は一人しか思い当たらない。
「どこで知った」
まずそれ以前に何故間宮が名前について知っているのか、自身と関わりがあるのを知っているからこその言い回しに疑問を持った高杉にとってはそこが重要だった。
「また子ちゃんに話してあるから行ってあげなよ」
万が一ってこともあるし、と。高杉の問いには触れず、水分を吸っているため普段より重みのある上着と羽織を腕に提げながら甲板から去っていく間宮は最後まで高杉の問いに答えることは無かった。
その後ろ姿を見つめていた高杉は、先程聞いた名前の名前に嫌な胸騒ぎを感じ後を追うように甲板を後にした。
「晋助様ッ!!」
目的の部屋に入ると医療専門の隊員が数名でベッドを囲んでおり、入口の横でその様子を眺めていたまた子は高杉に気付くなり声をかけた。
「やばいらしいっス⋯」
「何があった」
状況を知るべくまた子へ尋ねた高杉は、間宮が危うい状態の名前を抱えて帰ってきたこと、名前を寝かせるとその足で甲板まで来たこと、隊員によれば傷も深く呼吸も浅いことから相当危ない状態であることを聞かされた。
「⋯晋助様のお知り合いっスか?」
「ああ」
隊員の合間から見えた顔は随分と血の気が引き青白くなっていたものの、確かに先日ターミナルの祭り会場で見かけた顔をしていた。
これが先程間宮の言っていた通り似蔵の仕業であるなら何故名前がこんな目にあってしまったのか、そもそも何故それを間宮が知っていてなおこの惨状なのかと思うところは多々あったが今は万が一が起こらぬようにと高杉は願うばかりであった。
「晋助様、あの⋯さっき隊員から言われたんスけど」
控えめな声で話し始めたまた子は、何も言わずにいる高杉の様子から言葉を続けていいと理解しポツポツと言葉を続けた。