かぶき町。今まで訪れることのなかったこの町は、名前が生きてきた普通とは違い様々なものが普通として混在していた。

　

そこまで遠くもない地を離れ、ここかぶき町へ足を踏み入れた名前は新しい生活に期待と不安を抱きつつも、雲ひとつない空の下ゆっくりと町を眺めながら歩いていた。

一昨日かぶき町へと引越してきた名前。一ヶ月後を目処に小料理屋を始める予定だった。
箪笥や冷蔵庫など生活する上で必要とする大きめのものに関しては既に搬入を終えていて、消耗する物などは現地に慣れるという目的も含め外へ出て買い足そうと思っていた。

　

引越しの業者から大きな複合施設があると聞いた名前はそこを目指して歩いていると、右へと続く細い小道から何かが突然飛び出してきた。

驚きで小さく肩を揺らしながらもたった今飛び出してきた何かを目で追うと、それは小さな白い猫だった。
猫は振り返ることなく走行する車や名前を含めた通行人にも目もくれず日陰となっている反対側の小道へと消えていった。

その後ろ姿がみえなくなるまでわずか数秒程度。

何か悪いことでもしたのかと猫の後ろ姿を見つめ気を取られていた名前は、その小さな猫に負けぬ速さで同じ小道から飛び出してきた人物に気付かなかった。

　

「待てクソ猫ォオオオ！！！」
歩行者へ注意を配るなんて配慮はもちろん持ち合わせておらず、走っていたことで目の前に突然現れた名前へ遠慮なくぶつかってしまった男性。
「⋯っぶね」
名前はあまりに咄嗟のことで声も出ず、その突然の強い衝撃で倒れそうになったものの、間一髪その衝撃を与えてきた人物の手で腕を引かれた事で身体を地面にぶつけることはなかった。

「大丈夫か？悪ぃな急にぶつかっちまって」
「あっいえ、大丈⋯」
体勢を正し心配と謝罪の言葉を口にした男に視線を向けた名前は、それ以上言葉を続ける事が出来なかった。
それどころか衝撃により手から離れた鞄の事など一切頭になく、言葉を失った半開きの口はそのままで、ただその男の顔を静かに見つめていた。