彼は誰時の菫空
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それは突然の出来事だった。
今日はお店を休みにして、部屋の掃除や買い物でもと思い椅子に座りながら珈琲を飲んでいると、普段あまり音の鳴らない携帯が珍しく着信を知らせた。
画面には最近よく交流のある新八くんの名前。
「新八くん?」
「名前さん!大変なんです!銀さんが!」
たまに銀時や神楽ちゃんからも電話があるため相手を確認しつつ膝に乗せた猫を撫でながら電話に出ると、驚くほど慌てた声を上げた新八くん。
「銀時がどうしたの?」
あまりに慌てた様子にただ事じゃないと思いつつ、新八くんがこれ以上慌てないようにと可能な限り落ち着いた声音で問い返すと、走っているのか周りの多くの雑音と共に「銀さんが!銀さんが事故にあって!」と確かな声でそう言った。
***
「新八くん!」
「⋯名前さん!」
場所を聞き急いで病院に駆けつけた名前は扉の前にいる新八くんと神楽ちゃんと、年配の女性と猫耳の女性の見知らぬ二人を見つけた。
「銀時は?」
「ジャンプ買いに行った時にはねられたらしいネ」
「心配いらんよ、車にはねられたくらいで死ぬタマかい」
神楽ちゃんと年配の女性はそこまで重たく言う訳でもなく軽さのある声音で言葉を伝えたが、やはり車にはねられたという事実が名前にはどうしても重く感じられた。
「ところでアンタ誰だい?銀時のコレかい?」
心配そうに扉を見つめる名前へ、年配の女性は小指を立てながら問いかけた。
銀時と再開してから何度か聞かれた同じような問は、名前も最初は気にならなかったものの数を重ねる度にもしかして女性面で素行が良くないのかと、少なからず不安を感じ始めてしまう程だった。
「お登勢さん!こちら名前さんといって、銀さんの古いお友達なんです」
慣れたように紹介する新八くん。続くように名前も「苗字です」と軽く頭を下げた。
おや、と声を漏らしたお登勢に続いて「こちらはお登勢さん、万事屋の一階でスナックをしていて」と名前へお登勢の紹介も済ませた新八くん。
その光景を眺めながら、ワタシハ無視カヨ!と片言な言葉を叫ぶ猫耳の女性。それを聞いた神楽ちゃんは面倒くさそうに、こっちはキャサリンアルと一言添えた。
「アンタが名前かい。こりゃ随分といい女じゃないか、何かあればいつでも言いなよ」
病院だというのに平然と煙草を咥えたお登勢は、今度寄っていきなよと名前へ声をかけた。是非、と微笑む名前につられるようにお登勢も軽く微笑んでいた。
それぞれが銀時の身を案じつつ暫く待っていると、ガラガラと扉が開いた。
と同時に名前以外の四人は看護婦の制止も聞かず走るように部屋の中へ入り、少し遅れて名前も静かに部屋へと入った。
そこには名前が思っていたほどの大きな怪我もなく、頭に包帯を巻いているだけでいつもとあまり変わらないように見える銀時がベッドの上で上体を起こしていて、先程の四人が各々言葉をかけていた。
「銀時大丈夫?心配したんだよ」
とりあえずは大丈夫そうだと一安心した名前は銀時へ言葉をかけると、少し間をあけて言葉を返した銀時の一言でその場の空気は一瞬で固まってしまった。
「⋯一体誰だい君達は?僕の知り合いなのかい?」
***
担当の医師が言うには、外傷は大したことがないものの頭を強く打ったことで自分の存在を含めて記憶が飛んでしまっているらしい。
焦らず気長に見ていきましょう、とのこと。
銀時に大きな怪我がなく本当に安心したのも束の間、一難去ってまた一難という現状に小さく息が漏れた。
「⋯なんでも屋、ダメだ何も思い出せない」
とりあえず銀時と共に全員で万事屋へと来てみたものの、やはり何も思い出せないという銀時。
焦らずにとは言われたけど一体どうすれば、と思っているとお登勢の提案で江戸を回ることになり、銀時と神楽ちゃんと新八くんと一緒に町を歩いてみることにした。
すると少しして銀時から「あの」と声をかけられた。
「なに?」
「名前を聞いても⋯?」
神楽ちゃんと新八くんからは少し離れて歩いていた。隣の銀時を見上げながら返事をすると名前を聞いてくる銀時。
きっと小さなきっかけでも掴もうと必死なんだろうと思って、苗字名前と伝えると「名前⋯名前⋯⋯」と小さく数回名前を声に出す銀時。
それでも、やっぱり何も思い出せないのかほんの少し眉間に皺を寄せていた。
「僕はあなたと親しかったのですか?」
「小さい時からよく一緒にいて。うーん、これくらいちっちゃい時から」
記憶が戻らない事をあまり深刻に考えて欲しくなくて、親指と人差し指が触れあうギリギリまで近付けて銀時に笑いかけると、声を出して笑ってくれた。
「それは大変だ、何がなんでも思い出さないと」
私につられるように笑う銀時の目が優しそうに細められていて、なんでか目線を逸らしてしまった。
***
あの日から数日経っても新八くんからなにか連絡が来ることはなく、私の方からも連絡をすることは無かった。
少しでも進展があればあの新八くんなら必ず連絡はくれると思っていたし、私から連絡しても急かしてるように捉えられてしまえば申し訳ないと思っていたから。
あの時〝何がなんでも思い出さないと〟と言っていたし、いつも通りお店を開いていれば何も無かったみたいにふらりと来てくれると思ってもいたから。
だから今、今日もお店を閉めるために外へ出ようとお店の扉に手を伸ばしたら、私が触れるよりも早くに扉がガラガラと開かれた事に期待してしまった。
隙間から入ってくる風はほんのり肌寒くて、目線を下げると見知った靴先と着物の模様が見えて、期待が確信に変わった。
「よォ、こんぐれ〜小せぇ頃の話聞かせろよ」
頭を上げると、顔の前で親指と人差し指をこれでもかと近付けながら口角を上げてにやりと笑ってる銀時がいて、つい嬉しさで顔がにやけそうになる。
「遅くて忘れちゃったかも」
笑いながらそう言うと軽くおでこを小突かれた。
そのまま私の横を通っていつもの席に向かう銀時を見ながら、暖簾を中に入れて扉を閉めて、暖かいお茶を二つ用意した。