彼は誰時の菫空
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どれだけ歩いたかわからない。とにかくこの顔や手の熱が消えるまで歩き続けたかった。それでも熱が冷めることはなく先程の光景を思い出す度むしろ熱が増しているように感じていた。
あんなの、あんなの聞いてない。聞いてても無理。
周りの人達は起きたことなど知るはずもなくそれぞれが祭りを楽しんでいて、銀時すら何も無かったみたいな態度で、まるで自分だけが焦っているみたいだった。
いくら兄妹のように近い存在で育ったとはいえ、互いの許す距離感というか暗黙のラインのようなものは歳を重ねるにつれて存在していた。あんな、好い人相手にするようなこと、してくるなんて今まで一度も無かったように思う。
ましてや直前に言葉を躊躇うほどかっこいいと思った。そんなタイミングであんな事をされたら平常心でいられる訳が無い。
未だに煩い胸に手を当てながら、冷めない熱を冷ますために賑やかな道をゆっくりと歩き続けた。
少し夜風にあたって歩いていると少しは熱も引いて、軽く頬に手を当ててみてもそこまで熱くはなく少しほっとした。ただ、手元にある半分かけたいちご飴を食べる気にはなれずに、そのままいちご飴を貰った屋台へ向かうと同じものを買って銀時の元へと戻った。
まだいるか少し不安だったが、離れた場所に戻るとどこかに行くことも無く銀時はその場で待ってくれていた。
「⋯はいこれ」
欠けてない方のいちご飴を差し出すと「おう」と小さな返事が返ってきた。すると同時に頭上からその声をかき消すほどの大きな音と共に花火がいくつも打ち上がる。
見上げると、いくつもの綺麗な花火と、そんな花火に照らされる銀時の綺麗な顔。ちらりとこちらを見つめた銀時は差し出したいちご飴へと手を伸ばすと一瞬動きを止めて、その手を腰に携えている木刀へとあてがった。
「悪ぃ名前、すげー腹痛ぇから厠行くわ。それ持って新八んとこ行っててくれ」
いちご飴に視線を落として静かに告げる銀時にほんの少し違和感を感じながらも、うんと小さく返事をしていちご飴を二つ持ったまま銀時に背を向けて先程射的をしていた屋台へと向かった。
全然お腹なんて痛くなさそうな銀時を思い返しながら、そういえば昔から厠長かったっけ、と目を伏せた。
***
「厠ねェ⋯」
「ンだよ男だって連れションすんだろーが」
違いねぇ、と銀時の後ろで喉を鳴らし低く笑う男は、こんな所にいるはずのない男だった。
「ヅラから名前がいるのは聞いてたが、随分といい女になったもんだなァ」
「ありゃ贔屓目無しに美人だわ。つーかお前女の話しに来たの?相当暇なの?」
木刀へ手をあてたまま会話を続ける銀時の後ろにいる男、銀時や桂、名前と幼少から付き合いのある高杉もまた刀を引きながら「それも悪くねぇな」と言いながらも随分と危険な雰囲気が二人を取り巻いていた。
「覚えてるか銀時」
本題は、とでもいうように少し間を開けて話し始めた高杉の言葉を静かに聞く銀時。互いにのみ聞こえるようやり取りされる会話は、昔の思い出話とは随分とかけ離れた内容だった。
***
銀時に言われた通り新八くん達のいた場所を目指して歩いていると、遠くの方で爆発音のような大きな音が聞こえた。間もなくして「攘夷派のテロだ!」という声が聞こえると広場から外へと向かい人が波のように押し寄せ、道の端へと避けていても肩がぶつかってしまう。
その衝撃でバランスを崩してしまい尻もちをつくと、反動で手から離れてしまったいちご飴は地面に転がり混乱した人達によって踏み荒らされてしまった。
人の波が落ち着くとゆっくりと立ち上がりお尻や手に付いた土をはらいながら広場の方へと視線を向けると、今度は何体ものカラクリが列をなして行進をしている。
真選組の隊服を身につけた人達が応戦している中、新八くんと神楽ちゃんを探さなければと広場へ向かうと一際大きな音がする場所があり、そちらを眺めると神楽ちゃんとイカ焼きを食べていた沖田さんの姿。
あの二人なら大丈夫かなと思い、未だに見かけない新八くんを探すために違う方へと足を進めると、開けた場所でカラクリの前に佇む銀時と新八くんとゴーグルをかけた老いた男性の姿を見つけた。
「新八くん、銀時」
「名前さん!大丈夫ですか!?」
ゆっくり近付き声をかけると、私に気付いた新八くんは小走りで駆け寄ると怪我の有無を確認してきた。 少し転んだだけで大丈夫と伝えると「痛くないですか!?⋯って汚れてるじゃないですか!早く落とさないと!」と一人慌てている新八くんが少しおかしくて小さく笑ってしまった。
「悪ぃな厠長くなっちまった」
いつも通りの気怠い声で頭を搔きながら近付いてきた銀時に大丈夫だと伝えて、転んだ時にいちご飴なくしちゃったと謝ると「ンなもん作ればいーだろ」と軽く微笑んだ銀時。
ふと目線を下げると左袖から血が滴っているのが見えて、遠慮なく手を伸ばし銀時の左袖を捲ると怪我をしていた。まだ塞がっていない真新しい切り口からはとくとくと血が流れ続けている。
ちょっ、と声を出す銀時を無視して極力優しく手を掴めば一瞬ぴくりと動きながらも、振り払われる事はなかった。
「⋯厠で怪我したの?」
「切れ痔が悪化しちまってよ、あー痛ぇ」
手が切れ痔になる人なんてどこにいるのと言いたくなったが、随分と痛そうな切り口にそんな事言えなくて。脇に抱えていた鞄からハンカチを取り出して傷口がこれ以上痛まないようにと優しく覆った。
「あんがとな」
なんとなく銀時の顔を見上げることが出来なくて掴んだままの手を見つめていると、声と共に大きな手が頭に触れて優しく撫でられた。
「家帰ったらちゃんと消毒してね」
僅かに赤く血が滲み始めている自分のハンカチを眺めながら手の甲を優しく撫でると、頭上から「唾付けときゃ治んだろ」と気怠い声が聞こえてきた。