彼は誰時の菫空
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お店の開店前、料理の仕込みをしていると店の扉を数回叩く小さな音が聞こえた。
まだ暖簾を出していないのに誰だろう?と扉を開けると、神楽ちゃんと共にテレビで見かけたことのある小さなお姫様がいた。
「神楽ちゃんどうしたの?お友達?」
隣同士で座った二人の前にお茶を入れた湯呑みを出した。
「そうアル、そよちゃんネ!そよちゃんこっちは名前、名前も私の友達ネ」
お茶を飲みながら私とそよ姫へと互いのことを紹介する神楽ちゃんは、友達に友達紹介するのやってみたかったアル!と随分と嬉しそうに笑い、隣ではそよ姫が神楽ちゃんを眺めながら少し寂しそうに微笑んでいた。
「神楽ちゃんの友達の名前っていうの、よろしくねそよちゃん」
「はい」
控えめに右手を出しながら、私も友達になってもいいかな?と尋ねると、少し明るくなった表情で「はい」と右手を重ねてくれた。
神楽は、名前は料理が得意でいつもご飯を大盛りにしてくれると楽しそうに話し、そよ姫はそれを聞きながら相変わらず少し寂しそうに笑っている。
「そよちゃん自由に生きたいって言ってたネ、名前はどうしたらいいと思うアルか?」
一通り話を終えた神楽は、酢昆布を食べながら先程そよ姫がこぼしていた小さな願いについて名前へも意見を求めるために問いかけた。
「自由に⋯⋯?」
詳しく話を聞くと、お城からほとんど出ること無く街を眺め、自由に遊び自由に行きたいと思っていたらいつの間にか抜け出していたという。
その気持ちが過去の自分と重なって、もう痛むことの無い傷がちくりと痛んだような気がした。生まれる場所はみんな選ぶことが出来ない。数年前まで決められた生き方をしていた私より随分と若い女の子が、生まれた場所で決められた生き方をしながら自由について悩んでいた。
「⋯そよちゃんはきっと、沢山頑張ってるんだよね」
テレビで見かけた情報しかわからないけれど姫として尽くしているそよ姫を思い言葉をかけると、神楽ちゃんはわからないといった表情で酢昆布を食べていたが、そよ姫はなんの事かを理解した様子で言葉を聞いてくれていた。
「だから、頑張るのに疲れちゃったら自由に街に来たらいいんじゃないかな?難しいかもしれないけど、神楽ちゃんっていうお友達がいるじゃない?」
でもあまり長居しちゃうと心配かけちゃうからね?
そう微笑むと、そよ姫は小さく微笑みながら「そうですね」と呟いた。
しばらく他愛もない話をしてお茶も冷めてしまった頃、これからどこかに行くの?と二人に尋ねると返事が返ってくる前に店の扉が数度叩かれた。
「少し聞きたいことがある」
外から聞こえた声は聞き覚えがあった。
店の奥にある通路の先を指さしながら「ここ真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がると玄関があるから、鍵は気にしないで静かにね?またいつでもおいで二人共」と伝えて、二人の頭を優しく撫でた。
二人はなんとなくわかってくれたようで神楽ちゃんはそよ姫の手を掴むと、その手を引きながらパタパタと小走りで伝えた方へと消えていった。
「何でしょう?」
ほんの少しだけ時間を置いて、店の扉を開けると思っていた通りの人物が目の前にいた。
「この店に万事屋んとこのチャイナ娘とそよ姫が入ってくの見たって聞いたんだが」
目の前にいる土方さんは煙草を咥えながら、二人を見ていないかと聞いてくる。
「⋯何のことでしょう」
嘘をつくのは苦手だったが先程居た可愛い二人を思いながら小さい嘘を伝えた。しばらくこちらを見つめていた土方さんは、もう私が何も言わないとわかったのか「邪魔したな」と静かに呟くと振り返り他の隊員へと指示を始めた。
「あんた俺達に嘘つくたァ随分いい度胸してやがる」
閉めようと動かした扉は突然聞こえた声と共にガタッという低い音を立てて動きを止めた。
扉の足元を見ると見慣れない靴先が扉を遮っている。ゆっくりとその足の主を見上げると、以前花見の時に総悟と呼ばれていた人物がこちらを見ていた。
「⋯嘘なんてついてませんよ」
苦し紛れにそう伝えても、全部わかってると言いたげな顔はゆるりと口元を釣り上げた。
「へえ。んじゃあんたは自分の店なのに客の席で茶ァ飲むのか?しかも二つ」
店の中へと視線を向けると顎をクイと動かし中を指す。それにつられるように店の中へと振り返ると、確かにそこには先程二人へ出した湯呑みがそのまま残っている。
「⋯⋯いけませんか?」
言い逃れできないとわかっていても都合のいい言葉が見つからずに、その場しのぎのために苦し紛れの言葉を返すと「いや?」と笑みを浮かべながら返事をした目の前の男性は、そのまま足を引くと両手を上げた。
「⋯失礼します」
全部わかってて追求してこない男性を少し怖く思いながら、一言告げて今度こそ静かに扉を閉めた。
***
「アレ見えてんのに嘘に乗っかるたァ⋯」
静かに言葉を口にした沖田は、少し先で隊員へと指示を出す土方の後ろ姿を見つめていた。