彼は誰時の菫空
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神楽ちゃんと共に新八くん達の元へ戻ると「おかえり」という言葉や、お重をつまんだ人達からは「美味しかった」と声をかけられ、胸が暖かく感じた。
ここに来た時から気にはなっていたが触れずにいた、明らかに規格外の白い犬が近くにいたが神楽ちゃんが楽しそうに遊び始めた。ひっそりと銀時へ犬について聞くとペットらしい。ペット。
最近住みついた小さな猫を思い浮かべてその違いに少し驚きつつも、あのもふもふにいつかは触れてみたいなと魅力を感じた。
少し前、山崎さんから銀時達とは偶然出くわしたと事の成り行きを聞いて、またそこに倒れていた男性は真選組の局長であり自分自身の過ちでそうなっているらしいというのも聞いた。
いろんなことが起きているこの不思議な場でも、みんな笑って楽しそうにしていた。
花見はもちろん誰かとこうしたりなど久しくしていなかったから、知り合いと共に楽しく綺麗な桜を見れたことが嬉しくて「ありがと」と隣にいる銀時へ声をかけた。
「あぁ」
横になっている銀時は短く返事をしながらどこかを見つめている。
来年も再来年もその次も、またこうして桜を見れたらいいなと思った。
***
「そういや何迷惑かけたんだよ」
さっき名前が野郎と顔見知りだったと知った際に口にしていた事について聞いてみた。
「⋯そんなに大したことじゃないんだけど」
隣に居る名前を見上げると、眉を下げ少し困ったように微笑んでいた。聞くと万事屋へ来たあの日の帰りに絡まれてしまったところを通りかかった野郎に助けてもらったらしい。
無理にでもこいつを家まで送るべきだったと過去の自分に少し腹が立ちながら「だから言ったじゃねーか」と自身への苛立ちも含んだ声音でそう言葉をこぼしてしまった。
「ごめんね気をつけろって言われたのに」
声音から怒っていると感じたのか名前は眉を下げた変わらぬ表情でそう答えた。
別に名前を責めたかったわけじゃない。むしろ自分へ向けた言葉だった。もし運悪くあいつが通らなかったらと思うと、名前へ絡んだ輩へはもちろん一人で帰らせた自分へも腹が立つ。
「神楽のあれ見ただろ、置いてったって問題ねーよ」
だから次は送ってく、と続けたかった言葉は口から出ることはなく喉の奥へとしまい込んでしまった。
俺が今、名前に対してどういう気持ちを抱いているのかイマイチ自分でもわからなかった。ただなんとなく、他の野郎に触れていた手を退けたり、絡んだ輩へ腹を立てるくらいには気にかけていた。
なんだかんだと定期的には店に足を運んで客と楽しそうに話す名前の顔を眺めるのも好きだし、自分と話す時にたまに見せる少し呆れを含んだ顔を眺めるのも好きだった。
「じゃ、次はお願いしようかな」
こっちの気持ちを知ってか知らずか、随分昔にしてきたように名前は俺の頭へ軽く手を乗せるとわさわさと撫でてきた。
「⋯おいおいイケメンが台無しじゃねえか」
「これくらいが丁度いいんじゃない?」
くすくす笑う名前から顔を背けて妙に煩い胸が落ち着くまで静かに目を伏せた。
名前の言っていた〝次〟はその日のうちに訪れた。
酔い覚ましに送ってくるわと新八に一言告げて、まだそこまで暗くない時間ではあるが名前を連れて家までの道を歩いていた。
家に着くまでの間、今日いくつか作った弁当の話や最近住みついた猫の話なんかを聞きながら適当に返事をして、隣で笑いながら時々こちらを見上げる名前をバレないように眺めた。
やっぱり勘違いなんかじゃなく、いつもより胸が騒がしい。もしかしなくても未練タラタラじゃね?とか、実は全然余裕で引きずってね?とか、そういう類の気持ちがどんどん湧いてきて正直名前の話は殆ど頭に残ってなかった。
やべぇ性格になってたとか、やべぇ偏食になってたとか、やべぇ趣味見つけてたとか。そんなんだったら胸がこんなに騒ぐこともなかったんじゃねえかと思う。
でも目の前の名前は昔のままだった。何も変わっちゃいない笑顔を向けられれば良いもんだなと思ってしまう。
酔いなんてとっくに覚めて、思えば思うほど名前に対しての気持ちに気付いてしまい頭を搔いた。
そんなことを思いながら歩いていれば、名前の家に着くのはあっという間だった。
「ありがと」
門を開けてこちらを向くと笑顔を向けてくる名前に「おう」とだけ返事をして、来た道を戻った。
気をつけてねと声がするが振り返る余裕は残念ながら持ち合わせておらず、昔好いた女にまた恋をしたのか、それとも今まで好いたままだったのか、ますます痒くなる頭をボリボリと強めに搔いても答えはわからなかった。