彼は誰時の菫空
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近くに停めていた車に乗せ自分も助手席へと乗り込み、運転席にいた山崎へ事情を話して女へ軽い聴取も含め簡易な書類を渡した。
すらすらと書き進める姿をミラー越しに見ながら、落ち着いた色味の着物やゆるりとまとめられた髪はまるで女の人柄を表しているように感じる。
書き終えたのか渡してきた書類に目を通し、書き漏れがないことを確認してそこに記された住所へ向かうように山崎へ伝えた。
「いつもあの辺通んのか」
静かすぎるのが気になりミラー越しに様子を伺えば、手首をさすったり落ち着かない様子で左右の景色を眺めていたりとそわそわしていて、少しでも落ち着くならと話を振ってみた。
「お昼とかはたまに通ります、最近引越してきたんですけどこの時間に通ったのは初めてで⋯」
「この時間じゃ女の子一人で通るには危ないかもね」
先程口にした内容と同じようなことを言う山崎の言葉で、申し訳なさからか女は俯きがちに小さく返事をした。
可愛いんだから尚更ね!と緊張を解すためか言葉を続けた山崎に控えめな笑みを向ける表情は、少しではあるが先程よりも柔らかくなったように思う。
そうこうして記された場所へ着き合っているか確認をするとここですと言い、再度礼を告げた女は車から降りた。
「すみませんお仕事増やしてしまって⋯えっと山崎さんと⋯⋯」
同じく車から降りれば山崎の名を口にして明らかに俺の名前を伺っている様子の女と目が合い「土方だ」と伝えると、土方さん、と確認のためか一度名前を口に出してから「ありがとうございました、土方さん」と礼と共に頭を下げた女。
「気をつけろよ、都合よく通りかかるとは限らねえ」
戸締りしっかりしろよと声をかけてから車に乗り山崎に車を出させると、頭を下げた姿が暫くサイドミラーに映っていた。
「あの子可愛かったなぁ」
声を漏らす山崎の言葉を聞きながら煙草に火をつけ外の景色を眺めていると、薄く開かれた窓の隙間から煙がゆるりと逃げていった。
***
「いらっしゃいませ」
「お〜名前ちゃん今日も綺麗だな、魚のやつ頼むわ」
ようやく小さな料理屋としての営みを始め、昼間は主に定食など安くて満足のいく品を、夜間はお酒やそれに合うおかずなどを提供できるようにと努めていた。
席はカウンターのみの六席、事前に連絡を貰えれば十人程が寛げる座敷も一部屋用意していた。
本来は何かの部屋へと充ててくれていたようだったが一人で過ごす分には広すぎてしまい、座敷へと少し手を加えた形で活用することにした。
今のような昼の時間帯だと仕事の合間に訪れてくれる人達が殆どで、定食も魚か肉か野菜といった大まかな種類に分けその日の仕入れと仕込みでメニューが変わるように対応していた。
お昼時の忙しさも少しは落ち着いた頃、一息ついていると見知った顔が店を訪れた。
「よーまだやってっか」
「まだ大丈夫だよ」
週一程度で昼か夜に顔を見せてくれるようになった銀時はいつしか自分の決まった席となっている入口から一番離れた席へと腰を下ろした。
「今日は煮付けが美味しくできたからおすすめ」
「ああ、んじゃそれ」
暖かい緑茶を入れた湯呑みを置きながらそう伝えると、迷わずに返事をした銀時はずずっとお茶を飲み「もうちょいしたらもう一人来るわ」と気怠げに告げてきた。
「うん?珍しいね誰かと来るなんて」
そう伝えながら準備をしようと裏に行こうとした時、ガラガラと入口の扉が開く音がした。
「いらっしゃいま⋯」
「久しぶりだな名前、暫く見ない間に随分と別嬪になったものだな」
店に入るなり深く被った笠を脱いだ男性は、相変わらず綺麗で長い髪を揺らしながらその優しさの籠る目でこちらを見ていた。
「なんかいいね、こう、銀時と小太郎が並んでるのって」
「なんも良くねーわ、こいつのせいで死にかけるわいい迷惑だったんだぞ」
「何を言うか銀時!あれは貴様が勝手にしたことであろう!」
料理の準備をしながら二人の話を聞けば、この前小太郎のせいで真選組に捕まりかけ爆弾で死にかけたという銀時と、それについてはだなと反論をする小太郎。二人の様子を眺めていると昔を思い出し、自然と笑みが出てしまう。
この町で暮らし始めてから、至る所に貼られていた指名手配の貼り紙を通して小太郎や晋助の顔をみかけることが多かった。
生きていたことを嬉しく思うべきなのに一際目立つようになってしまった彼らを町で初めて見た時は、嬉しさを感じつつもいろんな感情が籠った短い溜息が口から出たのを覚えている。
小太郎を席へ座らせてから一度外に出て暖簾を下げてお店を閉めた。
勿論それは小太郎を気遣っての行動だったけれど、これくらいの私的融通は利かせても罰は当たらないだろうと思っていた。
「しかも銀時!名前に会っておきながら俺に隠し事とはどういう事だ!俺が訪ねなければ知らぬままであったという事か!」
「忘れてたんだよ!いーだろ別に同じとこにいんだからそのうち会ってんだろーが!」
「いいや確実に隠していただろう!全く⋯」
さらに話を聞くと、たまたま銀時を訪ねた小太郎がたまたま神楽ちゃんと新八くんから私のことを聞き銀時を問い質したという。
「いいじゃん、こうやって会えたんだし」
今日の煮付け本当に美味しいよ?と二人の前に同じ煮付けの定食を出すと、言い合いをやめて各々食べ始めた二人。
「うま」とか「美味いな」とか小さな声が聞こえる度に頬が緩み、美味しく出来て良かったなと暖かく幸せな気持ちで胸が満たされた。