彼は誰時の菫空
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湯船に浸かりながら今日を振り返っていた。
町に出て偶然にも再会した銀時は、昔と変わらず甘いものが好きなままで、直接言葉には出さないものの荷物を案じて買い物に付き合ってくれたり。
目立つ頭や気怠げな目は相変わらずで、当たり前だけれど随分と大人になっていたその姿に嬉しさのようなものを感じた。
あの日から十年程度の月日が流れているし、きっと他の皆も今頃は⋯と思えば自然と頬が緩んだ。
左手で傷痕をなぞるのは湯船に浸かる際の癖だった。
自分から言わなきゃこの傷のことも何故できたのかも知られることは無い、そう思ってどうしても言い出すことが出来なかった。
自分で痕を残したからこそやましい気持ちもあるし、傷を知られてしまう時は経緯は勿論それまでの過去も伝えなければいけない時だと理解していたからこそついてしまった嘘。
何も言わずに隠し事をするのと直接嘘をつくのとではまた違った罪悪感のようなものを感じたけど、いずれ自分のことを言える時が来ればなぁ、と淡く思いながらも随分と浸かっていた湯船から出た。
︙
「ではその日にお待ちしてますね!」
「おうよ!」
銀時と再会してから二週間程が経って、私はそれぞれのお店へと足を運び仕入れの契約をしていた。
あと二週間もすればお店を開けるかなというところまで来て、つい先程もお肉屋さんとの契約の話を終えたばかり。日が沈むまでまだ時間もあるし、知らない道でも通ってみようかなと思ってた。
「名前ちゃんだったか!これ持っていきな!」
そんな私へと声をかけたお肉屋の店主さんは、お礼にと包んだ肉を袋に入れて私に手渡した。
「そんな!こんなに、いいんですか?」
「これから世話になるんだからいいってことよ」
随分と重みのある袋を受け取りながらお礼を伝え、再度頭を深く下げてからお店を離れた。
少し遠回りでもしようかなと思っていたけど、これじゃ早めに冷やさないと、と遠回りするのはやめてまっすぐ家に向かうことにした。
そんな時、ふと銀色の頭が頭にちらっと過ぎって、そういえば⋯と鞄から名刺を取り出した私は家とは別の方へと歩き出した。
途中包みをずらし中を確認すれば牛肉だった、すき焼きでいいかなと立ち寄ったスーパーで必要な食材と美味しそうなプリンを買って、一つ増えた袋と共に名刺へと記された場所に向かった。
事前に連絡した方がよかったかなと思ったけど、まあ居なかったら持ち帰って自分で食べればいいだけだし、と歩いてたら暫くして〝万事屋銀ちゃん〟と書かれた大きな看板を見つけた。
建物横の階段を静かに登りきったらすぐ目の前に扉があって、備わっている呼び鈴を鳴らしてみた。
「はーい!」
すると聞こえてきたバタバタという足音と届いた声。
その声に少し違和感を感じた私を待つことなく玄関の扉はガラガラと開かれた。
「えっと⋯銀時いますか⋯?」
扉を開けて出迎えてくれたのは、銀時ではなく黒髪に眼鏡をかけた青年だった。
「はい!⋯銀さーん!お客さんですよ!」
笑顔で対応してくれながら「どうぞ」と中に招かれて、そのまま奥の部屋へと案内された。
机を挟むようにしてソファが二つ、それとは別に一人用のデスクとその横に置かれた小さなテレビ。
そしてそのデスクへと足を乗せて椅子に仰け反り、顔にジャンプを乗せたまま動かない人物が一人。
ジャンプ越しに見えるふわふわとした銀髪は多分⋯というか間違いなく銀時だとすぐにわかった。
「ちょっと銀さん!お客さんですよ!⋯すみません、今お茶お持ちしますね」
「あっいえ!お構い無く!」
目の前で微動だにしない銀時へ呆れながら私に謝る青年は急ぎ足でどこかへ行ってしまった。
そういえば自分の話はしたけど、銀時の話と言えば万事屋をしているということだけで従業員の方がどのくらいいるとか、そういう話は聞いていなかった。
てっきり銀時が出てくるとばかり思ってたから少し驚いたけど、ついさっきどこかへ行った従業員の方?人が良さそうで真面目そうな青年を思い返して、少し安心した。
極力音を出さないように袋を二つ机に置いて、静かに銀時へと近付きゆっくりと顔を覆っていたジャンプを持ち上げると、気持ちよさそうに目を伏せながら寝るにはまだ早い時間にも関わらず寝息を立てている銀時の顔があった。
少し前に見た顔に比べて僅かに幼さを感じるその整った顔を眺めてると、眉間に小さなしわが刻まれた。
「⋯ンだよ俺ぁ今ジャンプ読んでんだ、邪魔すんな新八」
くぁ〜と欠伸をしながら頭を搔いて目を覚ました銀時は、重たそうな目蓋をゆっくり持ち上げジャンプを取り上げた私を見るなりぴたりと動きを止めた。
「僕じゃないですよ⋯ったく、お客さんが来てるのに寝てるとかホント最低ですよ」
お茶を運んできた新八と呼ばれた青年は、粗茶ですが、と机に湯呑みを置いて「本当すみませんだらしなくて」と再度謝罪を口にした。
気にしないでください、と声をかけながら手にしたジャンプを机に置いて、私はまだ動きを止め固まっている銀時に声をかけた。
「お肉貰ったんだけど、すき焼き、食べない?」