彼は誰時の菫空
名前設定
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一通り買い物を終えた俺達は、名前の住む家へと向かっていた。
名前の手には小さな鞄とティッシュ、俺の手にはその他の購入品の詰まった袋が両手にぶら下がっている。
「今日はありがと、銀時の言った通りこれじゃ明日も通ってたかも」
「だから言ったろおめー、昔から無計画っつーかよ」
昔、どう見ても無理だろという量の洗濯物をカゴに入れぷるぷると腕を震わせながら運ぼうとしていた名前を見かけ小言を言いながら運んでやったり、一体何人分作る気だよと呆れるほど大量のおにぎりを作り終え「気付いたらつい⋯」と苦笑いしていた名前を小突いた時もあった。
どうせ帰りのことなんてさほど考えもせずに買い物に行こうとしていたんだろうと思ってはいたが、やっぱ無理にでも付き添って良かったなと改めて感じた。
「おかげで多めに買い物もできたし、残りの時間に余裕が出来た気がする」
「またパフェ奢れよ、これの分な」
目を細めて微笑む名前を横目に見ながら手に持つ袋をガサッと揺らすと、はいはいと変わらぬ表情で俺へと言葉を返す名前。
しばらく歩くと、新しい門の前で立ち止まった名前は鞄から鍵を取りだし、その重たそうな門を片方押し開くと「どうぞ」と俺を見上げた。
門を通ると玄関までの僅かな道には無造作ながらも綺麗に整えられた石畳が敷かれ、灯りのついていない玄関へと足を進めるとカツカツと歩く二人分の足音が心地よく響いた。
「邪魔すんぞ」
「まだ箱とか多いけど気にしないで、荷物は適当に置いてもらっていいから」
入ってすぐの部屋へ通され邪魔にならない場所へと荷物を下ろし、一人で過ごすには広すぎるような気もするその部屋を眺めた。
街灯が差し込む窓の近くには小さめの机と二脚の椅子、本の置かれていない大きめの本棚があるだけで後は荷解きのされていないいくつかのダンボールが積まれていた。
「ご飯食べてかない?お魚なんだけど」
髪を結わえ直しながら尋ねてくる名前に、あぁ、と短く返事をすれば「座ってて」と言い残しどこかへ消えていった名前。
言われた通り椅子に座り外の灯りを眺めながらぼんやりといろいろ思い返していた。
またパフェ奢れよ、と口から出た言葉は単に名前と出かける口実が欲しかっただけだった。
家族のように思っていたらいつの間にか、と途中で思う気持ちに変化はあったが大切に思い続けていた名前がこれから同じ町に住む。
どこかで会うようになるとはいっても、タイミングが合わなきゃ出かけることもねえだろうなと思っての行動だった。
それなら、と図々しくも依頼のお礼としての口実を作った。
「あと少しでご飯炊けるから、もうちょっと待って」
しばらく外を眺めていると、暖かいお茶をいれた湯呑みを二つ持ちながら戻ってきた名前は向かいの椅子へ腰を下ろすと、静かに外を眺めていた。
「⋯ほんとはね、一人でご飯食べるの寂しくて」
パフェはまた今度食べに行こ?と湯呑へ口をつけた名前は俺を見ると少し恥ずかしそうに眉を垂らした。
「まぁ客やらジジババやら誰かしらがいて当たり前だったんだろ、仕方ねぇんじゃね?」
背もたれに片肘を乗せて、名前を見ることが出来ずに窓の外へと目線を向けたまま言葉を返した。
寂しいなんて言葉を昔は一度も言わなかったような気がする。
単に俺達が言わせなかったのかもしれないが、控えめな表情で寂しいと口ずさんだ名前に不覚にも少しだけどきりとした。
ちらりと名前を見ると随分と控えめではあるが薄らと化粧をしていて艶の乗った唇であったり、窓からの灯りを映す首筋や頬からは昔とは違う可愛げや女らしさを確かに感じて、少し戸惑った。
︙
晩飯も食い終わり、少し落ち着いてから玄関へと向かった。
「飯さんきゅーな、まぁなんかあったら言えよ、んな遠くねえし」
滅多に出番のない名前と住所の書かれた名刺を玄関横の棚へ一枚起き靴を履くと、ありがとう、と笑顔を向けてくる名前。
門を閉めるからと草履を履き一緒に外へ出た名前と再びカツカツと音を立てながら門まで向かう僅かな間、なんかあっという間だなと少しだけ寂しさを感じた。
「気をつけてね」
手を振りこちらを見つめる名前に懐かしさを感じながら、背中を向け後ろ手に右手を軽く振った。
頭上からこちらを照らす月明かりを今日だけはやけに明るく感じながら、今日の出来事を思い返してゆるりと口元を緩ませながらそっと目を伏せた。