ぱれっと
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日も貴方の為に背伸びをする。
出会いは突然だった。
奏は部活があって帰りが遅くなる時は、大抵同じ部の誰かと途中まで一緒に帰っていた。
しかしその日は違った。
彼女は教室に忘れ物をした事に気付き、友人達には校舎で別れを告げて、一人で帰路についていた。
一人だとどうも俯きがちだ。
元々大きい方ではない身長を、背中を丸めて更に小さくさせている。
そして、いつもの様に路地を曲がった時。
「きゃっ」
前方不注意だ。
何かにぶつかって尻餅をつく。
まだ新しい真白の制服は汚れが目立つ故、其れを気にして痛みに耐えて立ち上がろうとしたが、それを目の前から降ってくる声によって遮られた。
「痛えなぁ、お嬢ちゃん。」
「ご、ごめんなさい。」
「ごめんで済むなら警察いらねぇっつーの。さっさと慰謝料払いな。」
「慰謝料?!」
驚嘆の声を上げた奏。
それもそのはずだ、中学一年生になったばかりの彼女にそう言い放ったのは明らかに歳上の男で、体格差もある為、どちらかといえば尻餅をついた奏の方が被害が大きい。
一方彼は、飄々と其処に立っているではないか。
制服を着ているあたり学生ではあろうが、中学生か、はたまた高校生なのか。
奏の真白の制服とは真逆の黒い、着古された感の強い黒い其れは、彼女を怯えさせるには充分であった。
「何?ぶつかっておいて払えないとか言う気?」
「い、いやでも…」
「じゃあ何、お嬢ちゃん身体で払うの?別にいいぜ?」
「そ、其れは…」
ケラケラと笑う声が奏の恐怖心を煽った。
目に涙を浮かべて、オロオロとしていればその少年に手首を掴まれた。
「は、離して下さいっ!」
その時だった。
「おいテメェ、こんな所で何してやがる。」
「あ、亜久津…!」
少年はそういうと奏の腕から手を離したのだ。
「こんなところ彷徨きやがって、テメェまた締められてぇのか?」
また、ということは一度締め上げられているのだろう。
少年は怯えたような顔をして慌てて立ち去った。
奏は安堵の溜息をつき、亜久津と呼ばれた男の方を向いたが、彼は既にこの場を去ろうと背を向けている。
背中に響けと言わんばかりの勢いで、奏は慌てて声をかけた。
「あ、あの!ありがとうございました!」
「別に助けた訳じゃねぇ。ムカつく顔が見えて胸糞悪かったからだ。」
そう言う彼は、彼女と同じ白の制服。
同じ山吹中である事は一目でわかった。
彼はそう一言告げるとまた歩き出した。
「あっ、あの!」
「なんだ」
無愛想に、そして不機嫌そうに目を向けてくる亜久津に対して、奏は怯える事なく、寧ろ尊敬に近い眼差しで視線を返した。
「亜久津先輩って言うんですか?」
「…だったらなんだ。」
亜久津はこの時、後輩の太一の姿と奏の姿が少し被って見えていた。
山吹中の大凡の奴が名前だけで自分の事を避ける。
教師までもだ。
声をかけてくるのはテニス部の一部と顧問の伴田だけだった。
その中でも鬱陶しいくらいに懐いてきた壇太一という一年生の小柄な後輩は、なんと自分に憧れているという。
そんな彼の瞳と、奏の瞳はよく似ていた。
「私、一年の笹原奏っていいます!」
「用がねぇなら行くぞ。」
「あっ!待ってください!」
「なんだテメェ、いい加減にしろよ。」
「あの、亜久津先輩。本当にありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げれば、彼の足音が遠ざかって行く。
とっても無愛想だが、優しい人だ。
そして、あんな場面で助けてくれるなんて王子様のようだ。
白馬の王子様とはいかないけれど。
言うなれば単車の王子様だろうか。
なんだか乗っている所を見た訳では無いけれど、とてもしっくりときた。
奏はそれからというもの、彼が気になって気になって、脳裏からあの後ろ姿が離れなくなった。
俗に言う、一目惚れという奴だ。
「ねぇ、壇くん。亜久津先輩って知ってる?」
奏は翌日の自習時間、隣の席の壇にそう語りかけた。
自習時間と言っても中学生にとっては自由時間。
騒ついた教室ではキチンと勉強をしている者は少数派であった。
「勿論です!亜久津先輩は、僕の憧れの先輩だから…!」
このヘアバンドも先輩から貰ったんだ、と嬉々としている彼を見て、心底亜久津の事を尊敬しているんだなぁと奏は感心していた。
「えっ?というかじゃあ亜久津先輩ってテニス部なの?」
「うん!そうです!」
「私、昨日亜久津先輩に助けて貰っちゃってさ。また、会えたらいいなぁって思ってさー」
「だったら屋上にいると思います!彼処は亜久津先輩のサボり場なんです!」
「えっ!じゃあ早速行ってみようかな。壇くんありがとー!」
思い立ったら吉日。
即行動だと、自習なのをいい事に教室を飛び出した。
壇が止めたような、そんな気もしたけれど、そんな事も御構い無しに彼女は屋上へと向かったのだ。
屋上へ一歩、もう一歩と近づく度に高鳴る鼓動。
それは恋心としてなのか、それとも単に息が切れてか。
恐らく両者だろうが、奏にとっては、大きく脈打つ心音すら今は心地良い。
彼女は屋上のドアノブに手をかけて、大きく深呼吸をした。
「よし。」
そう思い切って扉を開けば、其処に広がる青空と、微かに漂う煙草の匂い。
彼女はその匂いで亜久津が此処に居る事を直ぐに悟り、煙草を吸うなんて大人だなぁなんて、無駄に関心をした。
「亜久津せんぱーい!」
「あ?なんだテメェ…」
青い空に映える白い制服。
フェンスに凭れ掛かる様に立つ亜久津に叫ぶ様に声をかけ、不機嫌そうな彼に怯む事なく距離を縮めていった。
「昨日の!昨日の笹原奏です!」
「…何の用だ。」
亜久津が思い出した様にそう返せば、奏は嬉しそうに微笑み、更に距離を縮めた。
「昨日はありがとうございました!」
「だから」
助けた訳じゃない、そう続けようとする亜久津を遮って奏は言葉を紡いだ。
「先輩は王子様です!」
「はぁ?」
何言ってやがるんだ、と目を丸くすれば奏はにっこりと微笑みを返した。
返事になってねぇ、と亜久津は思ったが、コイツは普通じゃないと悟っていた為に特に何をする訳でもなく視線を逸らした。
「私、先輩の事好きになっちゃいました。」
「そうかよ。」
「だから、好みのタイプを教えてください!」
「はぁ?」
突拍子も無い質問に思わず声を荒げた亜久津。
奏は相変わらずニンマリと笑みを浮かべているから奇妙な光景である。
そして少し悩んで彼は面倒臭いと、彼女とは程遠いタイプを挙げた。
無視をしても良かったのだが、答えないとしつこいだろうと踏んだのだ。
やはり、どこか太一に似ているような気がすると思いつつも。
亜久津にとって太一は、最初こそは鬱陶しく思ったが、今では何だかんだで可愛い後輩だ。
奏も、彼のように特別な存在になる日が来るのだろうか。
こんな奇人、そんな事があって堪るかと思いつつも礼を言い立ち去る彼女の後姿を見送った。
そして、翌日には。
真紅のルージュを纏って、度々現れるようになる彼女に溜息を吐く事になるのだが、そんな事はまだ知り得ない。
不釣合いな真紅
いつか、貴方に奪われたい