ぱれっと
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今朝は少し冷えるね。
常に適温であることが多い病室も、今朝は僅かばかりひんやりとした空気が漂っていた。
外の世界に目をやれば、厚い雲が空を覆っている。
天気予報では今日は正午前から雪、しかも積雪予報。
湘南地域での積雪は珍しく、公共交通機関はきっと麻痺するだろう。
今日はテニス部の練習も流石に休みかな。
幸村はふと騒がしい彼らと、マネージャーであり最愛の彼女である奏に思いを馳せた。
彼らは幸村が入院してからというもの、揃って顔を出す事も、個々に顔を出す事もどちらも頻繁で、特に彼女の奏はかなり頻回に通っていた。
寂しい思いをさせてしまって申し訳ないなと思いつつも、奏に会えることは数少ない楽しみの一つなので、幸村は甘んじてそれを受け入れていた。
窓の外に再び目をやれば、外の植物達は真冬の装い。
葉のなくなった木々は、まるで自分の心のようだ。
ああ、テニスがしたい。
ただ、それだけなのに。
サンタクロースはそれだけのプレゼントも届けてくれず。
心が寒い、入院してからそう感じる事が増えていた。
役立たずのサンタクロースの変わりに、可愛い彼女がクリスマスプレゼントにくれた温かいカーディガンを肩に羽織り、今日も淡々と診察をこなしていく。
診察が終わり、部屋に戻れば既に雪が降り始めていた。
これは本当に積もりそうだ。
神奈川ではあまり見ない、大きめの白い塊が絶え間なく降り注いでおり、花壇は既に薄く白に染まってる。
「精市。」
突然声をかけられて振り返れば奏がそこにいた。
「奏、びっくりしたよ。今日は雪だから流石に来ないと思ってた。」
「電車止まったら来れなくなっちゃうから、少し早めに来たんだ。来ちゃえばこっちのもんでしょ?」
そう言って強引に見舞いに来てくれたのであろう奏を、幸村はそっと抱きしめた。
「寒かっただろ。顔が冷たい。」
「うん、でも来れてよかった。」
ほら、精市座ろ。
そう声をかけられるまで彼女を抱きしめてた。
今日は自力歩行ができるくらいには比較的調子はいいが、腕にはあまり力が入らない。
本当はもっと強く抱きしめて、奏を安心させたい。
離したくない。
「精市は寒くない?大丈夫?」
「うん、奏がくれたカーディガンがとても温かいからね。」
「よかった、使ってくれて嬉しいよ。」
ふわっとした微笑みを向ける彼女。
ああ、この笑顔をずっと隣で見ていたい。
思わず彼女の頬に手を添えれば、少し驚いた顔をしつつも、その掌に猫のように擦り寄ってきてくれる。
「えへへ、あったかい。」
「本当に、奏は…」
可愛すぎて心配になるくらいだ。
また抱きしめたい衝動に駆られながら、奏の土産話を聞く。
話をしながら、今日の分と授業のノートも渡してくれる。
彼女の可愛らしい字で纏められたノートは、授業を受けられない幸村にとって、貴重な教材のひとつだった。
わからないところは柳に聞くのが一番いいが、一番わかりやすく纏められてるのは彼女のノートだった。
奏曰く、幸村の為に真面目に授業を受けてたら成績も伸びているらしく、一石二鳥らしい。
そんな彼女の話を聞いてその時も抱きしめてしまったのは昨年末の話。
それからもこうして見舞いの度にノートを渡してくれるので非常に助かっていた。
学校の話や部活の話、本当に他愛のない話をして、時には愛を囁いてみたり。
コロコロと変わる彼女の表情に癒されながら時間を忘れて過ごしていれば、気づけば外は見渡す限りの銀世界。
「わ、外すごいね。」
「うん、奏大丈夫かい?」
「大丈夫大丈夫。電車止まったら親に迎えに来てもらうから。」
きっとあんなに積もっていては、電車は止まっているだろう。
奏のご両親にも申し訳ない気持ちになったが、これで言って聞くような奏ではないので、彼女の意思に任せることにした。
「それに、少しでも長く精市と居たいし。」
コツン、と肩にそっともたれてくる彼女の頭。
少し赤くなった頬にむず痒い気持ちになる。
病気にならなければ、こんな思いはさせなかっただろうに。
でも、病気になってもこんなに思ってくれる彼女が愛おしくて。
「俺も、奏とずっと一緒に居たい。」
「うん。」
「退院したら、奏の好きなところに行こう。」
「うん。でも、精市の行きたいところにも行こうね。」
「一緒にテニスもしたい。」
「うん、いっぱいしよう。あ、五感は奪わないでね。」
「フフッ、それはどうだろう。」
そんなやりとりをしていれば、迎えが来たのだろうか、彼女の携帯が震える。
「あーあ、お父さんに邪魔された。」
はぁ、とため息を吐く彼女の手を優しく握る。
「また、すぐ来るね。」
「ああ、無理はするなよ。」
名残惜しくも手を離して、ドアへ向かう彼女を見送る。
「じゃあね。」
「うん、ありがとう。」
彼女が居なくなった部屋は妙に静かで。
名残惜しさに耐えられなくなり、冷え切っている窓ガラスに手を添え真っ白な外の世界を眺める。
暫くして、奏の姿が見えた。
まだ雪の粒は大きいけれど、遠くで雲が切れているのか、僅かに光が差している。
彼女が無事に帰れそうでよかった。
奏は少し歩いたところで立ち止まり、こちらを向く。
まさかとは思うが、こちらを振り返る。
こうして、いつも窓を確認してくれていたのだろうか。
幸村の姿に気付きぶんぶんと大きく手を振る彼女に、こちらも振り返せば、更に大きく手を振ってみせる。
キラキラと青白く光る雪色の世界に降り立つ彼女はまるで天使のように見えた。
生も死も、
分かち合うならキミがいいなんて。
そんなあり得ない我儘も、彼女なら応えてくれそうで。
だからこそ、病に抗うんだ。
雪色の誓い
(キミのためにも、自分のためにも)