10years
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日も気怠い身体に鞭を打つ用に起き上がり、気合と共にエナジードリンクと言う名のガソリンを流し込む。
あぁ、一日が始まってしまう。
メイクを施し、髪も仕上げ、アクセントに華やかなアクセサリーを少々。
(目元よし、口元よし、行ってよし…なんてね。)
微かに煌めくアイシャドウと肌馴染みの良い赤系のルージュ。
俗に言うオフィスカジュアルなブラウスを纏い、数年前に入社祝いに母親からもらったブランド物の鞄を手にすればもう仕事モード。
そして、誰もいない部屋に向かって、玄関でヒールの高いパンプスを履きながら呟いた。
「行ってきます。」
仕事は出来る方だと思う。
けれど好きか嫌いかで言われたら好きではない。
今の仕事に対する不満と言うよりかは、働かなければならないという事実が好きではなかった。
好きな事だけして生きていきたいし、面倒くさい事には関わりたくない、そんな性格だ。
特に、10年前の夏に燃え尽きたような衝動に駆られてからは尚更だった。
そんな彼女の勤め先は俗に言う大手企業。
取引先も同様で、そんな取引先の接待や商談には、まだ若い彼女が良く派遣された。
“華”のポジションではあろうが、彼女はそういった事は精神的疲労が多く好んでいなかった。
今日の仕事の一つもその商談だ。
しかも相手は跡部財閥だと言うから驚きだ。
彼…跡部景吾とは卒業以来顔を合わせていないなと思ったと同時に、彼と同級生で、しかも元部長・マネージャーの関係ですなんて同僚にばれたら非常に面倒くさい事になりそうだと思った。
今日の重役同士の打ち合わせに一体誰が来るかは解らないけれど、現副社長であり次期社長の跡部景吾が来るとなっては非常に厄介だ。
彼なら間違い無く、奏じゃねーのと言い放つだろう。
まぁ、今の私を私であると分ればの話だが。
10年前はメイクなんてこんなにしっかりとする事は無かったし、髪の色も違った。
垢抜けた、と言えばそうなのかもしれないが、あの頃とは大分変わったと自分でも思う程だ。
万が一、彼と遭遇するような事が有ればひっそりと影を薄くして過ごそう。
奏は通勤電車の中、密かに心にそう決めた。
「ねぇ奏さん、今日来ますかね?」
不意に隣のデスクの一つ下の後輩に声を掛けられた。
来ますかね、の対象は恐らく彼だろう。
「副社長のこと?」
「そうですよ!一昨日偶然テレビで見たんですけどイケメン過ぎて…!」
「んー…今日来るかどうかは聞いてないけど。というか、接待しなきゃいけないのにまたそんな事考えて〜」
くすり、と小さく笑いあい、互いに今日の会議資料とその後の会食の流れを読み込みながら、刻々と迫るその時を無駄な緊張感と共存する。
そして数分の時が過ぎた頃、事業部長にそろそろ来るみたいだよと声を掛けられ、共にデスクを後にした。
既に準備を終えている会議室へ入室し暫くすると、常務ら役員と跡部財閥の役員と思われる声が廊下から聞こえてきた。
「奏さん、いよいよですね。」
何度参加しても緊張するこの重役達の入室の瞬間。
そして、何時もの通りに開かれた戸の向こうには、恐れていた現実。
あの頃よりも、伸びた身長に大人びた顔立ち。
しかし、綺麗な金色の髪と吸い込まれそうなアイスブルーの眼差しは当時から変わっていなかった。
(絶対、景吾じゃん。)
通勤電車の中で誓ったように、存在感を消して行こう。
ワンテンポ遅れてそう思い、出迎えながらも一歩下がると、非情な事に彼と視線が交わってしまったのだ。
そして周りの重役らを差し置いて、革靴をコツンと小さく鳴らしながら近づいて来る。
「あーん、奏じゃねえの。」
口角を上げ、にやりと微笑む。
あの頃から全く変わっていない笑い方に何処か安堵の気持ちが生まれたが、そうも言っていられない。
隣にいる後輩はおろか、双方の重役までもが目を見開いて奏と跡部を交互に見つめているではないか。
「ヒ、ヒトチガイデハ…」
「なんで片言なんだよ。それに、流石にオマエを見間違えたりはしねーよ。」
喉を鳴らして笑う彼を横目に、もうこれは終わった…という感想しか思いつかない奏。
動きはフリーズしているが、冷や汗が凄い。
「えっと…。副社長…?」
「おっと、すいません。コイツとは昔ちょっと色々有りましてね。」
「なっ!なんでそう含みの有る言い方すんのよ!」
「奏が認めねえからだろ?」
「そりゃ景吾と知り合いなんてバレたら…」
奏がそこまで言った所で、上司の視線を感じて我に返った。
仮にも彼は取引先の重役だ。
こんな口の聞き方をしては即左遷、なんなら解雇かもしれない。
「タイヘンシツレイイタシマシタ、アトベフクシャチョー…」
「もう今更だろ。」
心情を察した様に辛辣な言葉を掛けられる。
そして、続けるように周りの役員に向かって話始めた。
「今回の取引の件ですが、事前にご提示頂いた条件で概ね承りたいと考えており、新商品も全て採用させて頂きます。唯、一つ条件が。」
「条件?」
うちの常務がそう尋ねた。
また、昔と変わらない笑みを浮かべたと思えば、今度は突然腕を引かれて抱き寄せられた。
「コイツを、次の合同プロジェクトのメンバーにして下さい。」
「はぁ?!」
思わず声を上げてしまった。
次の合同プロジェクトは、商品の共同開発。
しかも跡部グループに出向して行うと聞いていた。
その上、通常企画や製作を行う部署は自分の部署とも違う。
「ふ、副社長。お言葉ですが、彼女ではお役に立てるかどうか…」
「寧ろ、コイツが良いんですよ。」
「勿体無きお言葉…!彼女で宜しければ!」
なんだ本人の意思は無視なのか、そうは思ってみたものの、だったらクビになるか?くらいの失態を犯した自覚はあるので言葉を飲み込んだ。
「有難うございます。では、遅くなりましたが始めましょうか。」
周りは今ひとつ納得いってないようだが、会議は幕を開けた。
まさか、この歳になって。
こんな波乱に巻き込まれるなんて。
あの頃と同じようにーー…
10years