10years
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「ご苦労だな。」
出向してしばらく経ったある日の残業中。
私のデスクの上にこん、と音を立てて缶コーヒーが置かれた。
「景吾…」
「珍しいじゃねーの、オマエが残業なんてよ。」
「どっかの誰かさんのせいですけど。」
少し不満そうに口を尖らせてみれば、景吾はニヤリとした笑みを浮かべた。
企画もついに大詰め。
明日のプレゼンで役員たちの承認がおりればそのまま製品化し、正式に共同企画商品として販売される。
仕事は嫌いだといいつつも、手を抜けないと思い最終的チェックを行なっていた。
…というか、今回の案件は不思議と苦ではなかった。
自分のクビがかかっているかもしれない、なんて最初は思って怯えながら仕事をしていたけれど、何故かいつもより熱量のある取組になっていた。
「そういう副社長様は何しにこんな所まで?」
もう21時を回っている。
彼は忙しい人なのに、わざわざこんな時間にフロアに来るなんて。
ホワイト企業なだけあって、もうこのフロアに残っているのは私だけだった。
「奏、あとどれくらいかかる。」
「え、あと少し…10分か15分くらい。」
「車を出す。久しぶりに夕食でもどうだ?」
「まぁ、いいけど。どうしたの?」
「理由がなきゃ誘っちゃいけねーのか?」
いつもと違って、若干自信がなさそうな声をしているので、何かあるのかななんて思ったのだけれど、特に理由はないのか。
「別にそんなことはないけど、ちょっと待っててね。」
「あぁ、焦らなくていい。」
そもそも2人きりで食事なんて行ったことあったかな。
いつもレギュラーの誰かと一緒だった気がするし。
そんなことを考えながら資料の確認を続けた。
景吾に車で連れられてきたのは個室の小洒落たイギリス料理店。
「ねぇ、ドレスコードとか大丈夫?めっちゃオフィカジなんだけど。」
「あ?気にすんな。ここは俺様の行きつけの店だ。そんなこと気にしなくていい。」
席に通されると景吾が予約していたのかコースの準備がされていた。
「当たり前だが俺様の奢りだ。好きなもん飲め。」
「好きなもん、って言われても。」
イギリス料理なんてこないしなぁ、イタリアンと違って気軽にお店に行く感じでもないし。
「アルコールはいける口か?」
「まぁ、人並みには。なんでも飲めるよ。」
「わかった。じゃあコイツにはなにか飲みやすいサイダーを出してやってくれ。俺にはいつものを頼む。」
「かしこまりました。」
景吾は悩む間も無く、店員に注文を告げこの場から下げさせた。
「サイダーってお酒なの?」
「あぁ、イギリスのな。今日は俺様の故郷の味を堪能していくんだな。」
微笑む…いや、やはりニヤリという効果音の方が似合う彼の顔をみれば、まるであの頃のよう。
時が経とうと、やっぱり景吾は景吾で、私の青春の先導者であると思い知らされる。
「ていうかさ、やっぱりなんか用事あった?」
たわいも無い話をしたり、仕事の話をしたり、思い出話をしたり。
そういえば再開してからもこうじっくりと話す機会はなかった。
話は絶えないが、気づいたら目の前には最後のデザート。
「さっき理由がなきゃだめか、とか言ってたけど。やっぱりなんか用があるんじゃ無いの?」
甘美な幸せを口へと運びながら問いかけてみる。
やはり節々に見える、珍しく自信の無さそうな彼。
美味しいお酒で少しだけ気持ちも大きくなっているし、突っ込んでやろうじゃないか!と真正面から言葉をぶつけてみた。
「あーん?何のことだ。」
「ほら、やっぱり、なんか言いたげじゃん。」
「はぁ…わーったよ。奏、お前に聞きたいことがある。」
観念したかのように景吾はグラスをテーブルに下ろすと、真っ直ぐに私を見つめてきた。
「なぁ、奏。お前はマネージャーだったこと、後悔してねぇか?」
何かと思えば突拍子もない質問。
当たり前だけど、後悔しているなんてことない、むしろ…
「マネージャー、そりゃ最初こそ気乗りしなかったけど、させてもらえたこと、感謝してるよ。」
あれ程熱くなれた事、後にも先にもテニス部しかなくて。
ドライな性格だと自負しているけど、そんな私さえ熱くなれたのは、あの時景吾が声をかけてくれたから。
「なら、よかった。」
ふん、と鼻で笑う景吾はまだ少し不安な声をしている。
「おかげさまで、楽しかったし、いい思い出だよ。」
「…悪かったな。頂点の景色見せてやれなくて。」
「え…?」
景吾は確かにいつも頂点を目指していた。
しかしその夢は叶わず散ってしまった。
けれど、私は。
景吾や亮、みんなが見せてくれたあの約束の全国の景色…いや、全国じゃなくても、彼らが大舞台で活躍する姿、それがみれただけで、充分幸せだった。
「まさか、この10年ずっとそれを気にしてたの?」
「あぁ、柄にもなくな。」
「そりゃ、見れたらなお良かったのかもしれないけど。」
ずっとどこか自信なさげなのは、今日は其れを懺悔しようと決めていたからなのか。
それを知る術もないけれど、あの彼がそんな事でずっと引き摺っていたなんて。
「でも、私にとっては景吾やみんなと過ごせたあの日々が青春そのもので、宝物だよ。」
今でも鮮明に思い出せる、中学最後の全国大会の景色。
コートに佇む彼は、あの時の誰よりも格好良かった。
「だから、ありがとう。」
そういえば、今までちゃんと感謝を伝えていなかった気がする。
景吾は一瞬驚いた様な顔をしたけれど、すぐにいつもの顔に戻った。
「本当は、あの時全国制覇したら伝えるつもりだったんだがな。」
今度は微笑んだ。
とても、とても、優しく。
そんな彼は久しぶりに見た気がする。
偶にだけど、見せてくれるその顔を。
「ずっとお前が好きだった。」
「え、えっ…わ、私?」
きっと今間抜けな顔をしている。
思わず周囲を見渡せば、当たり前のようにここには私と彼しかおらず。
「お前以外に、誰がいるって言うんだよ。」
「いや、その…今までそんな素振り見せなかったから…。」
ずっと唯の友人として慕われているのだと思っていた。
それこそ、ファンの子と違ってきゃーきゃー騒いだりしないから、それで友人として認めてくれていたんだと思っていたけれど。
景吾が、わたしを、すき…?
オーバーヒートしそうな頭。
その熱はたちまち全身を駆け巡る。
「鈍感なやつだな。」
アイスブルーの瞳が、その熱を冷ましてくれているかのように優しく私の姿を映す。
「なぁ奏、立場とか、そんなことは一回全部忘れて、答えてみろ。お前は俺様のこと、どう思ってるんだ?」
正直、わからない。
でも…
私のことを、心を、こんなに熱くさせるのは貴方だけ。
そう告げれば満足そうな笑みを浮かべた。
「今はそれでいい、今は、な。」
不意に額に振ってきた温もりに思考が止まる。
これからまた、10年前のような非日常がやってくる予感を抱えながら、今はただ、彼からの熱い思いを受け止めることだけで精一杯だった。
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