勿忘草
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「で、何があった。」
部活の終了時間を迎え、球拾いをしているとそれを手伝うように近くにきた日吉に問われた。
「澪先輩がさ…」
先程の出来事を説明すれば、彼の眉間の皺はどんどんと深くなる。
「で、今日は正レギュラーのマネージャーを外されちゃった訳なんだけど…これ、やっぱり側から見たら私が澪先輩イジめたみたいだよね…?」
「あぁ、そうだな。」
日吉に即答されやっぱりと気を落とす楓。
「お前…嵌められてないか?小鳥遊先輩に。」
「嵌められる?…まさか、澪先輩がそんな事する理由はないし…。」
「じゃあなんで、楓が悪に仕立てられてるんだ。」
「それは…」
楓も疑問ではあった。
澪はこんな事をして何の得になるのか。
楓をこの部活から追放したいだけなら、正直こんな事をせずとも、跡部にどうとでも言えば楓を辞めさせるなんて簡単だとも思った。
何より、楓には澪にここまで嫌われる様な事をした心当たりがなかった。
嵌められるにしても、理由が足りない。
「やっぱりだからって、理由が足りな過ぎるよ。」
「跡部部長がどう判断するかわからないが、楓、お前これ以上危害を加えられる前に逃げるのも一つの手だぞ。」
「それって…辞めろってこと?」
楓に辞めるなんて選択肢はなかった。
何も悪い事をしてないのに。
楓が日吉を見つめれば、頷きはしないが瞳が肯定していた。
「辞めたくは…ないよ。」
「はぁ…だよな。お前ならそう言うと思った。」
「なによ、わかってるならそんな悲しいこと言わないでよ。」
ぷんすこと可愛らしく怒りを露わにする楓に悪いなと返す日吉だが、半分本気ではあった。
大切な幼馴染が、楓が、これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
楓が傷付く所は見たくないし、傷付けたくない。
ただ、彼女が日吉の努力を知る様に日吉も楓のこれまでの努力を知っている。
元々そんなに体力がある方ではない楓が、この夏を乗り切る事が容易でなかった事。
部員の名前を誰よりも早く覚え、正レギュラーばかりでなく、準レギュラーや平部員の練習環境や状態も気にかけている事。
テニスの知識を深める為に常に学んでいる事。
一生懸命にマネージャーをしている彼女の笑顔が一際輝いている事は、いつも見ていた自分が、彼女以上にわかってるつもりだった。
だから傷付くかもしれないと分かっていても、無理矢理テニス部から距離を取らせる事はできなかった。
「立ち向かうっていうなら、俺は全面的に楓の話を信じるし、必ずお前の肩を持つ。」
「立ち向かうなんて、大袈裟だけど…ありがとう。」
「だから、無理はするな。時には逃げる事も大切だぞ。」
「うん、でも大丈夫。若がついてるし、やっぱり澪先輩は私の憧れであり目標だし。絶対元に戻れるって信じてるから。」
楓は気合いを入れ直した。
きっと大丈夫、そう信じて。
「澪、遅くなった。」
部活を終え、自宅で休ませている澪の所へ数時間遅れで辿り着いた跡部。
彼女は入浴や着替えを済ませ、跡部が用意させた暖かそうなルームウェア姿で紅茶を嗜んでいた。
「景吾、色々用意してもらっちゃってありがとう。」
「怪我や体調は大丈夫か?」
「うん、全く問題ないよ。」
跡部は、ソファに腰掛ける澪の額にそっと口付けをし、隣に腰を下ろした。
「どうしたんだ今日は。」
「…本当になんでもないの。」
今日の事を口にした途端、澪は瞳に影を落とした。
「…楓がやったのか?」
跡部にとって、この質問は最終手段であった。
彼も他のレギュラーと同じく、楓を信頼していて、だからこそ愛する澪の補佐に置いたのだ。
それを、こんな形で信頼を裏切られたなんて、本当は考えたくもなかった。
今までの全てを否定する、出来る限り問いたくなかった質問である。
しかし、今日の出来事と澪の表情がこれを問うべきだと跡部を強迫してくる。
「…楓ちゃんは何も…してないわ…。」
途中途切れた彼女のか細い声が、其れを肯定しているようにしか聞こえなかった。
「何故庇ってるんだ。楓を辞めさせることなんて容易な「ダメ、辞めさせないで。」
跡部の声を遮り、そう言う澪の表情は、跡部には楓を庇っているようにしか思えなかった。
「…楓ちゃんは必要よ、テニス部に。」
「澪に危害を加える奴はいらねぇよ。」
「楓ちゃんは…そんな事していないわ。」
「なぁ澪、お前が優しいのは良くわかってる。何故楓をそんなに庇うんだ。」
「何故って…」
言葉に詰まる澪。
それは、彼女の我儘だったから。
────何故って、
そう問われても自分の我儘としか言いようがない。
だって、楓ちゃんは本当に何もしていないのだもの。
私が、居場所を奪われたくなくて、だから…
でも、楓ちゃんを辞めさせるなんて、そんな事もできないわ。
彼女は、本当にいい子。
来年以降のテニス部のことを考えるのであれば彼女は絶対にテニス部に必要。
景吾の後を継いで部長になるのはきっと今の正レギュラーか準レギュラーの後輩だろうけれど、その子を支えられる、とても良いマネージャーに育っていると思う。
マネージャーの小鳥遊澪としては、彼女はテニス部の未来の為に失うべきでは無いと思っている。
けれど、1人の少女、小鳥遊澪としては…
──彼女が憎い。
私がようやく見つけた居場所なのに。
彼女は簡単に其処へやってきて、いつの間にか輪の中心に。
みんなの愛情が、楓に少しでも向かう事が許せない。
私が、長年求め続けていた愛を。
奪う事が許せないの────
「庇ってる訳じゃないの…本当に楓ちゃんは何もしていないんだから。」
いくら事実を告げても、景吾はもう、きっと、楓ちゃんを信じれない。
そうよ、これで私の思い通り。
悪い事をしている自覚はある。
けれど、それでも得られた彼らの視線と愛情が、私には、それしか…
お願い、私だけを────
…これが、答えか。
澪を送った後、跡部は小さく舌打ちをした。
澪が望むなら、楓を追放など出来やしない。
ただ、楓が澪に危害を加える事があれば話は変わる。
しかし頑なに拒否する澪。
なぜ、庇うのか…それとも本当に何もしていないとでも言うのか。
結局はっきりとした答えには辿り着かず、苛立ちを隠せない。
澪は守る、ただそれだけが今出せる答えだった。