勿忘草
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(澪先輩、大丈夫かな?)
その後の部活では、いつも通りの澪に見えたが、楓は憧れの存在である彼女を非常に心配していた。
取り乱すでもなく、ただ目が虚だったように見えた。
初めてみる表情に、心がざわいついていた。
自分への指導のせいで疲れさせてしまったのだろうか。
それとも足を引っ張ってしまったのだろうか。
楓の中で不安が大きくなる。
意を決して彼女に聞いてみようか、そんな風に考えが纏まった頃、半分身の入らなかった部活が終了時刻を迎えた。
空のドリンクボトルと使用済みのタオルをレギュラー、準レギュラー分と回収し、まずは正レギュラーの部室へ向かった。
そこには既に澪の姿があり、楓は手を動かしながら、先程の事を問うことにした。
「澪先輩、お疲れ様です。」
「お疲れ様、楓ちゃん。」
「あの…さっきはどうされたんですか?」
「え?」
少し驚いた表情を浮かべた澪だったが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「もしかして私が足を引っ張って、澪先輩を疲れさせてしまってないかなぁ…って思いまして…。」
澪は直ぐに答えを返せなかった。
楓のせいであり、楓のせいではない。
澪自身の問題である事は頭では理解していた。
けれど、あの安堵感は自身の心を守る為に必要だった。
それだけは彼女の中で明確に答えが出ていた。
「…楓ちゃん。」
「はい。」
「ごめんね。」
「何が、ですか…?」
楓は謝罪を受けるような理由が見当たらず混乱していると、澪が呟いた。
「私、疲れちゃったみたい。」
あぁ、あの時と同じ瞳だ──
そう思った時には既に遅かった。
大きな音を立てて床に散らばるボトル達。
叩きつけるように落とされた籠。
その籠から散らばるタオル。
全てが澪の足元を中心に広がった。
まるで、澪にその籠がぶつけられたかのように。
「澪、先輩…?」
本日2度目の大きな音に、丁度部室に戻ろうとしていたレギュラー達が慌ててやってきた。
「どないしたん?」
「おいおい大丈夫かよ?!」
扉を開いた彼らの目に映るのは、異様な光景。
「澪、大丈夫か?」
跡部にそう声をかけられた彼女の頬には一筋の涙。
「澪せんぱ「楓、片付けはお前に任せる。」
心配と混乱の混ざる声色で澪に声をかけようとしたが、跡部に遮られる。
そんな彼からは鋭い視線を向けられたような気がした。
「私が、悪いの…」
澪はそれだけ言うと、跡部に連れられてまた奥の更衣室へと消えていった。
この場にいる全員が疑った。
──楓が澪に何かしたのか
それは、楓でさえも。
澪先輩は一体なんで…
こんな事をした理由はわからないけど、明らかに様子がおかしかった。
妙に静かな部室で、1人片付けを進める楓。
そして考えれば考える程混乱していく。
「楓ちゃん、手伝うよ。」
そう優しく声をかけてきたのは鳳。
彼も状況を掴めずにいるようだが、楓が1人顔を顰めて片付けをしているのをみて、まずは彼女を手伝うべきだという考えに至ったようだ。
「澪先輩、どうしちゃったんだろう…」
嫌われちゃったのかなぁ…と悲しそうに呟く楓に、何も気の利いた言葉をかけてあげられずに、そんなことないんじゃないかなぁとありふれた言葉でその場を凌いだ。
鳳は疑問だった。
楓も澪も、どちらも他人に嫌われるような、そんな嫌なことを平気でする人間ではないと思っている自分がいる。
しかし澪の様子がおかしいのは昼間と今の2回で感じ取れた。
そして決まって、その場は楓と2人の時だった。
つまり、2人の間に何かあったと考えるのが自然だろう。
でも、あの温厚な2人に何が…?
楓に関してだけ言えば、澪の事を心底慕って、目標としているし、何か…例えば喧嘩なんて絶対しないだろうと勝手に思っていた。
一体、何が起きているのか。
彼の中で疑問は大きくなれど、答えは導かれなかった。
「手伝ってくれてありがとう長太郎くん。準レギュの方の片付けに行ってくるから。お疲れ様。」
「うん、お疲れ様。」
準レギュラー用の荷物を抱えた楓は、その小さな背中を鳳に向け、部室を後にした。
準レギュラーの部室で片付けをしていると、日吉に声をかけられる。
「小鳥遊先輩と何かあったのか。」
「え?」
急に話しかけられたので、振り返ってみれば、心配そうな顔をした日吉。
彼には今日あったことは元々全部話して相談しようと思ってたから丁度いいと、楓は淡々と今日の出来事を彼に伝えた。
「はぁ?なんなんだあの人は。」
全て伝えるとあからさまに不満そうな声を漏らした。
「でもたぶん、泣いてたし…」
「お前もわざわざ面倒な事に首を突っ込まないで、小鳥遊先輩とは一度距離を取ったらどうだ。」
「そんな、澪先輩とちゃんと話してみないと…私が悪いかもだしさ…」
「楓、お前は何もしてないんだから関係ない。」
頭を抱える楓を傍に大きな溜息を溢す日吉。
「絶対妙なことに巻き込まれるだけだと思うぞ。」
「それでもやっぱり…このままじゃ私が気持ち悪いし…」
「はぁ…そこまで言うなら勝手にしろ。面倒なことになっても知らないぞ。」
呆れ顔の彼はまだ残って自主練をするらしく、ラケットを手に取り、再びコートに向かった。
楓は後で追加のドリンクとタオルを用意してあげよう、なんて思いながら片付けを進めるのだった。
──もうすぐ訪れる絶望も知らずに。