勿忘草
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「おはようさん。今朝も早いなぁ。」
「あ、おはようございます。昨日はありがとうございました。」
既に身支度を終え、朝練用のドリンク作りを始めている楓に忍足が声をかけた。
昨日は日吉共々帰路を共にし、帰り道に学園近くの駄菓子屋で昇進祝いと称して先輩達に思い思いの駄菓子屋をプレゼントされたのだった。
「お、おっはよー!侑士に楓!」
「おはようさん。」
「おはようございます、岳人先輩。」
明るい向日の声に続いて、ゾロゾロと皆が集結してきた。
楓は律儀に1人ずつに昨日の礼をしていく。
手は忙しく動かしつつも、話に花を咲かせていると、澪と跡部が部室の戸を開いた。
「おはよう、楓ちゃん。」
「おはようございます。」
「みんなもおはよう。随分盛り上がってるね。」
「昨日、楓ちゃんと日吉連れて駄菓子屋寄うたんや。」
「あら、あの不思議なお菓子屋さんね。」
「みなさんに沢山駄菓子をプレゼント頂いちゃって。」
「楽しかったよな。」
「はい!」
楓がにっこりと笑みを浮かべれば周りも釣られて、随分と嬉しそうだなと笑みを浮かべた。
「あ、そういえばお礼に皆さんにどら焼き持ってきたので、朝練の後お渡ししますね。」
「マジか!サンキュー!」
「せっかく俺らが奢ってやったのに、随分大層なもん持ってきたな。」
「いえいえ、実は父から渡して感想聞いてこいってミッションを下されてるんで。」
昨日大量の駄菓子屋を抱えて帰ると、偶然出迎えてくれた父から理由を尋ねられた楓。
正直に理由を伝えると、お礼に持って行きなさいと店舗の方から秋の定番商品である栗のどら焼きを沢山引っ張り出してきた。
あ、若の好きなやつ。
そう呟けば日吉家に渡してきなさいともう一箱渡してくるではないか。
楓はお父さんが行けばいいじゃん、と文句を言ってくるが、父はまだ仕事が残っていると厨房に姿を消してしまったので、帰ってきてすぐ隣家へ出かける羽目になったのだ。
インターホンに応じた日吉に少し呆れられたが、彼の母に上がって行きなさいと言われたので、夕食前に申し訳ないと思いつつも、美味しい梅昆布茶をご馳走になりつつ少々お喋りに付き合った。
若もお兄ちゃんも最近全然私の話聞いてくれない、と愚痴をこぼす日吉の母に、当の本人は冷たい視線と溜息。
楓ちゃんが本当に娘になればいいのに〜なんて言うもんだから、日吉は眉間に皺を寄せていたっけ。
その上相槌まで求められていて、また深い溜息をついていたような。
そんな一コマを思い出した楓。
「たしか、楓ちゃんの家って和菓子屋さんだよね。」
「そうなんです。若い子の意見が聞きたいと父に言われていますので、レギュラーの皆さんと、お口に合うかわかりませんが澪先輩もよかったらどうぞ。」
「朝練頑張る口実ができたな!」
ぴょんぴょん跳ね始める向日に、着替えてからにせぇよと諌める忍足。
なんにせよ、まずは朝練だ。
楓もドリンクを手早く作り終え、準レギュラーの部室に向かった。
──────────────────
朝練の後、向日に急かされるように約束通りどら焼きを配る楓。
「景吾先輩と、澪先輩もよかったらどうぞ。お二人のお口に合うかどうかは分かりませんけど…。」
御令息、御令嬢である2人はきっと舌が肥えているだろうし、どら焼きなんて庶民的なお菓子は食べないかもしれないと思いつつも2人へ箱を差し出してみれば、快く受け取ってくれた。
「楓の父親は名の知れた職人じゃねーか。」
「え、景吾先輩知ってるんですか?」
「知ってるも何も、上生菓子はうちのグループの料亭に卸してるんだ。」
「そうなんですね!お世話になってます!」
「とてもいい腕の職人だと俺は思うぜ。」
「ありがとうございます!」
そんな話をしていると、今にも封を切って食べようとしていた向日や宍戸の手が止まっている。
「そんないいどら焼きなら、味わって食わねーとだな。」
「そうだな、なんか急に勿体ねぇ気がしてきた…。」
「そんな勿体ぶらなくても、流石に毎日は無理ですけど、偶になら差し入れで持ってきますよ。」
「そんなことしなくても、俺様が部員全員に振る舞ってやってもいいんだぜ?」
「さっすが跡部、太っ腹だC〜」
朝練で汗を流した選手達には丁度良い糖分補給だろう。
跡部がそういえば各々封を切り、口の中へ。
「うっめ〜!」
「うん、餡子が上品な甘さで美味しいね。」
「こりゃいいな。」
みんな美味しいに食べてくれて嬉しいな。
楓はそんな様子を見てまた笑みを浮かべた。
「お前ら、授業遅れんなよ。」
はしゃぐように食べるメンバーを横目に、跡部と澪は部室を去っていた。
確かにあまりのんびりしている時間は無い。
楓も日吉を待たせているかもしれないと慌てて荷物をまとめ、お先です!と勢いよく部室を後にした。
余った分は後で準レギュラーのみんなに配ろうか、なんて軽い足取りで考えながら。
──教室までの足取りが重い。
輪の中心に彼女がいる。
今まで彼女にそんな感情持った事無かったはずなのに。
今になってこの黒い感情に気づいた。
澪は跡部の半歩後ろを歩きながら自分の感情と葛藤していた。
心の穴が、押し広げられていく、そんな感覚に陥る。
表情に出ているって言われたけど、今もそんな顔をしているのだろうか。
手元のどら焼きを見つめる。
──私の場所が無くなってしまう。
そんな危機感に襲われている。
今まで過ごした日々が、私の大切な居場所が、全部楓ちゃんに…奪われてしまう、そんな気がして堪らない。
なんとも言い表し難いこの真っ黒な感情を押さえつけるように、窓から外を眺めると、花壇のマリーゴールドが綺麗に咲き誇っている。
その鮮やかな黄色で、私のこの黒い感情を塗り潰して欲しい、なんて叶わぬ我儘を心の中で呟いた。