勿忘草
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「随分慣れてきたね。」
そう楓に語りかけるのは優しい微笑みを浮かべた滝。
楓は部紙を集中して書いていたが、気付けば着替え終わったレギュラー陣がミーティングルームにぞろぞろと集まってきている。
あれから2週間程が経ち、なんとか1日の流れを掴んで、澪が出来るだけコートに居れるようにスケジュール調整できるようになってきた。
彼女がコートにいると主に3年生の士気が上がる為、極力裏方作業に徹するようにしていた。
それでも勿論記録係や審判としてコートに呼ばれることは多いが、澪には選手に寄り添ってあげていて欲しいと楓は願っていた。
「おかげさまで、なんとか流れを掴めたかなぁって感じがしてます。」
「うんうん、よかった。」
そう答えれば、楓の頭をポン、と撫でる。
「でもハードじゃねぇか?準レギュと正レギュの部室行ったり来たりしてんのよく見るぜ。」
さらさらと長く艶のある髪を束ね直しながら問うのは宍戸。
彼は意外と面倒見が良く、後輩に世話をやきがちである。
「そんな、あんなキツイ練習してる皆さんに比べたら大したことないですよ。」
「ちっこいのにいつもちょこまか動いて、よう頑張っとると思うわ。」
「そりゃ、澪先輩に比べたらチビですけど…。」
澪はとても華奢だが身長が向日や芥川より高く、スラっとしている。
比べて楓は前述の2人よりも身長が低く、男子生徒からみるとかなり小柄に見えるのだろう。
「堪忍堪忍、馬鹿にしとるワケやないんやけどなぁ。」
「どっちかというと、楓ちゃんの心配してるんだよ。」
「どっちかと言わんくてもやで、鳳。」
「楓のおかげで澪がコートに居る時間も前と比べるとかなり長えし、練習効率も上がって助かってんだぜ。」
向日はそういうと、なー?、と忍足や宍戸に同意を求める。
2人はうんうん、と頷く。
「それなら本望ですよ。澪先輩が選手の皆さんに出来るだけついてあげる方がやっぱりいいかな、って思っていたので。」
「相変わらず話がわかる奴だな。」
いつかのように、グータッチをまた向日に求められれば、また、控えめに返してみせる。
「こらこら皆、楓ちゃんにあんまりちょっかいかけないのー。部紙書き終わらないでしょー!」
別室で跡部と樺地と3人で話し込んでいたであろう澪が部屋に入ってくるなりレギュラー陣を諫め、各々帰り支度を始めた。
滝だけは邪魔してごめんね、なんて優しく声をかけてくるので楓もつられてそんなこと、と返すが、楓は本当に邪魔なんかじゃないんだけどなぁ…と思いつつ部紙の続きを記入し始めた。
先輩達は皆優しく、憧れの澪先輩の間近で学べる。
練習効率が上がればどんどんみんなは強くなる。
跡部部長の言う「勝つのは氷帝」がより不動のものになる事程、マネージャー冥利に尽きることはない。
この2週間は楓にとって、今までより何倍も濃く、それでいて楽しい時間だった。
そんなことを考えながら残りわずかだった部紙を書き上げ、片付けを始めれば、芥川に声をかけられる。
「あ、楓終わったの〜?」
「はい、ジロー先輩。」
とても眠そうに目を擦り、大きな欠伸をひとつ。
「たまには一緒に帰ろ〜よ。」
「お、賛成!」
向日までそう続けばみんなで帰る流れに。
「澪と跡部は車だろ?」
「あぁ、今日は樺地も連れて行く。」
じゃあな、と跡部は手を振る澪と、2人の荷物を抱えた樺地を連れて部室を去った。
「あの、ご一緒させて頂くのは嬉しいんですが、若もいいですか?」
「日吉か?いいけどよ。」
「楓ちゃんと日吉、幼馴染で家がお隣さんなんですよ。」
不思議そうに問う向日に対して幼稚舎からの付き合いである鳳がそう補完すれば、だから仲が良いのかと各々が納得するような素振りを見せた。
「それじゃあ、荷物とってきますね。」
「おー、急がなくてもいいからな!」
─────────────────────
「澪、最近どうした。」
「え?」
車までの道中、跡部は澪に突然声をかけた。
「楓の仕事が物足りねぇのか?」
「ううん、楓ちゃんは、凄くよくやってると思うよ。」
「同意見だ。…じゃあなんで浮かねぇ顔をしてやがるんだよ。」
「え、そんな顔…してた?」
「まぁ、俺様にしかわからないだろうがな。」
顔に出ているとは澪本人も気づいていなかった。
跡部はそんな彼女をみて何か悩みがあるんだと思い声をかけたのだ。
2人は許嫁とは言えど、互いに恋に落ち、そして部の仲間としても共に過ごしている。
澪の事が大切な故、普段から過保護気味であった。
澪はそんな跡部の愛が嬉しく、彼女の心の隙間を埋めてくれているように感じていた。
“小鳥遊 澪”
彼女は小鳥遊財閥のご令嬢、一人娘である。
正確に言うと、純血なのは彼女だけであった。
彼女の母親は、澪の出産を機に二度と出産ができない身体になってしまったのだ。
跡取りの欲しい小鳥遊財閥の総裁らはそんな母親を責め、そして養子を取る事を強要した。
そうして、澪からみれば従兄弟にあたるまだ幼い男の子を養子として迎え、彼女の兄として育てる事になった。
そこまではまだ、まだよかったのかもしれない。
──両親や祖父母は皆、後継者である兄にばかり興味をもち、幼い頃から澪に興味を示そうとしなかった。
澪の心にはいつも何処か、隙間が空いたように冷たい空気が流れていた。
悲しい、寂しい、似ているけれど非なる気持ち。
言葉にできない感情が薄らと、けれど絶えず消えない。
先生方や友人に慕ってもらっても、何かが足りなかった。
いくら優秀だと持て囃されても、ずっと──…
そんな彼女に中学入学直前に知らされた許嫁。
それが跡部景吾だった。
跡部財閥との繋がりが欲しい故、小鳥遊家の方から取り付けた婚約らしい。
それを知った澪は、こんな大切な事すらも自分の意思は持てず、財閥の駒でしかないのか、と一度絶望した。
しかしながら、彼と出会って過ごすうちに澪は恋に落ちたのだ。
何もかも見透かすアイスブルーの瞳。
聡明で自信家、そしてその自信を裏付ける努力。
優しく、自分だけに向けられた微笑み。
すぐに彼の虜になった。
心が温かい人というのはこういう人を指すのか、埋まりきらない心の隙間にそっと彼の愛情が馴染んできて。
跡部の方は気に入らなければいつでも許嫁の件は断って良いと言われていた。
しかし、彼もまた、澪に興味を持ち、そして恋に落ちていった。
ふとした時の悲しげな横顔を、笑顔にできるのは自分でありたい、そう願うようになっていたのだ。
2人は惹かれ合い、許嫁でありながらも互いに想いを告げ、そして交際に至った。
澪はそれを機に少しずつテニス部のメンバーから向けられる好意、それは友情の類か恋愛の類かは不明だが、それを一身に受ける事がとても心地よいと感じるようになった。
彼らもまた、彼女の心の隙間を埋めてくれるようで、本当の仲間とはこういう事なのかな、と思うようになっていた。
「特に、何かあったわけじゃないの。」
澪がそう返せば、跡部の大きく温かい手が彼女の頭をそっと撫で下ろした。
「何があっても、俺様は澪の味方だ。何かあればいつでも言うんだな。」
「ありがとう、景吾。」
そっと指を絡ませ、貴方と離れ難い、と想いを込めた。
大丈夫、きっと。
──きっと、ね。
3/3ページ