勿忘草
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翌日。
放課後の部室に楓が入ると、すでにレギュラー陣が揃っているようだった。
そして、昨日現場に居合わせた3人から視線が向けられた。
「お疲れ様です!」
「…お疲れさん。」
楓はいつもと変わらず、昨日の事は気にしていないかのように気丈に振る舞ったが、挨拶を返したのは、ワンテンポ遅れて忍足だけだった。
事情をよくわかっていない滝と鳳、それにジローは楓が更衣室に向かう道中でいつもと変わらず挨拶を交わすが、異常に気がついた様子だ。
「どうしたんだい?楓ちゃんに挨拶返さないなんて。」
「昨日も楓ちゃん、様子が変だったですし…何かあったんですか?」
黙り込む3人。
「…跡部に聞いてくれ。」
「え?どういうこと?」
それだけ言い残すと3人は部室の外へ。
頭に疑問符だらけの滝と鳳に眠そうなジローが残された。
奥の部屋で跡部と澪と樺地は次の練習試合のミーティングをしているが、昨日何があったのだろうか。
「澪かな。」
「ふぁ〜…絶対そうだC〜」
察しの良い滝は澪絡みの何かだと勘づいた。
「また、澪先輩と何かあったんでしょうか…。」
「そうかもしれないね。でも、楓ちゃんが何かしたとも思えないけど。」
2人は少し心配そうに顔を合わせ、ひとまず練習に向かう事にした。
そんな2人を横目にジローは気怠そうにソファに横になる。
暫くして、奥から出てきたのは楓が先だった。
「あれ?澪先輩まだなのか…」
SHRが長引き若干遅れて部室にやってきた楓は、澪の姿が見えない事に若干疑問を覚えながらも今日は何も言われていないし…と正レギュラーのマネージャー業を行おうとドリンクの容器やタイマーなどの備品を用意していく。
その道中、ソファに寝転ぶジローを見つけて楓は跡部が主にジローの為に用意している備品のブランケットを、起こさないようそっと彼にかけた。
(もうジャージ着てないと寒いし、流石のジロー先輩でも風邪ひいちゃうよなぁ。)
楓は沢山の備品を抱えて、ドリンク作りの為に別室へ移動した。
それを合図にジローは目を開いた。
やっぱり、楓ちゃんはがっくん達が言うような子じゃないと思うなぁ。
先程滝や鳳には黙っていたが、昨日幼馴染2人から話を簡単に聞いていた。
楓がまさか、なんて2人は言って絶望していたけれど、ジローの目から見て、澪を貶めるような子には見えなかった。
寧ろ、澪の方が…
好きだからこそ、よく見てきたからこそ気付けた、脆さや儚さがある。
彼女がとても優しく聡明な子である事は理解しているつもりだが、その危うさが、彼女の行動を変えてしまう可能性は十分にあると感じた。
暫くして、ミーティングルームの戸が開き、跡部、澪、樺地の3人が出てきた。
ジローはいつの間にか眠りについてしまったようで、通りかかった樺地に抱えられた。
「起きて、ください…」
「樺ちゃん…おはよー」
樺地の瞳には何時と違い戸惑いが浮かんでいた。
きっと跡部と澪は楓の話を相談していたんだろう。
「樺ちゃん、ごみんね。」
「大丈夫、です。」
「行くぞ、樺地。ジローも早く来いよ。」
「…ウス。」
部室を去った2人。
楓は今はコートにいるようで、ジローと澪は2人きりになった。
「み〜お〜!」
「なーに?ジロー。」
何時もの調子でギュッと抱きつけば、何時ものように受け入れてくれる。
「ねぇ澪、ちゃーんと寝れてる?」
「え?寝れてるわよ。どうしたの急に。」
「なんか、いつもより元気ないC〜、心配になっちゃうC〜。」
一瞬ハッとした顔をする澪。
しかし、直ぐにいつもの穏やかな微笑みを浮かべた。
「私は大丈夫よ。…楓ちゃんの方が心配。」
「楓が?」
「最近…様子がおかしいの。どうしちゃったのかしら。」
「そっか〜、心配だC〜…」
澪の意図が掴めなかった。
澪は一体、どうしたいのだろう。
自分の目からみて最近様子が違うのは明らかに澪の方だ。
「ほら、ジローもコートにいこ?」
用意が整ったのか、コートに向かおうとする澪。
どうもスッキリしないが、今は澪に従いコートに向かうのだった。
「…どういう事ですか。」
「もう一度だけ言ってやる。楓、暫く準レギュラー専属に戻れ。」
「だからなんで楓が「若!…わかりました、景吾先輩。」
一方、準レギュラーのコートでは不穏な空気が流れていた。
跡部と楓、それに日吉が言い争うような、そんな光景に海田や樫和は思わず練習の手を止め、声の方に意識を向けた。
楓は悲しげに俯き、日吉は怒りなのか悔しさなのか、眉間に深く皺を寄せ、跡部に鋭い視線を向けている。
跡部はそれを気にする様子もなく樺地を引き連れ正レギュラーのコートへ歩みを進めた。
秋の冷たい風が、まるで真冬のように身を刺す。
楓はわかりやすく気を落とした。
きっとこれは澪先輩の意向なのだろう。
クビにならないだけ、マシよ。
そう自分に言い聞かせて仕事に戻る。
その時、一瞬樺地と視線が交わった気がした。
純粋で優しい彼のことだから、きっと心配してくれているのだろう。
しかし、もう決まったことだ。
澪先輩に嫌われてしまったんだろうか、それとも指導が負担だったのだろうか。
だから、あんな奇行に走らせてしまったのかもしれない。
事情を知っている日吉が反抗しようとしたが、彼は今そんな事をしている場合ではないと、近くで彼を見続けてきた楓は場を諌めた。
楓から見て、贔屓もあるかもしれないが、今の準レギュラーの中で1番正レギュラーに近いのは日吉だと思っていた。
跡部への下剋上を掲げる彼が、こんな事で跡部に目をつけられて芽を摘まれてしまっては困る。
何よりこれは自分自身の問題、そう思っていたから。
「おい楓…」
「なーに、若。」
「なんで反抗しなかった。お前に非はないだろ。」
「うん、でも澪先輩が私といると疲れちゃうなら…仕方ないんじゃないかな。クビじゃないだけ感謝しなきゃかもね。」
好きなマネージャー業を続けられる。
正レギュラーからは外れたけれど、それでもテニス部を支えられる事に変わりはないし。
楓はそう自分に言い聞かせてるように日吉に伝えた。
「岩本、準レギュ専属に戻るってマジ?」
すっかり練習に身が入らなくなった海田と樫和が楓たちの元へやってきた。
「うん、また頑張るからよろしくね!」
「俺らは嬉しいけどよ…どうして外されたんだ?」
「おい海田、」
「なんで、かな?役不足だったのかな?まぁ澪先輩はやっぱり高嶺の花だしね!」
日吉が海田を制す前に楓は気丈にそう答えた。
日吉はそんな楓の表情をみて、必ず彼女を守りたいと、決意を固くした。
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