勿忘草
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艶やかな栗色の長い髪を1つに束ね、白とアイスブルーのユニフォームに袖を通す。
半袖では少し肌寒いか、そう思い楓は、夏の間はタグが付いたままロッカーに眠っていた、まだ新しいジャージを手に取り羽織る。
「おはよう楓ちゃん、早いね。」
「おはようございます、澪先輩。」
品の良い華やかな香りを纏い、ブロンドに近い明るい色の柔らかな髪を揺らす。
小鳥遊澪(たかなし みお)は楓の1つ上の先輩である。
楓は澪に憧れて、この男子テニス部のマネージャーを始めた。
彼女は女子テニス部に入部しようと考えていたが、男子テニス部へ体験入部に訪れていた幼馴染の日吉若の様子を伺いに向かった所、澪の綺麗な横顔と、とてもお嬢様とは思えぬ、必死に献身的にサポートする姿に惹かれ、今に至る。
ーー此処、氷帝学園は俗に言う“お金持ち”が多く集まる。
楓の家も例外ではなく、世間から見れば裕福な方に入るだろう。
幼馴染の日吉とは家が隣同士で、日吉家は古武術の道場を営み、岩本家は父が有名な和菓子職人で、母も名の知れた華道家。
和を共通とし、子供も同い年という事で家族ぐるみで仲が良いのだ。
話は逸れたが、この氷帝学園でも指折りのセレブが、小鳥遊財閥の一人娘、澪なのだ。
部長の跡部景吾の跡部財閥と、澪の小鳥遊財閥は氷帝学園だけでなく、日本でも有名な財閥だ。
そんな澪が、お嬢様らしさを出さずに必死に汗を流し、声を張り上げてエールを送る。
その姿に楓は惹かれ、憧れた。
そして、澪をそこまでさせる男子テニス部に興味が湧いたのだ。
挨拶をすれば、澪は丸く大きな瞳を細め、笑顔を見せる。
仕事も出来、優しく穏やかな性格。
それに加えて成績も優秀で、容姿端麗。
高嶺の花という言葉がこんなに似合う人は澪しかいないと楓は常々感じていた。
「今日は少し肌寒いですね。」
「そうだね。もう新人戦も終わったし、すっかり秋って感じだよね。」
「ですねー。明日からもう衣替えですし。」
「去年も思ったけど、全国大会が終わると時の流れが早いよ。」
澪は楓と同じようにジャージを羽織りながら、昨年を懐かしむ。
楓は澪が着替えをしている間にと、ドリンクの用意を始めた。
「澪、楓、居るか?」
扉をノックする音と共に聞こえる跡部の声。
「景吾。いるわよ?どうしたの?」
「練習の前にミーティングをする。着替えたらそのままミーティングルームに来てくれ。」
「わかりました。」
「楓ちゃん、行ける?」
「はい。大丈夫ですよ。」
2人が部屋を出ると、跡部は2人の会話が聞こえたのか、其処で澪と楓を待っていた。
「あ、おはようございます景吾先輩。」
「おはよ、景吾。」
「あぁ、おはよう。」
互いに微笑み合う澪と跡部は、正真正銘の美男美女カップル。
2人ともブロンドに近い髪色をしているが、こうして並んでみると澪の方が色素が薄くベージュ掛かっており、跡部の方がより金色に近い色をしていることが見て取れる。
跡部と澪に続いてミーティングルームに入れば、家から此処まで一緒に来た日吉の姿があった。
楓は一瞬疑問に思ったが、直ぐに正レギュラーと準レギュラー合同のミーティングだと気付いた。
新人戦での立海切原との戦いや、榊監督のアドバイスで急激に力を伸ばした日吉は、3年の先輩の引退後、準レギュラーになった。
楓も、澪が正レギュラーのマネージャーをメインで行なっている為、基本的には準レギュラーを中心にマネージャー業を行なっている。
故に、2人で過ごす時間は唯の幼馴染とは思えぬ程に多いのだ。
楓達が入室するとほぼ同時に、残りのメンバーも続々と集まった。
「…はぁ、ジローは何処だ。」
「ジローなら、今亮が正門あたりでで頑張って引きずってるぜ。」
呆れた顔でそう言うは正レギュラーの向日岳人。
その横で、知っとるなら手伝ったればええやんなぁと呟くのは同じく正レギュラーの忍足侑士。
「樺地、手伝ってやれ。」
「ウス。」
跡部は軽い舌打をした後、いつもの通りに樺地に命じた。
楓は同じ一年の樺地崇弘と鳳長太郎が正レギュラーになった時に非常に驚いた事を思い出した。
樺地は跡部の側近のような存在だと今ではわかるが、入部早々正レギュラーになる一年なんて、一体どんな手を使って跡部を認めさせたのだろうかと変な妄想を膨らませていた事もあった。
そんな心配も杞憂で、樺地は心優しい少年で、しかもテニスの腕前も幼少期から跡部と打ち合っていた事もありピカイチ。
楓が目を光らせて凄い凄いと樺地に懐くのはあっという間の事だった。
鳳は、日吉と幼稚舎時代から繋がりがあり、楓も存在は知っていたがテニス部に入部してから仲が良くなった。
彼は最近まで準レギュラーであったが、新人戦の直前に、スカッドサーブという強烈なサーブ技を生み出し、見事そのサーブだけで正レギュラーの座を奪い取ってしまったのだ。
楓はその時に日吉が悔しそうな渋い顔をしていた事も同時に思い出した。
確かにシングルスでは鳳に負けた事がない。
楓にも同じく悔しい気持ちが少しあったが、鳳には日吉にはない協調性と先輩への忠誠心に近いものをを感じる事が多々あったので、主にダブルス枠での引き抜きであったという事は分かっていた。
「あ、楓ちゃん今日からジャージなんだ。なんだか新鮮だね。」
「そうなんです。ちょっと半袖じゃ肌寒くって。」
「ジャージも似合うね、可愛いよ。」
「あ、ありがとうございます。」
可愛い、なんでサラッと言えてしまうフェミニスト気味な滝萩之介。
『氷帝の魔術師』の異名を持つ彼は、何処と無くミステリアスな雰囲気を醸し出しているが、それはコート上での話。
話してみれば意外と親しみ易く、優しく温厚な母親のようなタイプである。
「おいジロー!いい加減起きろよ!」
部室の目の前に到着したのであろう。
宍戸亮が芥川慈郎を叩き起こす声が聞こえた。
丁度扉の目の前にいた鳳が、その扉を開ければそこには先程手伝いに向かった樺地を含めた3人が居た。
宍戸は芥川のラケットバッグを背負い、樺地は芥川自身を背負っていた。
「あーもー、ジロー起きて!部活始まるよ!」
「ん?あー…澪?おはよ…」
半分しか開いていない瞳で澪を見つめる芥川。
寝惚けているものの、目を覚まして返事をする辺り、やはり彼は澪の事を気に入っているのが見て取れる。
彼は黄色のふわふわとした髪を雑に掻きながら欠伸をし、樺地の背中から降りた。
「ありがとな、樺ちゃん。」
「ウス。」
「おい、俺には礼はねぇのかよ。」
一つに束ねた長い髪を揺らしながら、少し苛立った声でそういうのは宍戸。
彼も正レギュラーの一人。
「りょーちゃん引き摺るから寝心地悪いんだもん。」
「じゃあ起きろよ。」
幼馴染の二人はコントの様なやり取りと交わし入室した。
「よし、全員揃ったな。」
跡部がそう口にすれば各々席に着く。
さて、今日の議題はなんであろうか?
緊急ミーティングを開く位だから大切な事なのだろう。
冬季大会の話だろうか。
「今日は冬季大会の事と、今後の体制に関してだ。」
彼はその後に淡々と続けた。
冬季大会は関東大会からレギュラーで挑む、都大会迄は準レギュラーメインでオーダーを組む、と。
その後レギュラー、準レギュラーとして挙げられた名はいつものメンバー。
準レギュラーとして名を挙げられた幼馴染は、何処か悔しさを滲ませた表情をしている。
そして、
「楓には準レギュラーのマネージャーと兼任で正レギュラーのマネージャーもしてもらう。」
「えっ…?」
小さく驚きを零せば、アイスブルーの眼差しがすかさず向けられる。
「澪の補佐を頼みたい。楓の働きぶりは皆認めてるからな。」
そう言いながら微笑みかけてくる跡部。
周りを見渡せば、いつも優しい滝をはじめ、正レギュラーの面々が優しい顔を楓に向けていた。
「あ、ありがとうございます!精一杯頑張ります!」
勢い良く立ち上がり頭を下げれば、その様子が面白かったのか、向日や滝がクスクスと笑い出した。
認めてもらえた。
彼女はその事実がひたすらに嬉しかった。
氷帝男子テニス部は残念ながら、部員に近づく事が目当てで、マネージャーになりたがる人間が多い。
それを見越して跡部は、マネージャーは平部員、準レギュラー、正レギュラーの順にマネージャーに着かせるようにしていた。
そして大方、準レギュラーのマネージャーにすらなれずに辞めていくのだ。
今年は楓、彼女以外のマネージャー希望は夏の大会を前に続々と姿を消したのだ。
そして夏を越したのは彼女一人。
勿論辛い事もあったが、澪の存在と周りの人間の優しさに救われながら日々を過ごしてきた。
憧れの澪が笑顔を忘れずに皆をサポートする。
楓も負けじと頑張れば、自ずと結果がついてくることは言うまでもない。
嬉しそうに微笑む彼女に、優しい眼差しを向ける先輩達と同じく嬉しそうな表情をする同級生。
皆がこの状況を歓迎する中、たった1人、険しい顔をする人物がいた事に、この時はまだ誰も気づいていなかった。
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