黒バス
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その日彼女は仕事もなく、かといって宮地と戦うことなく街を散策していた。仕事もひと段落して、なかなか楽しい話(所謂他人の不幸やらの情報)でも聞けないかと思い外に出たのだ。
今日は休日。最近引き取った高尾、緑間達は今きっとバスケットボールを教えてもらっているに違いない、と思いつつ今日は何の夕飯にしてやろうかと思考を巡らせようとしていた。
街中。
人ごみ。
裏路地。
楽しい話はなかなか無かったが有意義な時間が過ごせ、散策もある程度になり、さて帰ろうかと思いフッと視界の端に入った公園の中を見ると小さな体と黄色の髪が見えた。
何だ、あれは。
足を止めてまじまじと遠くから眺めてみるとどうやら子供がベンチに座っているらしい。しかも肥満体型。ポチャッとした黄色の髪の子供の近くには友人らしき子供も近くに見えない。勿論親も、だ。確かに時間はまだ明るいが日が傾いてきているところだ。もうすぐ高尾や緑間達も大坪に送られて帰ってくるに違いない。だというのにあの子供は帰ろうとする素振りさえ見せない。それどころか泣いているようだ。ふぅん、と小さく鼻を鳴らして辺りを見回した。
別に放っておけばいい、大体あれは私には関係のない子供だ。それに早く帰ってやらないと和成や真太郎のご飯も作ってやらないといけないし。それに泣いている辺り厄介なことになりかねないし。
まるで自分に言い訳するようにそう思い、踵を返す。だが、子供の泣き声が自分の元にまで届いてくるようになると自然に足が止まっていた。そしてひとつ、それはそれは大きな溜息を吐くと顔を覆いその場に蹲った。泣くためではなく、顔を隠すためでもなく、泣き声を聞いて芽生えた小さな罪悪感を感じて自分を振り返るためである。
あの子供が欲しているのは自分ではなく友人や家族だというのになぜ私がこんな罪悪感を感じなければならないんだ…。というか泣き声を聞いているだけで足が止まるって、どんだけ私は丸くなったんだろうな。
そんなことを思い、フッと思い浮かぶのは高尾や緑間の姿。そんな彼女の姿を見たら大坪なら人間らしくなったなと声をかけているところだろう。そしてガバッと立ち上がると、大股で子供に近づいた。子供も近づいてくる彼女に気付いたのか泣くのを止めて彼女を見つめた。普通の子供なら警戒するなり逃げるなり何らかのアクションをとるだろうと彼女は思っていたが子供はただただその丸い目を彼女に向けたまま逃げようとも、動こうともしなかった。それに対して彼女は少し驚いたが、顔には一切出さず子供の前にしゃがみ込むと警戒させないようにしないと、と思いながら声をかける。
「泣いてるのか」
そう聞けば子供はビクッと震え、そして視線をようやく逸らした。気まずくなったのか、と思ったら小さくごめんなさいと呟かれた。別に彼女は怒っているわけではないと伝えるが、子供はまたぽろぽろと涙を流しながらごめんなさい、と謝った。
「何に対して謝っているんだ?」
虐待か?パッと見は身体的外傷は見受けられないが…。ネグレクト?いやでも衣服はちゃんとしているし、太っているという事はちゃんと栄養が来ているという事だし。まあ生まれた時から太っているという可能性なきにしもあらずだが。じゃあ精神的虐待、か…?ごめんなさい、ばかり言っていてよく分からないがもしかしたら有り得なくはない。それに今は服を着ているから分からないが服で隠れた場所に青痣でもあったりするのだろうか。
そんなことを考えていると子供は金色の眼からまた大粒の涙をこぼしながら何度もごめんなさいと呟いて、拭い、それでも涙は止まらずしゃっくりまで出てきた。とりあえず謝るのを止めさせ、隣に座るとポンポンと頭を撫でてやった。それに子供は驚いて彼女を見上げた。
「何だ?」
「う、うぅん、撫でられたの、久しぶりだったから」
パッと見から高尾や緑間と同い年ぐらいだろうか、その大きな瞳が幼く見える。
「もう夕方だぞ、帰らないのか」
「オレ、デブだから帰りたくなくて…」
デブだから帰りたくない、ってどういう事だ?
とまでは言わなかったが子供は言葉を続けた。
「いつも馬鹿にされても、良い子でいるの疲れちゃって、オレ迷惑ばっかりかけてるから…」
あぁ、重なる。
自分の部屋に来たばかりの高尾と緑間の、あの怒っているのに泣きそうな表情と。多分、この子供が受けているのは虐待でも虐めでもない。見た目で判断されて自分を取り繕って。私にも似たような時期があったが…、それは“昔”の事であって、“今”の私には起きていないことだ。分かるなんて言葉易々言っていい言葉ではないな。それに私はこの子供じゃないから今の気持ちも分からない。だからといって取り繕わなくていいんじゃないか、なんて言葉言えない。
「言ってみなさい」
「は…?」
「お前が苦しむわけを。私に出来る助言をしよう」
子供にそういうと子供は驚いたように目を見開いて、だが次にはフニャリと笑いそう言われたのは初めてと言った。俯きながら子供は言葉を続けた。
「お姉さん、何ていうの」
「内緒だ。そう言うお前は」
「オレ?俺は、」
黄瀬涼太。
その子供はそう名乗った。
[newpage]
ケホケホ。
部屋に小さく響くのは1人分の咳。世間では現在風邪が流行っており、緑間はその流行に乗ってしまったのだ。まぁ救いなのは2人が通う学校の教室は学級閉鎖になっており、勉強が遅れるという事は無い事だけだろう。昨夜、学級閉鎖になったのだからバスケをしようと大坪や宮地とする約束していた筈なのに。
「38.3℃。まぁ見事に風邪だな」
彼女はいつもなら朝ごはんをしっかり食べる筈の緑間が(まぁ、もともとあまりいっぱい食べるわけでもないが)あまり食べないのを見て、熱を測ると見事熱があるのに気付いたのだった。とりあえず医者に掛かり、薬をもらってくると彼女は緑間に寝てるように言って部屋から出て行った。高尾も真ちゃん一緒に居ようか?と言ったが移ったら大変だから止めろと彼女に止められ、彼女と一緒に出て行った。それから緑間は寒いやら頭が痛いやら咳が出るやら目の前が歪んで見えるやらで大変だったが取り敢えず布団に入ることには成功した。
そして一眠りしてふっと緑間が目を覚ました。
窓から見える空は青いが若干オレンジ色に染まろうとしている。どうやら昼ご飯を食べ損ねたらしい。あれ、おかしい。いつもなら寝ていようが、布団に潜っていようが彼女や高尾はご飯の時間になったら起こしてくれるのになぜ起こしてくれなかったのだろう。
そう思い、掠める孤独感。
緑間と高尾は最初施設に入れられた。その中でも高尾は上手くやっていた。従弟という点を除いても偏屈な緑間とすぐ仲良くなれた高尾は元々コミュニケーション能力の高い高尾は基本的誰とでも仲良くなれた。そのため施設に行っても上手くやっていた。だが緑間は違う。緑間が話すこと、なすことに他人は首を傾げたり酷い時は叱咤される事もあった。そのたびに高尾は庇ってくれたりした。緑間の小さな世界には高尾しかいらないと思い始めた瞬間だった。そしてそれらが積み重なって問題となり、緑間は遠い親戚に引き取られることになった。その際も本来なら高尾は施設に居てもいいはずだったのにわざわざ緑間と一緒についてきたのだ。そして今は緑間の少し大きくなった世界にはたった2人、高尾と彼女がいる。
もしこの2人が緑間を要らないと言ってしまったら?
もし彼女が高尾だけを引き取り緑間をまた、あの施設に送ると言い出したら?
手のかかる子供は要らないと言ったら?
普段なら考えもしないようなことが頭を駆け巡る。そんな筈ない。必死に自分にそう言い聞かせるが嫌な思考はますます膨らんでいく。もし、緑間の世界にいる高尾と彼女がいなくなってしまったら。自分を置いて居なくなってしまったら。自分だけ置き去りにされてしまったら。
緑間はゆっくり起き上がると、眼鏡をかけようとして身体を動かすと目から大粒の涙が零れ落ちた。
「ぅ、ひっく、…かお、たかお、ねえさん、ひ、くっ、」
「あ、真ちゃん起きた」
ガチャっと扉が開く音がして緑間はボロボロと涙をこぼしながら扉を見ると、高尾と彼女が扉の隙間から顔を出して緑間を見ていた。だが緑間が泣いているのを見てギョッとした。
「真ちゃん、どしたの。頭痛い?吐きそう?やな夢見た?」
高尾は慌てて駆け寄ってくると緑間の頭を撫でながら矢次に聞いてくる。彼女の手には土鍋。どうやらご飯を持ってきてくれたようだ。しかし今の状態ではダメだな、と考えたのか部屋の机に置くとゆっくりと2人に近づいた。
「頭はさっきに比べて痛くないし、吐きそうでもないし、やな夢なんて見てないのだよ…!俺はそんなに弱っちくないのだよ…!」
「でも泣いてるじゃん」
「うぐっ。こ、これは汗なのだよ」
「ブハッ!どんだけ嘘が下手なの真ちゃん」
「う、うるさいのだよ!」
そんな2人を見て彼女はフッと笑うと2人を頭をポンポンと撫でた。
「真太郎、ご飯は食べられそうか?」
「食べられるが、汗掻いたのだよ…」
「じゃあ、暖かいタオルを持って来よう。和成、真太郎の背中を拭いてあげなさい。ご飯はそしてからだな」
彼女はそう言って部屋から出て行った。いきなり2人きりにされて緑間は若干心の中で焦る。すると、ふへへと高尾は笑った。
「真ちゃん」
「何だ」
「しあわせだね」
姉ちゃんがいて、暖かいご飯が食べられて、暖かい布団があって、一緒にご飯を囲んで食べられて。俺、施設にいた頃よりずっとしあわせって感じる。
高尾はそう言うと、緑間の胸に何かが突き刺さるのを感じた。それはじわじわと侵食して、いつの間にか口から溢れ出て来ていた。
「高尾」
「何、真ちゃん」
「すまない」
緑間は俯きながら一つ謝るが、当の高尾はキョトンットとしながら首を傾げていた。
「?何が?」
「俺のせいで、お前の人生めちゃくちゃなのだよ…」
あの時、本来なら高尾は施設に居てもいいはずだったのにわざわざ緑間と一緒についてきて、あんな嫌な、辛い思いをして。自分は高尾を巻き込んでしまったのだ、という罪悪感に胸がいっぱいになってしまった。だが高尾はキョトンッとして首を傾げた。
「俺、別に人生めちゃくちゃにされてないけど?」
「めちゃくちゃなのだよ!親戚とかいうやつらにたらい回しにされるし、色々酷い目に、あったし…」
言葉の勢いはあの日々を思い出すとどんどん削がれていき、最後には消えてしまうほど小さな声になってしまった。自分らしくないと思う。だがこう思うのは風邪のせいだと自分に言い聞かせながら。高尾はそのアイスブルーの瞳を緑間に向けていたがうーん、と言って天井を見上げ、そして改めて緑間を見た。
「でもさ、2人なら乗り越えられたじゃん」
その言葉に緑間は目を見開いた。その言葉に緑間はどれだけ救われたのか分からない。ただ傍にいてくれたのが高尾で本当に良かったと思った。
「それに俺が真ちゃん居ないとだめだし」
「そう…、か…?」
「そうそう」
「話は終わったか」
気配もなく彼女が部屋に入ってくる。それに2人は幽霊でも見たかのように驚いて、ビクリと体を震わせた。
「真太郎の身体を拭いたらご飯にしよう。和成、拭いてあげて」
「姉ちゃん、びっくりするからおどかさないでよ…。真ちゃんちびっちゃうよ」
「ち、ちびってないのだよ!!」
「はいはい」
この一つ一つのやり取りが幸せだね。なんて。