黒バス
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テロメア説は今や否定された人間の寿命に関する仮説の一つだ。
例えば一本の棒があるとしよう。これが人一人の寿命だとする。人間の持つ細胞分裂の回数というのは生まれながらに決まっている。怪我をして、身体は意志とは関係なくその傷を治そうと働く。今のみっきーみたいにな。するとその棒の端は欠ける。そして何回も怪我をすることで傷は治る。そのたびに棒は減っていく。だがある一定まで減ると、減らなくなる。つまり同時に細胞分裂が起こらなくなってしまう。これが老化につながり人間の寿命と言われていた説だ。ついでに細胞分裂の限界回数は50回。案外少ないだろう?だが、細胞が分裂して新たに分裂するまでには2年強、50回もすれば約120年だ。50回と言われても時間では長い時間だろう?
…ついでに追加するが、筋トレとか言われているのはサテライト説だから関係ないぞ。筋と筋の間にサトライト細胞があり、それらは普段休止してるが、筋肉が損傷すると働くからテロメアとは関係ない。
……………、何が言いたいんだという顔をしてるな。
じゃあ本題。記憶の話をしよう。
人間は暗記したという瞬間からどのくらい忘れてしまうのか。分かるか?
世の中には忘却曲線というモノがあってな。ドイツ人心理学者のヘルマン・エビングハウス実験し結果をまとめたグラフだ。それによると20分で42%、1時間で56%、4時間で56%、1日で74%、1週間で77%、1ヶ月で79%忘れてしまうらしい。
つまり人間の記憶には20~30%しか残らない。だから勉強の復習が大切になるわけだ。……、みっきー、酷い顔をしているぞ。今にも人を1人か10人殺してしまいそうだな。まぁそんなみっきーを放っておくとしよう。話は変わるが、小説とか読むとこんな一文が内容によっては出て来ないか?
「セピア色の記憶」とか「思い出すと古い写真のようだ」とか、な。
そこで私から一つ、聞きたいことがある。
人間の記憶から思い出が消える寿命はどれくらいだ?
この時の彼女の顔を3人は忘れることが出来なかった。いつもチェシャ猫みたいな三日月の口をした彼女がひどく寂しそうに自分たちに問いかけてきたのだから。
*******
高尾はタラリと冷や汗を掻いた。それは目の前の緑間も同じらしい。眼が動揺で揺れている。2人の間には、紙が2枚。
今やすっかり2人も小学6年生。しかも今は2月。もうすぐ卒業式がやってくる。そこで担任は笑顔でこう言ったのだ。
「普段お世話になっているご両親に感謝の気持ちを込めてお手紙を書きましょう!」
そこで2人は彼女ではなく、事故でなくなった本当の両親を思い出そうとした。きゃあきゃあと賑やかな教室で2人で顔を突き合わせながら。五月蠅いほどの生徒達の声。いつもなら緑間は嫌そうな顔をするが今はそれどころではないらしい。自分と同じ事をしたからか、顔が白を通り越して青い。
そう、2人は本当の両親を思い出そうとした。だがそれを遮るような、
ぐちゃっ
何かが潰れる音。それと同時に気付いた。
自分たちの本当の両親はどんな顔だった?笑った顔は?怒った顔は?
声はどんな声だった?
必死に思い出そうとしても何も思い出せない。思い出せてしまうのは彼女に引き取られてからの記憶と、引き取られる前の皆の嫌そうな顔ばかり。耳鳴りがする。喉が裂けてしまうほど叫びたい。嫌だ、忘れたくない。大切な父さんと母さんと妹の記憶を。消えないで。止めて消さないで、消えないで。色褪せないで、まだ綺麗なままでいて。違う、姉ちゃんは家族だけど本当の両親じゃなくて。
お願い姉ちゃん。俺達から、父さん達の記憶を奪わないで。
うわっ、照れくせぇ!
あははは、お前マジで書いてんの?
お前はまじめに書け。
私、お姉ちゃんにもお手紙かこっと!
私はお母さんに。
私はお父さんに。
ちょっと、何だか恥ずかしいね。
クラスメイトの言葉がまるで呪いの言葉のように感じた。2人には妹が居た。そんな妹も、両親の顔も声も何一つ思い出せない。事故にあったあの時。あの生々しい音と共に両親や妹の記憶を奪われてしまった。普段書けない、手紙。書こうとシャーペンを構えるが、文字一つ書けない。
あぁ、どうしてこんなことになってしまったのだよ。
ギシッと音を立てて、天井を見上げた。
姉さんが、記憶を奪ってしまったのだよ…。
目を瞑れば引き取られてから今までの事一つ一つ思い出せる。
それはあまりにも当たり前のことだった。彼らが引き取られたのと、彼女に出会う前の年数が同じならば、現在を進むこちらの記憶を覚えているのは当たり前のことだ。だが、それを彼らは認めたくなかった。認めたら、両親や妹が思い出せない思い出になってしまうから。
こういう時に限って担任は役に立たない。
「緑間くん、高尾くん!ご両親に感謝の気持ちは無いの?!」
五月蝿い。
黙れ。
お前に何が分かる。
本当の親を持たない俺達にこんなモノを書かせようとしてるクセに。しかも、みんなの前で言わなくたって良いじゃないか。悔しさ、虚しさ、空虚感、何より怒り。
ぐしゃりっ
怒鳴り散らさないように紙を強く握り締めた。シワが付いた紙。教師はその紙を見て、そんな紙で手紙を書いて親御さんはどんな気持ちなの!?と怒鳴り散らし、新しい紙を渡すとちゃんと手紙を書きなさいと厳しく言うと、他の生徒のモノを見ては褒め讃えていた。
どう書けと言うのだ。
真っ白な、影のようなのっぺらぼうにどうやって感謝の気持ちを伝えれば良いんだ。分からない。どうしたらいい。必死に頭を悩ませるが、のっぺらぼうはのっぺらぼうのまま。思い出の筈なのに、そこにいるのは自分たちと真っ白な影だけ。自分たちは真っ白な影とやりとりをして、笑ったり怒ったり泣いたり…。違う!こんなの違う!頭を抱えて吐き気を押し殺す。目の前の緑間はいつも以上に、自分以上に白く、青い顔色をしていた。
姉ちゃんはこの間から出張に出ていて今は大坪さんの部屋にお世話になってるのが何よりの救いだ。もし、ここで姉ちゃんと顔を合わせていたら、そう思うとぞっとした。自分たちはどんどん我が儘になってる。引き取ってもらってこうやって"普通"に学校に行かせて貰ってるのにそれを。恩を仇で返してしまうところだった。
姉ちゃんのせいで、姉ちゃんが優しいせいで父さんや母さんを忘れそうな自分が居るのだと。
それは自分のせいなのに。
結局手紙は書けず、持って帰って宿題にしたが、いくら悩んで頭を抱えたところで何も変わらない。大坪は自分たちと血縁関係なんて無いのだから相談も出来ないし。八つ当たりも出来ない。彼女からも連絡一つ入らない。だが、彼女の事だ。卒業式には来るに決まってる。学校行事は連絡せずともどこからか情報を仕入れてきて参加していた。
日に日に卒業式は近付いてくる。だが、不思議と悲しみとか寂しさは沸いてこなかった。それよりも手紙が書けないことが何よりも苦しかった。
ただ、書けたことは一言だけ。
泣きそうになりながら書いたその一言で全てが許されるわけじゃない。そんなの百も承知だったが、それでも言わずにはいられなかった。それを担任に提出すると眉を顰められ何か言われるかと思ったが、何も言われず受け取ってもらえたのが何よりもの救いだ。
きっと彼女はその言葉が自分に向けられている言葉ではないと分かるに違いない。その言葉が本当の家族に向けられていると、すぐに気づくに違いない。
だって、式の祭典中にチラッと振り返れば見える。無表情に浮かぶ眉を顰めたような困ったような顔が。
卒業式が終わると彼女は何も言わなかった。ただ、2人の頭を撫でる。その優しさが、辛くて悲しくて、申し訳なかった。晴れの卒業式だというのに、湧き上がる負の感情を押さえつけられなかった。いや、卒業式だからこそなのかもしれないが。
「姉ちゃんのせいだ…、姉ちゃんのせいで!!姉ちゃんのせいで分からなくなっちゃったんだ!!」
「お前のせいだ!全部忘れたのも、曖昧になったのも全部お前が俺達のそばにいたからなのだよ!!」
あぁ、なんて酷いことを言っているんだ。自覚はあった。それでも罵詈雑言は止まらない。帰って行く家族や生徒がこちらを見てコソコソと話をしているのが見えた。それでも彼女は2人から目を逸らさず、ただひたすら罵詈雑言を浴び続けた。
どうして?どうして何も言い返さないの?そう聞くにはもうすでに遅すぎた。
グズグズと2人は涙を流しながら罵っていると、初めて彼女が行動を見せた。
タクシーを拾ったのだ。
意味が分からない内に2人はタクシーに乗せられ、電車に乗せられていた。何時間乗っていたか分からない。
何時の間にか夕暮れが近付いていた。
そして連れて行かれたのは墓地。寺のある大きな墓地だ。
そして彼女に引っ張られながら2人が来たお墓。そこには高尾家之墓、緑間家之墓と新品の墓がそこにあった。そして真新しい花も供えられていた。彼女は少し距離をとり、ちょうど二つのお墓の間にしゃがみ込むと一回礼をした。
「大変遅くなりました。あなた方の息子さんです。たった今、小学校を卒業してきました」
「ね、姉ちゃん…?」
「探すのに苦労しましたよ。誰も口を割ろうとしないので。でも漸く、会わせてあげられました。無駄じゃなかった、それだけが私の救いですよ」
すると、彼女はポケットからあの手紙を取り出した。一度は封を切ってあるが封筒に入ったままのあの手紙を。
「卒業した2人は、手紙を書いたそうです。聞いてあげてください」
そして無理やり手紙を渡されると、手が震えた。肩が震えた。目の前の石の下に自分の家族が骨だけになって眠っている。
それを認めて、受け入れられなかった。まだ甘えていた。幻想を抱いていた。家族はまだ生きているのだと。ただ自分たちは預けられているのだと。
彼女は、それを打ち破った。
もう、自分たちに家族はいない。死んで生き残ったのは自分たちだけ。そう無理矢理分からせようとここに連れてきたのだ。ブルブル震える手で手紙を出し、ゆっくり広げた。
涙が溢れた。
「「ごめん、なさ…い」」
合わせたわけでもないのに声が合った。2人はボロボロ泣いていた。手紙にはただそれだけしか書いてなかった。
忘れてしまって、ごめんなさい。
自分たちだけ生き残って、ごめんなさい。
思い出せなくて、ごめんなさい。
泣きながら2人はただただ謝り続けた。いくら泣いたところで白いそれはぼんやりとしていてはっきりとした人物像を思い出せない。2人にはそれが酷く罪悪感を煽った。ただ2人にはぐしゃりっ、とあの潰れる音で全てが消えてしまった、それだけは分かっていた。
6年間。決して短くない時間。更に2人には辛い記憶がある。心理学上辛い記憶より楽しい、嬉しい記憶の方が残るというが、それ故に起こっている悲しみと罪悪感。それを彼女は石の階段から眺めていた。わぁわぁと泣きながら謝る2人。別に面白くて眺めているわけではない。かつて自分も、いや、墓に来れただけまだ良いのかもしれない。彼女の場合は特殊な理由で、もう2度と自分の両親の墓に参ることは出来ない。羨ましいと思ったのかもしれないが、そんな青臭い感情はもう捨て去った。彼女のいる世界はそんな場所なのだ。
暫くしてグズグズと泣きが収まりつつあると彼女は2人に近づいた。そして2人の肩をポンッと叩く。
「気は済んだか?」
そう聞くと2人は眼を腫らしながら彼女を睨んだ。彼女は情報屋だ。墓の在処などすぐに検討や情報を得られたはずなのに。
「どうして、すぐに教えて、くれなかった」
「聞かれなかったからな。それに中途半端は嫌いなんだ」
それは年齢のことなのか、なんなのかは聞かなかった。ドロリとした仕事の顔を、彼女がしていたから。追求すれば恐ろしい答えが返ってくるんじゃないか、そう考えると恐ろしくてそれ以上何も聞けなかった。
********
本当に手間取った手間取った。墓の在処などすぐに話したがこれをまさか隠し持っているとは思わなかったな。
月明かりで照らされるリビングに彼女は2枚の写真を月明かりで見ていた。それはやんちゃそうに笑う高尾と家族と静かに佇む緑間の家族の写真。その写真をジッと眺めると、彼女は踵を返し灰皿にそれを投げ入れライターで火をつけた。彼女は気づいていない。その顔は笑みを浮かべている。ゆっくりメラメラと燃え上がる2枚の写真。真夜中のため2人はすっかり夢の中。彼女の狂行を止める者は誰も居ない。第三者がいたとしたら紅い瞳に映る燃える炎はまるで、人形のようで、実は悪魔に見えただろう。
「さようなら」
無機質な、感情を一切込めない言葉。
あぁ、さようならさようなら。死んだ人達。あなた達には今の私を止める事など出来ないでしょう。死人に口無しとはまさにこの事。あの子達はようやくあなた方と対面して別れをしてきたのです。今更こんなモノに追い縋って何になる?逆に彼らの苦しみを長引かせるだけだ。だからあなた方にはここで消えてもらう。あの子達にも会わせない。この暗闇と私があなた方を葬ろう。だから安心して忘れ去られていくが良い。
チリチリと、すっかり真っ黒になったそれはもう何も映っていない。パリパリと少し触れるだけで壊れて、ただの塵と化した。灰皿を持ってベランダに出ると風に乗ってそれはあっという間に消えて無くなった。