黒バス
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初めて自分達だけのために作って食べさせてくれたそれは、懐かしくて、母親が作ってくれたものとはやっぱり違っていて、それでも美味しくて、誰かが自分達だけのために作ってくれたということが嬉しくて暖かくて。それを頬張りながら、少し泣きそうになったのを2人は覚えている。
「で、ガキ共は台所で何やってんだ」
宮地はそう言って大坪に尋ねると大坪はあぁ…と言って穏やかに笑った。
いつものように出張だと言って自分に2人を預けていった彼女。何だか今回はあまり良い顔をしていなかったところを見ると面倒な仕事なのが窺えた。そんな顔を2人にはチラッとも見せず仕事に行った彼女。そして彼女が仕事に行った途端2人は大坪を捕まえて、バスケをしているときのような真面目な顔で見上げていた。
そしてあることを尋ねてきたのだ。
それを聞いて大坪は大きく目を見開き、気づいたら2人の頭を撫でていた(酷く嫌そうな顔をされた)(アイツが撫でると嬉しそうなのに)(解せぬ)。
それを宮地に説明すると宮地はふぅん、と言って台所で悲鳴を上げながら奮闘している2人を見た。それにしたってあのカウンターキッチンの端に置かれた木村八百屋と書かれたダンボールを見ると、木村も共犯らしい。何だか自分だけハブられていたようでちょっと悔しいが、残念ながら宮地は料理が出来ないため仕方がないか、と自分で自分を納得させた。
何せ高校の時の調理実習で化学兵器DXを作って彼女に大爆笑されたのはまだ褪せぬ過去の汚点として未だに拭えていない。
だが何故だろう。
あの2人も自分と同じ気がしてならない、なんて宮地は思ったが敢えてスルーした。食べるのは自分じゃない。自分をネズミの王国の主と同じ名前で呼ぶ不届き者だ。
「ここ数日学校から帰ってきてはずっと練習してるみたいだが、宮地。お前が作ったモノ以上に凄まじいぞ」
「はぁ?!」
故に木村に野菜をもらってこうやって練習してるんだ、と大坪は宮地の反応をスルーして言った。宮地は自分より料理スキルが下の人間が居て嬉しいような、しかし何だか嫌な予感がしてならなくて素直に喜べない。
そんな2人の視線を浴びながら2人は必死にレシピと睨めっこしながらそれを作っていた。
彼女は祝い事になるとこれをいつも作って2人に出していた。両親がいてくれたころ、当たり前に暖かいご飯が出て来て、自分達が好きなモノが出て来た。
そして両親が居なくなってしまった。
あの頃は自分達だけのためにご飯を作ってくれる人間なんて居なかった。むしろご飯をくれなかった人さえいた。いつしかそれが当たり前だと思っていた。
自分達の存在は引き取った人間からしたら邪魔で、金食い虫だから。
だから彼女に引き取られて、初めて自分達だけにそれを出されたとき酷く警戒した。とうとう邪魔になったから毒とかそういうのを盛られたのかもしれない。邪魔だからゴミみたいに捨てられるときが来た。
だから彼女は食べないで、自分達だけにこれを食べさせようとしているんだ。そう考えると目の前の、2人にとっての両親が生きていた頃なら喜んで食べたご馳走が恐怖の対象になって見えた。
スプーンに手が行かない。
手が震える。
怖い。
怖い。
怖い。
そんな2人を見て、彼女は2人が自分の元に来て1ヶ月が経ったからその祝いだ、と言った。
そう言われて初めてそうなのだと気づき、自分達は祝われていたのかと初めて理解した。チラッと彼女を見て、恐る恐る手を伸ばしスプーンを手に取り、それをすくって口に運んだ。
両親が生きていた時には何回も食べたそれは懐かしくて、母親が作ってくれたものとはやっぱり違っていて、それでも美味しくて嬉しくて。一口、また一口と食べて最後には涙を隠すためにがっつくようにして食べていた。
そんな食べ方をしたせいか、彼女は祝い事のたびにそれを作った。2人はそれが嬉しかった。たまに違うモノにするかと聞かれたこともあったが、飽きた、と、たまには違うモノを祝い事のたびに食べたいと思ったのに気が付いたら首を横に振っていた。それを見て彼女はきょとんとして笑うと2人の頭を撫でるのだ。
分かって欲しい。
知って欲しい。
ずっと自分達は祝われていた。だから今度は、彼女を自分達が祝って分かって知って欲しい。祝われることはこんなにも嬉しくて暖かいことなのだと。その気持ちを必死に詰め込んでレシピとにらめっこして作るが、何故かレシピに書かれたモノとはほど遠いモノになってしまう。悔しくて悲しくて、これじゃあ伝えられない。
「大坪さん…、どうしよう…!!」
悔しくて、でも、悲しくて、泣きたくないのに涙が溢れてきそうになった。
だが、隣の緑間が無言でポロポロと涙を流している姿が、見えた。
泣けない。
俺が、泣けない。
泣いたら真ちゃんが、泣けなくなる。
どんな時でもいつも一緒だった従兄弟であり、家族である。高尾はギュッと唇を噛み締めて涙を押し止める。そして泣きそうな声で大坪に助けを求めた。
心配そうな表情で大坪と、珍しくチラッとこちらを心配そうに見てくる宮地。そして、自分達の作ったモノを見て固まる。
やっぱり食べさせられない。
その現実が突き付けられて、高尾も涙が浮かびそうになる。
「あー、疲れた。ただいま」
そんな緊張感のない呑気な声と、扉が開く音。どうやら出張から帰ってきたらしい。何ともタイミングが悪い。宮地はチッと舌打ちした。目の前で自分達がバスケットを教える子供達が、この女のために泣きそうな顔でいる。
何やら胸がムカムカし、イライラし、この空気の読まない女に八つ当たりしたくなる。それが少しでも時間稼ぎになれば良いかもしれない。と咄嗟に思い立ち上がり彼女の前に立つが、どうやら彼女も言葉通り疲れているらしい。無表情なのに雰囲気がピリピリしている。
宮地をスルーし一切絡むことなくソファに座る、がキッチンをのぞき込む大坪と2人が居るのを見て、雰囲気が変わる。
「何やってんだ、ほら」
両手広げる。おかえりのハグの合図。だが今にも泣き出しそうな2人がそれはもう光速ミサイルのように飛び込んできて、ギロッと大坪を見た。もちろんギュッと抱き締めた。
怒ってる。
そりゃあもう。
冷や汗が出て、視界の端にいる宮地が本気で警戒するぐらい。そしてアイコンタクトでこう言っていた。
短い間だったが世話になったな。さて何でこの2人が泣きそうになっているのか一字一句漏らさず教えて貰おうか。場合によってはどうなるか分かっているだろう。
すると、彼女の胸で泣きそうな2人がボソボソと口を開いた。
「母の日…」
「お祝いのっ、つ、作ってたんだ、っけど、うまく、できなくて、っさ、お、おれ、っ…!!」
母の日。
そう呟いて彼女はカレンダーを見て、納得すると首傾げ自分を指差し母?と問いかける。
まぁ、役割的には母か?でも出来れば姉が良かったな、としみじみ思う。
………、お祝いの?
キッチンに見えるのは黒い塊達。あれが。そういえば料理教えてなかったな。それにしたって、何食分作ったんだ。
なんて思いながら、2人を引きずりながら近づいて、それを口にする。
「ダメだよ姉ちゃん!吐いて、出して!腹壊すから!」
「あー、するのだよ!俺が口に手ぇ突っ込んでも出すのだよ!!」
小さい(最近緑間は大きくなってもうすぐ私と同じぐらいになるな)2人が手を伸ばし口にした化学兵器Xを吐き出させようとするが彼女はうーんと、首を傾げながら味わって、ぽんっと手を打った。
「あぁ、オムライスか」
『ほら、2人がここに来て1ヶ月になるだろう。そのお祝いだ』
2人の耳の奥にあの時の言葉が反芻する。フワフワで、その卵を破るとトロトロの半熟の卵が溢れてきた。
それを一生懸命に作ろうと努力したが出来なかった。現実は冷たく2人に突き付けられる。
「で、何故泣く」
2人と頭をコツンと合わせて問えば緑間の涙腺は大きく破壊しわあわあ泣きながら、抱きついてきた。訳が分からず高尾を見るが、高尾も自分の服をキツく掴んで涙を堪えている。そんな高尾を胸に抱き寄せ、大坪に目を向け説明を求めた。
母の日。
その日に自分達が彼女にご馳走を振る舞いたかったらしい。
喜んで欲しかった。
美味しいと言って欲しかった。
笑って欲しかった。
自分達がどれだけ救われ、嬉しかったか知って欲しかった。
その日のために準備をしたのにいくら練習しても出来たのは核兵器。間に合わなかった。美味しい料理を彼女に振る舞えなかった。
「バカだな」
上物のスーツで緑間、高尾の涙や鼻水を拭きながら頭を撫でる。
「味は凄く美味しかったぞ。ありがとうな、嬉しいぞ」
そう言うと2人はまた涙を流して、泣き疲れて眠るまで彼女に引っ付いていた。
だが2人と宮地は知らない。
宮地が作った化学兵器DXを跡形もなくちゃんと全て食したのは紛れもなく彼女なのだと。大坪は無理して食わなくて良いんじゃないかと青い顔で言った。だが相変わらずチェシャ猫のような笑みを崩さず言った。
「料理はその人の個人的嗜好が見える。見た目云々じゃないんだぞ、大坪。ようは味だ」
同じ料理でも全く同じ味の人間なんて存在しやしない。そう言いながら宮地が出て行った家庭科室で化学兵器DXをモノともせず食べていた。
そして高尾と緑間が寝静まった頃、3人は黒い塊のオムライスの片付けに入った。
「た、確かに…、食えなくねぇ…」
「見た目なんて人間と同じだ。見た目が良いからって性格が良いとは限らん」
「ちょっと援軍で木村呼ぶか…」
さぁ、せっかく美味しい料理を作ってくれたんだ。私も美味しい料理を作るとしよう。君達だけのご馳走を。
ソファで眠る2人を見ながら、彼女はふっと笑った。