黒バス
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宮地清志は、飽き飽きしていた。
昔から他人にはない馬鹿力を持っていた。それは最初、宮地は便利な力だと思った。根っからのおじいちゃん、おばあちゃん子だった宮地はこの力で重たい物を持つおじいちゃん、おばあちゃんを助けてあげたいと思った。しかし、そんな考えはあっという間に崩れ去った。幼い頃、友人にからかわれ冗談に聞こえなかった宮地は怒って看板の棒を握り締めた。
メキッ、ミシミシッ
そんな音がした。友人達の顔は唖然呆然、しかしそれはゆっくりと青ざめていった。宮地もそちらを見れば自分が掴んだところからねじ折れた看板。
あぁ、この力は便利な力じゃなくて化け物な力なんだ。認識はそう変わった。
その日から宮地の友人関係は彼がねじ折った看板のようにねじ曲がった。
作り物の笑顔、腫れ物扱いの人間達、陰で囁かれる本音、"化け物"と言われる自分。
そしていつの間にか宮地の周りには小中学からの友人である大坪と木村しか居なくなっていた。高校はどこでも良かったが、取り敢えず2人から離れたくなかった。
入学しても噂は要らぬ尾ひれまで付けて広がっており、宮地に近寄る者は彼ら以外居なかった。そして入学して2ヶ月ほど経ったある日。
小さな変化があった。
「…―――です、よろしくお願いします」
転校生。
それが、彼女だった。チラッと見れば誰も惹かれそうな一般からすれば"美形"な容姿だった。宮地はあぁ、腫れ物扱いする奴が増えた、それぐらいにしか思っていなかった。担任は宮地の隣を指名し彼女は宮地の隣に腰掛けた。
休み時間になれば普通なら質問ぜめになるはず。だが、彼女の場合隣が宮地だったせいもあってかそんな事はなかった。宮地は自他共に認めるほど短気だった。だからこそ宮地に下手に話しかける者は少ない。いつ宮地の地雷を踏んでキレられてしまうか分からないから。だが彼女は宮地をずっと見つめていた。
そして口を開いた。
「みっきーはずっと眉間に皺を寄せているのか?」
クラス全体が凍り付いた。宮地を某ネズミの国の主の名前で呼んだ彼女。もちろん宮地の短く細い堪忍袋の緒はあっという間に切れ机を片手で叩いて立ち上がった。机が真っ二つになるのが視界の片隅で見えた。怒鳴ろうと最大の怒りを込めて彼女を見る。いつもならおびえた人間が見えるはずだったが、彼女は違っていた。
宮地の、文字通り目の前に、シャーペンの切っ先を向けていたのだ。
しかも三日月みたいな張り付けた笑みを浮かべて。宮地は頭の片隅で幼い頃に見た不思議の国のアリスで出て来たチェシャ猫を思い出していた。
「眉間の皺、無くなったな」
ミヤジキヨシ君?
わざとらしい呼び方。再び宮地の堪忍袋の緒が切れた。
*****
「やぁみっきー、おはよう」
「今日も眉間に皺が寄ってるぞみっきー」
「みっきー、看板は見るためであって武器ではないぞ」
「みっきーはAKBが好きなのか?」
彼女は毎日毎日、例え机を投げられようが、殴られそうになろうが、追い回されようが、消火器を投げられようが宮地に声を掛けてきた。だが、彼女は傷一つ付かなかった。宮地の攻撃をいともたやすく、まるで本物の猫のようにしなやかな動きで、かわしていたからだ。
そんな日が毎日毎日続いていると不思議なことに、大坪や木村以外に宮地に声を掛ける人間が現れた。それは彼女があれだけ毎日、宮地の事を声を大にして言っていれば分かるようになる。声を掛けた人間は宮地と同じ趣味の人間だった。ほんの一言二言だけの会話だったが、宮地にとってそれは何だか少し照れくさかった。
「宮地、お前なんか最近変わったな」
「は?」
「大坪、それはない。相変わらずみっきーの眉間には皺があるぞ」
「まぁ、そうだな」
「木村、てめぇも殺すぞ」
「こら、あまり宮地をからかうな。宮地もあまり怒ってると血圧が上がるぞ」
「お前は俺の母親か」
「失敬だなぁ。からかってなんてない」
そんな日々が続いていた。今までの学校という生活の中で1番平和で学生らしい(1部分学生らしくないが)生活を送っていたある日。
声を掛けてきたクラスメイトで怖い人に頼みごとをされて断れないからちょっと付き合ってくれ、そう頼まれた。内心ではそんな頼みごとなんかする人間と付き合うなよとか、大方最後は俺に暴力で済まさせようとしてるんだろうなとか思った。だが、初めて家族やあの友人達以外が自分を必要としてくれた、そう考えると酷く浮き足が立って気付いたときには首を縦に振っていた。そして、放課後約束された場所に行くために誰も居なくなった教室を出ようとした。
目の前に彼女が立っていた。いつもと同じなのは張り付けたチェシャ猫みたいな笑み。違うのは、真面目な目。
「ダメだよ、みっきー」
そう言って宮地を通せんぼうをするように前に立つ彼女。
お前に何が分かる。俺には大坪や木村しか居なかったのに。お前は俺達以外にも知り合いや友人達がいるお前なんかに。俺もやっと出来たのに、俺なんかにもやっと出来たのに。俺の一言で、また居なくなるなんて。
まるで細い棒の上を歩いていて、1つ、1歩でも間違えばまるで孤独という名の奈落の底に墜ちてしまうような。そんな生活をこいつ以外に話しかけられてから、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも送ってきた俺に、やっと!!
薙払えばいい、こんな女で細くて脆弱な身体。俺が腕を振るえば全治何ヶ月ってケガを負わせられる。そしてその身体を超えて進めばいいじゃないか。万々歳じゃないか。いつも俺はこいつにからかわれて嫌な思いをしていたじゃないか。
「偽る友人関係は、辛い?」
胸倉を掴んでいた。
見抜かれていた。
ピエロみたいで、チェシャ猫みたいで、いつも三日月みたいな笑みを浮かべているくせに、笑顔な無表情なコイツに!
悔しくて宮地は力任せに腕を振り上げた、がそれは振り下ろされなかった。否定出来なかった、それが本当だったからだ。
大坪や木村、彼女以外と話すのは窮屈で苦しくて、確かに同じ趣味の人間と話すのは楽しかったが、楽ではなかった。
軽口など一切言えない。
必死に自分を自分で雁字搦めにして、気付いたら頼まれたら否定が出来なくなった。相手の顔色を必死に窺っていた。
「みっきー」
「くそっ…!ちくしょっ…!!殺してやる…!!お前なんか…!」
こんなの八つ当たりだ。そう考えるが口は止まらない。自分は最低だ。彼女を言い訳にして行かないのに、彼女に八つ当たりしている。だが彼女は何も言わなかった。ただただ、自分の胸倉を掴む宮地を見つめて、そのガラス玉のような目に苦しそうな表情の宮地を映し出していた。
結局、宮地は行かなかった。
翌日、宮地の信頼は失墜した。約束を破る最低野郎、結局化け物は約束を破るだけなんだ、そんな事を囁かれた。もちろん広めたのは宮地と約束したクラスメイトだった。ただし、クラスメイトは何故がボロボロだった。
宮地は言い訳しなかった。それでも大坪も木村も変わらなかった。もちろん、彼女も。
「今日も終わりだな、みっきー」
「死ね」
「今日も部活か、大坪に木村。ところで明日の1限は空白になってるが何があるんだ」
「あぁ、お前は来たばっかりだから分からないか」
「全校集会。先生達が何か言うための集会だ」
「…………へぇ」
ギラッ。
初めて、3人は見た。
彼女の目が一瞬、獰猛に輝いたのを。瞬きをすればすぐに消え去ったそれ。いつものチェシャ猫みたいな笑み、目は相変わらず無表情だが。
「楽しみだな、全校集会」
ぞっとするようなまるで、仄暗い、炎が見えた気がした。
彼女はそう言ってまたいつものように宮地をからかう。宮地もいつものように怒って彼女に殴りかかる。そんな様子を、あのクラスメイトは憎らしげに見ていた。
*****
次の日。宮地は学校を休んで祖父母に会いに行った。電車を乗り継いで着いたのはのどかで、田畑しかない村。
舗装されてない道を歩いていけば、趣のある家が転々とある。その中の一軒の前で宮地は足を止め扉を開いた。声を掛ければ優しげな、昔より少し老いた祖母と祖父がいた。3人で縁側に腰掛け、話をした。高校でのこと、友人のこと、今抱えてる悩みのこと全部。祖父はそのシワシワな手で宮地の頭を撫でた。祖母はゆっくりとした足取りでお茶菓子とお茶を持ってきてた。
「清志ちゃんは、その子に愛されてるのねえ」
祖母の言葉に危うくお茶を噴き出しそうになった。愛されてる?あのチェシャ猫みたいに人をからかうために生きてるような奴に?有り得ない、そう言おうとしたがあまりに嬉しそうに笑う2人を前に言葉が出なかった。
その後、宮地は倉庫を片付けようとしていた祖父の手伝いをした。思い返せば祖父母のためにこの忌々しい力を使ったのはこれが初めてだった。最初こそ祖父母は驚いていたが、途中からは「清志ちゃんがいると仕事が早く済むわねえ」と祖母は大絶賛だった。
帰る頃には胸がスッキリしていた。何故自分があんなにモヤモヤして居たのか分からなくなるほどに。明日は学校に行こう。相変わらず自分を悪く言う奴もいるが、まぁどうにかなるだろう。そう考えて。
そして宮地が翌日学校に来て大坪達から昨日の話を聞くと、あの時の寒気はこれだったのかと納得した。
*******
誰も目の前で何が流されているのか全く分からなかった。いつもの全校集会。長々と校長が講話し、ステージから降りた。次の瞬間、体育館が真っ暗になった。何故かおろされるスクリーン。そして、どこからかプロジェクターから映し出された映像。隠し撮りされた映像だろう、そこにはあのクラスメイトと見知らぬ明らかに怪しい人間が映し出されていた。そして流される会話。
『宮地っすか?アイツなら来ますよ』
『あんな化け物早く消えちまえば良いのに』
拳銃。
『次は大坪と木村っすかね』
『女?女なんて輪姦(まわ)せばあっちから勝手に足開くようになる』
『お前、あれ配ってきたか』
『もちろん。こんな粉が札束にいずれなるんすから!』
小さな袋に入った、白い粉。
先生達が騒ぎ出す。
映し出されたクラスメイトが「俺じゃない!」と騒ぎ出す。全校が騒然となる。全校の目が映し出されていたクラスメイトに向けられている中、木村と大坪は彼女を見た。2人は背が高いため並ばせると1番後ろに固まるため彼女の背中しか見えなかった。彼女の背中は震えていた。そしてゆっくりと丸くなった。まるで腹を抱えるかのように。
混沌。
混沌。
「ふふっ、はははっ…!」
笑い、声。
もしあの時、宮地があそこに行っていたらあの拳銃の餌食になって、大坪や木村も餌食になって、彼女も最悪の未来が待っていた。2人は理解した。
彼女は全部、知っていたのだ、と。
あのクラスメイトがそういう人間に通じていたことも。あの日クラスメイトが宮地をハメる気だったことも。薬物をあのクラスメイトが売りさばいていたことも。
『え、おま、』
ゴキッ。
画面が真っ暗くなると同時に鈍い音が響いた。微かに「ひっ」と誰かが喉を引き釣らす音が聞こえた。あのクラスメイトが彼女を憎らしげに見た。そしてアイツが悪いんだ、と彼女を指さしながら高らかに言った。生徒達はまるでおかしなモノを見るようにクラスメイトを見ていた。当然だ。画面に映った悪役は自分なのに、その悪役が証拠もなく俺よりもアイツの方が悪いんだ、と言ったようなものなのだから。
あのクラスメイトは先生に連れられてどこかに行ってしまった。
クツクツと笑う彼女は全校集会から抜け出し屋上に行った。それを慌てて2人は追いかける。
「おいっ…!なんであんな事、」
そう聞けば彼女は足を止めた。2人には彼女の背中しか見えないが、先ほどの震えはないようだ。その代わり冷たいぐらいの何かをまとっていた。ゆっくりと振り返った。その顔にはあのチェシャ猫のようないつもの笑みは消え、その代わり表情筋を失ってしまったかのような無表情が彼女の顔に張り付いていた。
「使えない奴だから」
せっかく薬の事とか、ヤクザグループの事とか、あの男達の事を教えたのに。頭が足りなかった奴みたいだな、もう少し酷く追い込んでくるかと思えば、薬?レイプ?拳銃?そんな物で脅せば?バカじゃないか?
……何だか勘違いしているみたいだから言わせてもらうが私は別にマゾヒストじゃない。しいていうなら人がああやって練った計画を丸潰れにするのが好きなんだ。自分が手を掛けたものなら尚更。まるで自分の手で他者が時間をかけて懸命に並べたドミノを倒したようで楽しいな。まぁ、大坪や木村を巻き込むとは思わなかったが。
さて、話が逸れたみたいだから戻すが結局頭が足りない奴に情報を提供しても今回程度か。私はもっと、計画が潰されて首を吊って死にたくなるぐらいの計画も立てられないとはな。楽しいと思わないか、他人が自分に必死こいて酷い目に遭わせようとしているのをかわしていくことも、計画を全部全部全部丸潰れにされて嘆いて絶望している姿を見るのは。まるで奈落の底に突き落としたみたいで楽しいな。それに、よく言うだろう。
他人の不幸、密の味って。
だから、私をお前達はそんな目で見る資格はないんだぞ。お前達だって密を啜ったんだからな。だってそうだろう?私が計画を丸潰しにして、あの人間を不幸にしたから今、2人はこうやって普通に朝起きて、食事をして、学校に来れてバスケをしたりしているんだからな。まぁ、みっきーもだ。だから3人は私と一種の共犯。別に他人に言っても構わない。ただ、その時は色々と覚悟してからした方が良い。
そう言って彼女はその日、帰って行った。その話を聞いた宮地は青筋を立て、ちょうど登校してきた彼女を追いかけ始めた。だが、大坪は彼女を恨んでいない。むしろこう思った。
不器用な寂しがり屋。
共犯、なんて言い方は悪いが言い方を変えれば"仲間"ととれなくもない。実際、彼女は全て分かっていたのなら自分達を更に貶める方法だって彼女なら考えられたはずだ。だというのに、彼女は自分達を助けて、共犯だと言った。
まるで、自分から逃げないでと言わんばかりに。彼女という優しい檻に閉じ込めるかのような。
「みっきーは朝から元気だなぁ、栄養剤でも飲んできたのか?」
「死ね、マジ死ねぇっ!」
いつもの命がけの鬼ごっこを眺めながら、大坪はふっと笑った。