黒バス
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女は後ろをチラチラ振り返りながら真っ暗な廃屋を駆け抜けていく。その顔には恐怖が張り付いている。必死に出入り口を探すが扉は女を拒むように開くことなく固く閉ざしている。先ほどまで一緒にいた仲間とは、離れ離れになってしまった。無事を祈りながら必死に廃屋を駆け抜ける。
チカチカと蛍光灯が点滅している。そこまで来て女は灯りがあることに安心して駆け抜けていた足を緩め膝に手を当てて息を整える。そして女は身体ごと来た道を振り返る。ほの暗い闇が薄気味悪く、更に女の中の緊張感や恐怖感をあおった。女の横顔が映される。まさに恐怖で今にも悲鳴を上げてしまいそうな顔。そして、女は気付かない。女の背後の天井を這いずりながら近付いてくる長い黒髪の、目がぽっかりと空いた女。
その気配に漸く気付いたのか女はバッと振り返る、がそこに先ほどの女の姿はない。すると駆け抜けてきた方から仲間の自分の呼ぶ声が聞こえた。声からしてだいぶ近くまで来ているらしい。ほっと安心してゆっくり振り返ると、目の前には天井を這いずりながら近付いていたはずの女が立っていた。女の目はその黒く長いボサボサの髪に隠れて見えない、が笑みに歪んだ口元だけはハッキリと見えていた。女は目を大きく見開き、悲鳴を上げてまた駆け出した。また全力で逃げ出し、た筈だった。脚を何かに掴まれた気がした。だが脚を見ても、そこには何もない。慌てて振り返るがそこに女はいない。そして女は強く脚を引かれてバタンッと倒れてしまうと、見えない何かが女を今まで逃げてきた道を引きずっていく。そして逃げ出したあの部屋から伸びて手招きする、腐った手。
女の悲鳴が廃屋中に響き渡り、女が部屋の中に引きずり込まれていくとその声は若干の余韻を残して、消えていった。
…………、というホラー映画を宮地と緑間、高尾は見ていた。
今日は彼女が数日間の仕事から帰ってくる日。それまで大坪に預けられていた2人だったが、丁度そこに宮地が来て何故か先日放送していたホラー映画の鑑賞をする事になった。
去年の夏の頃、怖くて人気だったホラー映画か。なるほどな、カメラワークとか、特殊メイクも上手いし、役者も悪くねえ。
なんて思いながら両脇を見ると緑間と高尾が青ざめながら宮地に引っ付いていた。普段は達観している事がある2人だが、こういう姿を見ると年齢相応の子供に見える。緑間なんてこの間バスケットのプレイスタイルで宮地と口論をしていたのに、今なんて涙を溜めながら好奇心に負けホラー映画を見続けている。
すると扉が開く音。その音にさえ2人は過敏に反応してビクッと震えた。振り返れば大坪と木村、仕事が終わったのか彼女がいた。宮地の眉間に皺が寄る。そんな宮地を無視して、彼女は3人を見て大坪を見た。
「大坪、浮気されてるぞ」
「殺すぞ」
「ミッキー、ショタコンだったのか」
「木村!パイナップル!」
「悪いな。今の季節は林檎だ」
「ねーちゃん!」
「おかえり、なのだよ」
2人はそう言ってパッと宮地から離れると彼女に飛びついた。彼女は2人の頭を撫でると、大坪に何か言って帰って行った。大坪は3人を見送りに行く、が木村はニマリと笑うと宮地を見た。
「ちょっとは素直になれよ」
「ははー、木村んちの軽トラでお前轢いてやるよ」
******
彼女の手料理を食べ、風呂に入り、勉強をして、録画したNBAの試合を見て、2人は布団に入った。が眠くない。しかも、昼間に見たあのホラー映画が瞼の裏に張り付いたように目を閉じた途端浮かぶ。
どうしよう。
明日も普通に学校がある。眠れなくて遅刻したり、勉強に支障が出たら。それこそ彼女に迷惑が掛かってしまう。2人は必死に寝ようと瞼を閉じる。だがそのたびにあの天井を這いずりながら近付いていたあの女が、もしかしたら今、自分達の上にいるんじゃないか、と思ってしまう。
お、おばけなんているわけないのだよ。そうだ、おばけなんてただの空想や幻覚であって、いるわけないのだよ。……ないのだよ。だけど…。
緑色の目は忙しなく天井のあちこちを見て異変がないか確認する。怖くない、あんなもの空想だ、自分にそう言い聞かせるがこびりついた恐怖感は拭えない。
それはもちろん高尾も同じだ。他人より視野が広い高尾は変なものが見えてしまわないか、不安と恐怖でビクビクしていた。
だ、大丈夫だよな…。今はなんも、いないし。隣には真ちゃんだけだし、へ、変なのいないし…。そ、それにおばけなんて、この間のテレビで"ひかがくてきそんざい"って言われてたし…!居るわけない…、でも…。
怖いものは怖いのだ。
高尾はギュッと唇を噛み締めて彼女を思い浮かべた。そして彼女が言っていた「寂しい時はいつでも隣の私の部屋に飛び込んで来て良いから」という言葉も。今は正にその時。だが、大坪から聞いた話だが彼女はこの数日間の仕事の間、殆ど眠っていない。そんな疲れているところに自分達が行って邪魔にならないだろうか。せっかく今日で仕事が終わってゆっくり出来るのに、自分達が部屋に行って休むことの邪魔にならないだろうか、不安に思う。
ら。
彼女はこの数日間、ほぼ不眠不休で働いてきて、今日やっと仕事が終わって身体や心を休めるべき時に自分達が、ただの好奇心で見たホラー映画で今眠れないから部屋に来て。
彼女の疲れを倍増させたり、邪魔になったりしないだろうか。
2人は、それが恐ろしくて仕方がない。
先日、自分達のペースで甘えていこうと誓ったばかりだが、この"甘え"は彼女の邪魔にならない"甘え"なのだろうか。もし彼女の邪魔になる"甘え"だったら、そう考えるとおばけよりもずっと怖くて悲しくて、恐ろしい。もし彼女に邪魔だと言われたら、鬱陶しいと言われたら。
そんな事が長い時間ぐるぐると頭の中を駆け巡る。そして身体に変兆が起きた。
トイレ、行きたい。
1人で個室にこもりたくなくて、今日は風呂も2人で入った。そして、寝る前トイレは怖くて行かなかった。そのツケが今来たらしい。尿意と恐怖感の狭間に立たされた2人は顔を見合わせた。
小学生にもなって、お漏らし…。
そんなレッテル貼られたくないし、プライドが許さなかった。それに彼女がせっかく買ってくれた布団を汚したくない。恐怖を押し殺し、2人で恐る恐る部屋から出た。意外にも廊下は真っ暗ではなく、うっすらと明るかった。原因はリビングから漏れる明かり。明かりがある内にと2人は慌ててトイレを済ます。そして部屋に戻ろうとしたが、リビングの明かりがまだ点いていた。彼女がまだ何かしているのだろうか、と思いリビングを覗きこむとソファで横になっている彼女が見えた。腕を顔に乗せ寝顔は見えないが、規則的に動く胸からどうやら眠っているらしい。
恐怖感が崩れるのを感じた。2人は足音を立てないように近付くと、彼女の腹や胸に飛びついた。ぐぇ、なんて声が聞こえた。
「……どうした?」
腕を退かして彼女が2人を見るが、2人は彼女の匂いに安心したのか顔を一切上げない。時計を見ればもう真夜中、丑刻の時間。いつもなら仕事してる時間だな、なんて思いながらさてどうしたものかなんて考える。そして2人を大坪から引き取った時にチラッと見えたホラー映画を思い出した。
「寝るか…」
そう言って腹の上にいる2人を引っ剥がし、両脇に抱えると明かりを消して自分の部屋に入って、2人を抱えるようにして横になった。見れば既に2人は夢の中。取り敢えず、携帯で写メを撮ってミッキーに自慢するかなんて思いながら彼女も瞼を閉じた。