黒バス
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高尾和成と緑間真太郎を引き取った彼女は情報屋という自営業だ。自分の時間というものを自分の判断で作れる代償として、自分1人で全てをしなくてはいけないため、時間を裂くことが困難だ。
高尾と緑間は、それを重々承知していた。
「何かあったら絶対言うんだぞ。例えば学校の事とか、ストーカーとか、痴漢とか、ペドフィリ」
などと無表情でドエラい事を言っていたが、真夜中尿意で目が覚めてリビングを見れば煌々と点く灯りのもとで何やら書類をまとめたり何かを調べていた。それだけではない。何日間か仕事で戻らないから、と言って彼女の友人である大坪に預けられたこともある。
そんな姿を見れば、遠縁をたらい回しにされた2人は言いたいことを言えなくなってしまった。
例えば、2人が鞄の中のクリアファイルに入れたままのプリント。
「すまないな、大坪」
「気にするな」
大坪の住むマンションに預けられた2人は慣れたようにリビングに居たが2人の声を聞いて、こっそりと玄関を覗き見た。
大坪は2人のバスケの先生である。彼女はミニバスなどに入れたかったが、お金がかかるということで2人が拒否したのだ。その代わり、バスケ経験がある大坪が毎日ストリートバスケで2人の練習を見ている。そのため大坪の部屋に来ることはよくあるし、彼女をそれを考えて大坪に2人を預けたのだ。
欲しい物や、暖かい居場所までもらえたのに、自分達のせいで彼女の仕事の時間を奪うなど出来やしない。キュッと唇を噛み締めて緑間は手に持っていたプリントを握った。
「真太郎、和成。良い子にしているんだぞ」
声。
見れば、彼女がこちらに声をかけていた。盗み見ていたのがバレてる。2人は慌てて扉を閉める。彼女は大坪となにやら話をすると出て行ったのが聞こえた。2人は顔を見合わせ、プリントに顔を落とした。
授業参観のお知らせ、と書かれたプリントだった。
そしてそれの開催日はもう数日後に迫っていた。
言えるわけがない。この身に着けてる服だって、さっき食べたパスタだって、お菓子だって全部彼女が働いて稼いだお金で買ったものなのだ。自分達は彼女の重荷でしかないのだ。
学校であったことや友達と遊んだこと、バスケの事など話していつも嬉しそうに良かったな、と言ってくれた彼女。そんな彼女の枷にこれ以上なりたくなかった。きっと言えば今回の仕事だって蹴ってまで見に来るに違いない。ダメだ、そんな事ダメだ。
だが、それでも2人は彼女に来て欲しかった。友達の親が来るからとか、ではなく彼女のおかげでこうやって真面目に勉強出来て先生からの問題に答えられているんだ、と知って欲しかった。
高尾は鞄から同じように授業参観の紙を出すと緑間と一緒にゴミ箱に捨てた。本当はシュレッターにかけたかったが、バスケの先生である大坪の家を探し漁るのは気が引けた。寂しそうに捨てられた授業参観のお知らせの紙を2人は振り返る事はなかった。
******
それから数日後の授業参観の日。給食を食べ終えて、生徒達は何やら興奮していた。親が学校に来るそれだけで、酷く浮き足が立っていた。
「お母さん、新しくスーツ買ったんだ!」
「僕のお母さんも!」
「私はお父さんが来るの」
「お前んちの母さん美人だもんなぁ」
「高尾くんと緑間くんちは?」
授業参観前の休み時間。皆が親を自慢する。口こそ親に対し呆れや自虐的なことを言っているが、それでも顔は嬉しそうだ。2人は酷く居心地が悪かった。自分達の本当の両親は亡くなっている。そして今、一緒に住んでいる彼女は仕事中で来れやしない。まるで仲間外れにされてしまったようだった。悲しさと悔しさ、そして若干の怒り。自分達はまず彼らと境遇が違うのだ。
声を大にして叫んで喚き散らしたい。
遠縁にたらい回しにされたことがあるのか。
まともに食事をもらえないことがあるか。
大人達の顔色を見て怯えながら生活したことがあるのか。
自分達は重荷なのにやっと受け入れてくれた人の時間を簡単に奪えるのか。
…、言えるわけ、ない。
高尾はゆっくり深呼吸して、いつもの笑顔を浮かべてのらりくらりとかわした。隣を見れば、緑間はギュッと痛々しげに唇を噛み締めてまるで何かに耐えているようだった。
同じだよ、真ちゃん。俺だって喚き散らしたいけど、分かってくれない奴らなんて放っとこう。今日は姉ちゃんが帰ってくる日だから、早く帰って姉ちゃんを出迎えよう。そしていつもみたいに姉ちゃんと話をしよう。今日あったことや預けられてからのこと話そう。きっとそうしたら、こんな真っ黒で気持ち悪くてイライラしたのも無くなるから。
自分にそう言い聞かせながら、高尾は必死に感情を殺した。そして授業時間が着々と近付いてくるとスーツを着た保護者達が教室に入ってくる。2人は一足早く席に着いていた。
いつもの授業なのだよ。ただ今日は傍観者がいるだけ。なにも、何一つ変わらないのだよ。あいつらとは違う。早くこんな授業終わればいい。そうしたらアイツが帰ってきて、いつもみたいに過ごせる。今日あったことや預けられてからのこと話そう。きっとそうしたら、こんな真っ黒で気持ち悪くてイライラしたのも無くなるのだよ。
時計の長針が授業時間を指し示す。教師が入ってきて、授業が始まった。チラチラと後ろを見る生徒達。教師は生徒達を指名しながら授業を進めていく。いつもならもっと早く終わるはずの授業が異常な程、遅く感じた。後ろでは遅く来たのか扉が開いたり閉じたりする音が聞こえる。
「じゃあ、この問題を…緑間くん。やってみて」
黒板に書かれた問題。普段から予習復習を怠らない緑間からしたらとても簡単な問題だった。緑間は席を立ち、前に出る。すると生徒たちがざわめき始めた。
またか、そう思うと緑間は酷く高尾以外のクラスメイトを軽蔑した。親を見たりしてざわめくなんて愚の極みなのだよ、なんて小学生らしからぬ事を思いながら。チョークを手に取り、問題の解を書いていく。時計を盗み見ればあと15分ほどで授業が終わる。まだそんなにあるのか、そう思うと気が重くて仕方がなかった。解を書き終えて教師が「正解です、よくできましたね」なんて褒める。そんな言葉さえ、今の緑間には酷く薄っぺらく聞こえていた。そして席に戻るために振り返った。
見覚えのある髪と、顔が他のクラスメイトの親の間に見えて緑間は目を見開いた。
珍しくスーツを着た彼女がいた。
スーツを着ても彼女は他の親に比べとても若く見え、何だか浮いて見えた。
何故いる?!
なんてツッコミをするよりも先に違う感情が浮かんだ。
嬉しい。
彼女は口パクで「よくできました」と言った。緑間は酷く照れくさくなって足早に席に戻る。教師に褒められたよりもずっと嬉しくて照れくさかった。高尾も彼女に気付いたのか酷く嬉しそうな表情で教師にかけられた問題を解いていた。
授業が終わって親達は自分の子達と帰るために待っていた。かく言う彼女も生徒玄関で待っていた。2人は「あの女の人知り合い?」、「2人の母ちゃん若ぇ!」、「お姉さんでしょ?」などといった問いかけをかわして彼女の元に駆けていった。
「おかえ」
「「何でいる!?」」
感情を殺して2人は怒ったようにそう言うと彼女はキョトンとして、仕事が終わったから、と何事も無げに答える。実を言うと彼女が授業参観の存在を知ったのは2人を大坪に預けた日の夜だった。大坪からの留守電が入っていた。
「今、宮地が気付いたんだが。俺の家のゴミ箱に授業参観の紙が捨ててあった」
「もしかしたら2人が捨てたかもしれん。一応聞くが」
「参加しないのか?」
授業参観。その存在を知らなかった彼女は酷く驚いた。学校内でのことはちゃんと報告するように言っておいたが。
その留守電を聞いて即行折り返し電話をした。
「参加するに決まってるだろう。日付と時間を教えてくれ」
というわけで仕事を大急ぎで終わらせ今に至ったわけだ。更に参加の有無を書いたプリントは大坪が彼女に頼まれ2人に内緒でファックスで学校に送っていた。
「もっと早くに着いていたんだが、学年は分かっていたがクラスが分からなくてな。端から端まで回ったんだ」
「そうじゃなくて!」
「何で来たのだよ!」
2人は彼女を責める。すると彼女はすぅ…と目を細めて2人と視線を合わせた。その目には怒りが浮かんでいて、2人はビクッと身体を震わせた。そして彼女がゆっくりと手を持ち上げる。
叩かれる。
2人はギュッと反射的に目を瞑った。
ポンッと頭の上に乗せられたぬくもり。
「同じ時間を共有したかったから、かな」
彼女はそう答えた。
いつもいつも、2人はその日に何があったのか一生懸命教えてくれた。だがそれでも2人が楽しんだり、学んだりした時間を共有したわけではない。だから私は同じ時間を同じ空間で共有したかった。
私にはそんな人居なかったから、2人にはそんな思いして欲しくなかった。
2人は恐る恐る目を開けると、相変わらず無表情なのに目が優しい彼女が居た。
「それと、私は言ったはずだ。学校内でのことはちゃんと報告するようにと」
「ぅ………」
「今度はちゃんと言うように、な」
そう言って2人の頭をグリグリと撫でると彼女は2人の手を引いた。暖かい、母のような優しい手。
「帰るか」
そう言われて2人は泣きそうになった。自分はこの人のちゃんと家族なんだ、そう考えただけで涙腺が緩みそうになる。言わなかったのは確かに彼女を気遣ったから、だがそれに酷く罪悪感を感じた。彼女はもう自分達を家族だと言ってくれていたのに。自分達は彼女を信じていなかったんだ。
「姉ちゃん」
「何だ?」
「きょ、今日さ…」
高尾はそう言って繋いだ手を強く握った。
「辛いの、食いたいな」
そう言うと彼女は目を見開いて、和成の好物だしなと言って分かった、と言った。ゆっくり自分達のペースで甘えていこう。2人は胸に誓った。