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トントントン。
包丁の音。
そしてかすかに香る醤油と出汁の香り。
トタトタという軽い足音。これはきっとヒマリの足音だろう。
対象的に聞こえる足音はきっと…。
ゆっくりと瞼を開ける。見覚えのある天井。俺の住んでるアパートの天井。
カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいて、もう日が出ているような時間なことが分かる。時計を見るとすっかり寝過ごしたのが分かって慌てて起き上がるとズキンっと身体に痛みが走った。
何故痛む?
というか俺は何故寝ている?
昨日は大晦日、吸血鬼退治人で年末に浮かれる吸血鬼達を退治していた筈じゃ。
もしかしてその後のナンパで気絶するぐらい酒飲んだのだろうか?それかちょっと気を持たせていた子にバレて殴られた?
………どちらもありえそうで決め切れん…。
「あ、起きたね」
カラッと戸が開くとそこにはエプロン姿のメイデンがいて、俺の姿を見るとそう言った。
メイデンは吸血鬼退治人専門で治療する人間だ。元々は病院だかVRCだかにいた人間らしいが新横浜吸血鬼退治人組合のマスターであるゴウセツが雇ってよくギルドに常駐してる。
ってかちょっと待て。
「あけましておめでとう。お雑煮あるけど、餅は何個食べる?」
「何で俺の部屋にいるんじゃ」
俺達は付き合ってない。
あくまで仕事仲間だ。ましてや部屋に上げるような仲でもない。
訝しげに俺がそう言うと、あぁやっぱり…と言わんばかりの表情をするとメイデンは溜息を吐いて、昨夜何があったのか教えてくれた。
昨夜、年末で浮かれポンチになっていた吸血鬼達を退治した後、俺は吸血鬼退治人達の打ち上げに参加。そこまでは良かったが、退治しそこなった吸血鬼の一体が仇討ちにやって来た。
その吸血鬼の名は、
「"最初に見た奴にべた惚れしてベタベタに絡んでこっ酷くフラれる"」
「舐め腐っとるんかその吸血鬼」
その吸血鬼の能力を食らった俺は最初に見てしまったメイデンにべた惚れして、吸血鬼を退治したが能力は持続するようでベタベタに絡んで部屋まで連れ帰ったようだ。そして、
「マスターに持たせてもらった度数の高い酒でヒヨシ君を潰したってわけ」
それでも何本も空けたけどね、と言いながらメイデンは台所を見る。それにつられて見てみるとゴミ袋に入った酒瓶が大量にあった。あれだけ飲めばそりゃあ潰れるわ。ってことはこの頭の痛さは二日酔いか。
「ヒマリとヒデオは?」
「初詣に出掛けてる。更に言えば昨日のあの状態を見てるから完全に私が恋人だって勘違いしてる」
メイデンは頭を抱えるようにそう言った。
まさか、吸血鬼の能力で…とはいえ同僚を口説くとは…。俺のバカ野郎。
「すまん…」
「まぁ、取り敢えずお雑煮作ったから。餅は何個食べる?」
「まずは二個じゃな」
「分かった」
ってか待てよ。
確か、雑煮の材料なんてうちにあったか?
「ヒヨシ君を潰したし、帰ろうかと思ったらヒヨシ君の弟妹ちゃん達が兄ちゃんの恋人ですか?とか、お構い出来なくてごめんなさいとか、言ってきてさ、」
ホントに良い子達だね、と言いながら餅をグリルで焼いていく。
「お正月だし、食べたい物ある?って聞いたらお雑煮食べたいって」
だからうちで作っておいたお雑煮の具を鍋ごと持ってきたってわけ、とメイデンは言葉を続けた。
「………お前ぁ、俺のこと嫌いじゃにゃあか…?」
仕事で関わるこいつはクールだった。ゴウセツやヴァモネとは笑顔で関わっているのに。それが無性に腹立たしく、悔しかった。だから、俺のこと嫌いじゃと思っていた。
「嫌いじゃないよ」
プクリと膨らんだ餅を確認すると、お椀に二つ餅を入れ雑煮の具を盛る。湯気が上がっているそれは温かくて、美味しそうだ。
「ただ、ヒヨシ君。懐にいれる人間を選んでるから。無理にその懐に入る必要はないかなと思って」
そう言ってメイデンはテーブルにお椀を乗せる。
他の人の手料理なんて、何年ぶりじゃろう。脳裏を掠めたのはもう居ない両親。自嘲気味な笑いが少し漏れた。布団から出てテーブルにつくと、雑煮の良い香りがした。雑煮なんて生きて来てあまり食べたことないのに、懐かしい感じがした。
「あ、そうそう」
そう言ってメイデンは俺の向かいに座ると、穏やかに笑いながら肘づえをして俺を見た。
「誕生日おめでとう」
兄ちゃん!誕生日おめでとう!
おめ。
ヒマリやヒデオ以外にそう言ってもらったのは何年ぶりだろう。二日酔いのせいなのか、歳をとったせいなのか涙腺が緩むのを感じた。それを隠すように勢いよく雑煮を食べる。そんな俺を見て、満足そうに笑うとメイデンは立ち上がってコートを着た。
「弟妹ちゃん達にお金渡してあるから、ケーキ買ってきてくれると思うよ」
「…帰るのか?」
そう言うとコイツはフッと笑った。
「さっきまでは治療の必要だったレッドバレッド、でもここからは元気に家族で過ごすヒヨシ君、でしょ?それに、家族で過ごす時間に割り込むほど、不躾じゃないよ」
ケーキ代は誕生日プレゼントということで、と言ってカバンを持って玄関に向かう。俺は慌ててお椀を置いて追い掛けた。
「じゃあ、またギルドで」
そう言って玄関の扉を開けたメイデン。外の光は少し眩しくて、まるでコイツが光の中に入っていくようで。
俺は咄嗟に腕を掴んでいた。
俺の中の何かか鐘を鳴らす。
引き留めろ。
逃がすな。
―他の男なんかに、くれてやるな。
「ヒヨシ君…?」
「、あー…」
いつもは平然に出てくる口説き文句が、この時は出て来なくて、でもどうにかして引き留めなきゃいけない気がして。
結局、俺はこの時コイツを引き留めることは出来なかった。
だけど、次にコイツと会ったら口説こうと心に決めていた。
