黒バス
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日はお盆。目には見えないが亡くなったご先祖を迎えに行く日でもある。それはいつもなら全く気にしない日でもあったが、緑間と高尾が両親の墓参りに行きたいと言ったので、彼女は二人を連れてあの墓地へと来ていた。2人は各々家の墓の前で手を合わせて、何かを話しているようだ。その間彼女は少し離れた場所で2人のそんな姿を眺めていたが、しばらくして昼間と夕方の合間の独特の紫色の空を見上げて全く反対側を見た。そこでは立派な服を着た男性が墓に一生懸命に祈っているのが見えた。
彼女はとある金持ちの父とその父の愛人の子だった。
だが父親には正室がおり、愛人の子など引き取ってもらえるはずもなく愛人である母が(父親からこっそり資金援助を受けていたらしいが)女手一つで育てることになった。しかし愛人は何か働けるような免許を持っているわけでも、何かに優れているわけでもなかった。そのため愛人は風俗などの水商売で稼ぐしかできなかった。
酒のにおい。
女の香水の匂い。
化粧品の匂い。
彼女はそんな母親の姿を見て育った。いつも化けたように化粧をして母親は仕事に行き、自分のいない間に帰ってきては自分が寝静まったような頃に仕事に行く。見返りなどない、自分の子供のために。母親は最初そう思いながら必死に働いていたが、大きくなって行くに連れて掛かっていく金に立ち行かなくなってくるといつの間にか思ってもいないような事を彼女に吐きつけていた。
「何であんたなんか生まれてきたのよ」
「私が今どんな思いで働いているかなんてわからないでしょ」
彼女は、最初は幼く何故母親が怒っているのか分からなく、自分が悪いのかと思い母親に少しでも笑ってほしくて笑顔の母親の絵をかいて渡したり、花を摘んできては渡したりした。一般の母親ならそれを喜んだりしただろう。だが彼女の母親にとってそれはまるでもっと働けと言われているようでとても耐えられるわけがなかった。
そしてある日、母親は彼女を叩いてしまった。勿論彼女はなぜ叩かれたのか分からなかった。摘んできた花を渡して、いつもありがとうと伝えただけだった。いつもなら母親は少しこけた顔に張り付けたような笑顔を浮かべありがとうね、と言ってくれる筈だった。ヒリヒリとした痛みが脳に届くころには涙が浮かんできた。悲しかったわけではない。驚いたのだ。たったそれだけなのに、涙が止まらなかった。母親も最初は何て事をしてしまったんだと思った。
しかし。
私は悪くない。
この子がいるのが悪い。
いつも私のご機嫌伺いのように顔を見てくるこの子が。
私の機嫌が悪いのを分からないこの子が。
全部この子が悪いんだ!!
涙を浮かべ、未だに現実を受け入れられていない彼女に追い打ちをかけるように母親は更に暴力を振るった。
「お母さん、ごめんなさい・・・。ごめんなさ、」
「私は悪くない!あんたが全部悪いのよ!!」
彼女は叩かれるたび、暴力を振るわれるたび謝った。謝りながら、いつか自分をあの優しい笑顔で見てくれた母親に戻ってくれるのではと必死に願いながら。だがそんな願い虚しく暴力はエスカレートしていった。するとその音を聞き付けた隣人が市役所の方に連絡した。そこで市役所は彼女に虐待が行われている、と判断したが彼女は母親と離れたがらなかった。
いつか、暴力を振るっていてもそれでもいつか、自分を見てくれるのでは。愛してくれるのではないかと信じていたからだ。
そして、母親は自殺した。彼女の目の前で。理由としては金の問題もあったかもしれないが、母親自身もうこれ以上彼女への暴力と虐待というものへの罪悪感との板挟みに耐えきれなかったからだ。母親は彼女を連れてアパートの屋上にやって来ると、柵を乗り越え駆け寄ってこようとする彼女を言葉で留め、そして飛び降りる寸前一度だけ振り返った。
「おかあさん、危ない。お母さ」
「あんたなんか、」
生まれてこなきゃよかったのに。
そう言い残し母親は飛び降りた。グシャッと嫌な音が聞こえた。彼女は慌てて柵に駆け寄って下を見る。母親の頭から血が溢れ見る見るうちに血だまりを作っていっていた。あぁ、自分は母親に愛されていなかったのか、自分は要らない存在だったのか、自分には最初から誰も味方なんていなかったんだ。ペタリとその場に座り込む。遠くからサイレンの音が聞こえてくる、どうやら誰かが警察に通報したらしい。そんな中彼女は1度だけ空を見上げた、オレンジ色の憎らしいほどの美しい空。涙は出てこなかった。母親は最後まで彼女の生を否定し続けた。その現実は彼女の感情を壊すには十分すぎるほどだった。
葬儀が粛々と行われ、彼女は母親の墓さえ見るのを許されなかった。母親の両親が彼女の葬儀の参加を拒否したのだ。
彼女はその後、金持ちだった父親に引き取られた。今まで見たこともないほど大きな家に、彼女は最初場違いな気もしたが雨風を凌げるのならと思い、大きな門を潜った。だがそこでも彼女は父親の正室に虐待を受けていた。父親もそんな彼女の姿を見たことはあったが助けたり、言葉で諫めたりなどせず我関せずといった姿を貫いていた。
仕方ない、父さんにはちゃんとした奥さんがいるのにあの人との間に私が生まれてしまったから、でもなんで奥さんには子供がいないんだろう。
殴られ、罵られ、叩かれながら彼女はそんなことを思っていた。ある日、叩かれて身体が支えきれず吹っ飛びバタッと倒れるとちょうど父親がこちらを見ていた。チラリと視線を向けるとバチリッと視線が絡み合ったが父親は気まずそうに視線を逸らしただけだった。
あぁ父さんは味方じゃない。傍観者なのか。じゃあ私の味方は本当に誰もいないのか。
彼女はそう思い、再び頬を引っ叩かれた。のちに彼女は調べて分かったことだったが、正室は子供が出来にくい体でそのため子供が出来なかったのだ。そこで愛人とはいえ自分より先に子供をなした母親と彼女を酷く憎んでいたのだ。プライドの高い女性だったのだろうと彼女は思っている。
金切声のような、ヒステリックのような声にうるさいな、と思ったがそんなこと言ったら面倒くさいなと思い取り敢えず黙っていることにした。一応彼女は小学校にも行っていたため流石に青痣を作って登校してくる彼女を見て、担任も虐待をされていると思い面談をした。が、そこで父親が黙っていて欲しいと担任に金を握らせ揉み消したのだ。
そして高学年に上がり、暴力にも慣れ、実はもう避けられるほどになっていた彼女はそれでも殴られ、罵られ、叩かれていた。理由など簡単だった。観察のためである。人の怒りの感情、悲しみの感情、喜びの感情を彼女は観察していたのだ。
それにしばらくして気づいたのは父親だった。そして、中学に上がる前のある雨の日の事。
正室に子供が宿った。
それを理由に、父親は自室に彼女を呼ぶと札束を一つと、少ない彼女の私服やらを詰めた鞄を持たせる。そして彼女の腕を掴んで無理矢理雨の中、家から追い出すと、初めて彼女と目を合わせながら話した。
「幾らか入れた。あとは好きなところへ行って、好きなように野垂れ死ね」
門の外に弾き出されるように追い出された彼女は雨の中、頬を掻いて1度だけ空を見上げた。母親を亡くしたあの時とは違い、重たそうな灰色の空があった。まるで捨てられた彼女の代わりに空が大泣きしているようだった。彼女は一回鼻で笑うと立ち上がった。
意外だったな。父さんは傍観者だったからこうしてこないと思っていたがやっぱり奥さんとの子供が大事だという事か。それもそうか、私は所詮愛人の子だから。誰も味方もいない、助けてもくれない。あの頃から誰も。
見る見るうちに濡れ鼠のようにビショビショになっていく彼女は取り敢えず雨、風を凌げる場所を見つけようと思い歩を進めようとするとちょうど門から誰かでてくるのが見えた。見覚えがある男だった。何度か屋敷に来ては金を貸してくれと言っていた遠い遠い遠縁の男だっただろうか。男はチラッと彼女を見ると舌打ちをして通り過ぎようとする。
暴力にも罵りにも慣れた。大丈夫。父さんの言う通りなんてならない。死ねだと。くそくらえ。どうせ私が野垂れ死ぬのを待っているんだろう。そんな計画ぶち壊してやる。私はアンタなんかよりも生き抜いてやる。
彼女は札束から数枚金を引っ掴むと男に見せた。男は目の色を変え、彼女の金に飛びつこうとした。よほど金に困っているのだろう。
「私を少し預かって。名前も貸して」
男は2つ返事で了解した。
そして彼女は一時的ではあるが遠縁の叔父さんという男の部屋に厄介になった。この男もパチンコや煙草をしている男で殆ど働かず金がなくなればすぐに彼女にたかりに来た。彼女はすぐに安い部屋を見つけ叔父さんという男の部屋からすぐに居なくなった。
金はすぐに無くならなかったが、彼女は様々な情報を見て聞いて集め、小遣い稼ぎ程度だが情報屋みたいな事を始めていた。今まで養っていた観察眼に、天性である運動能力は情報を集めるのに適していた。怪我を負う事もあったが、それでも情報屋みたいな事を止めることはなかった。
それから2、3年後。
様々な情報をまとめていたある日。ある訃報を目にした。父親の訃報だった。だが彼女の元に葬儀の手紙も一切来ることはなかった。まぁ、絶縁状態だったために仕方がないと思い、最近手にしたばかりのパソコンで調べた。
彼女が追いだされてから、正室は子供を宿していたが結局流産してしまった。その後事業が失敗に続き、不摂生のためか病気をして、その病気が悪化し亡くなった。絵に描いたような不幸な話だ。気付いたらあの屋敷の前の門の前に来ていた。だがあの時の華やかな屋敷ではなく目の前にあるのは廃墟と化した建物。事業が失敗に続いたとあったため屋敷を手放したのだろう。
すぐに墓の位置を調べだし、向かってみると正室が花を供えているのが見えた。正室も彼女に気付いたのか、キッと睨むようにあの時向けていた憎悪に塗れた視線を向けてきた。だが今の彼女からしたらどこ吹く風のように無視をして墓の前にやって来るとしゃがみ込んだ。
そして。
「ふふっ」
笑った。
あぁ、野垂れ死ねと言ったあの人が真っ先に病気で野垂れ死んだ。ざまぁないな。
クスクスと彼女は笑っていた。まるで笑い話を聞いて笑ってしまったかのように。その姿を見て正室はゾッとした。
「あなたは言った。好きなところに行って、好きなように野垂れ死ねと。死んだのはあなたの方だったな、父さん」
「こ、のっ……!!」
正室は彼女に殴り掛かるが彼女はそれをヒョイッと躱すが一切正室を見なかった。もう彼女は正室への興味も関心も、暴力に対する恐怖心さえも失われていた。あるのは無関心のみ。
「疫病神め!あの家はアンタが現れてからおかしくなったのに…今更ノコノコと……!!」
「だから何」
ビクッと正室が怯んだ。彼女の顔にあったのはチェシャ猫のような笑みを張り付けながらも、その眼は一切笑わず、まるでガラス玉のようだった。
「あなたは傍観者を貫き通して、私の味方ではなかったな。さようなら、もう2度と来ない」
母との死別。
父との完全なる決別。
立ち上がると彼女はそう言ってもう2度と振り返ることはなく、去っていった。母親の墓の位置も分かっていたが訪れることはなかった。自分を愛おしんでくれる筈だった2人に彼女は愛されず、その代わりに彼女は2人をいとおしむ事はなかった。特に父親には。時折母親の墓には行ってみようかと思う事はあったが、思うだけで実際に参ることはなかった。
「………ーーちゃ、…姉ちゃんってば!」
ハッと彼女が我に返ると日がすっかり傾いており、空はオレンジ色から暗闇になりかかっていて星や月さえ見える。随分長い間ぼんやりしていたらしい。目の前には自分を心配そうに見てくる高尾と緑間。あぁ、今は違う。2人は、今は私の味方でいてくれるんだ。そして、目を瞑れば大坪や木村、宮地は嫌々だろうが自分の味方がいてくれた。
「どうしたの?眠たいの?」
「早く帰るのだよ。疲れてるなら早く帰って寝るに限るのだよ」
そう言って彼女を無理矢理立たせようとする2人を見て笑みが漏れた。
「大丈夫だ、ありがとう」
2人の頭を撫でそう言うと、2人は彼女の両脇にやってきて彼女を挟むようにして歩き出した。
「姉ちゃんは良いの?墓参りとかしなくて、お盆だし。普通なら帰省とかするんでしょ?」
「良いんだ。私の場合帰る家は、あそこしかない」
「そっか」
高尾はそう言って笑った。緑間もフッと笑みを浮かべていた。
彼女もつられて笑った。
3つの影は仲良く揺れていた。
10/10ページ