短編
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流浪の民である私を受け入れてくださった方は桃色の髪をした方だった。まだ幼い、私の主人となる方。だが私は幼くてもこの方を守ろうと誓った。
最初はどうでも良かった。
雨風をしのげる場所を与えて貰えるのだから、一応いう事を聞いていようと思った。
主人の両親も最初はあまり良い顔をしなかった。だが余りわがままを言わない性格なのだろうか、それとも主人の押しが強かったのか、主人の願い―つまり私を側に置くという願いは叶われた。主人は、【主人】と呼ばれるのをとても嫌がった。何故かは分からない。
「私の名前はエステリーゼです!」
「しかし、主人…」
「エステリーゼ」
ずいっと迫って来る主人。なるほど、主人の両親が押し負けるのも無理はない。笑いが溢れてしまった。
主人は私からしたらとても無防備だ。私はずっと結界の外で生きて来た。
私たち民は宛もなく彷徨う。そのため必ず夜は結界のある場所で眠るわけではない。そのため、交代で見張りをしたり、魔物に襲われそうになれば戦う。しかし私たちを襲うのはそれだけではない。人間も我々を襲う。人間と言っても盗賊などだが。そのためか私は用心深くなった。普通の人間以上に。実際に私は民から離れて人間に付いて行った結果殺された同胞を何度も見た事がある。今もまだ子供だが、今以上に幼い私にとっては、信じる事程恐ろしいモノは無かった。
「分かりました、エステリーゼ様」
だが主人は、目を見ただけで分かる。真っ直ぐなのだ。騙しをした事あるような人間の目をしていない。真っ直ぐと相手を見て来るのだ。
それが私が主人に対して警戒を解いた理由なのだろう。
「むぅ…、様も要らないです…。私はお友達が欲しいんです」
「友達、ですか」
何とも難しい注文だ。
私には確かに民の仲間という者がいた。だが今では世界に散り散りになってしまい、今では生きているのか死んでいるのかさえも分からない。…話が逸れてしまった。つまり私には仲間がいても、友達はいないのだ。
「私、あなたとお友達になりたいんです」
「はぁ……」
随分と気の抜けた返事をしてしまった。友達…、友達とは確か…【親しく遊ぶ者】だっただろうか?遊ぶ…、無理だな。私には。それに主人の両親には主人を外に出しては行けないと強く言われているし。だが主人は中で人形を持って遊んでいるようにも、見えなくは無いが…。その手に関しては私の知識不足だな、学ばなければ。
「構いませんが…」
まぁ、主人のいう友達がどんな物かは知っておく必要がある。だがまずは、私は側近である。いくら主人が友達になろうと言っても、線引きが必要だな。友達と側近の線引きが。
「ホントですか!嬉しいです!私、お友達が1人も居なくて…」
何だか珍しい事を聞いたような気がするが、まぁ流そう。
「それでは何をしますか、エステリーゼ様」
「様は要りません」
「……それではエステリーゼ、何をしますか?」
言い方1つ変えたら主人は嬉しそうに目を輝かせた。
呼び捨てにしてくれる者が居なかったのだろうか?…当たり前か、使用人と傭兵ばかり。あとは両親と肉親。使用人も傭兵も、下手に呼び捨ては出来ないからな。
「まずはあなたの名前を教えてください」
これにはびっくり。両親から教えられてなかったのか。それとも自分が聞くと言って断ったのだろうか。そんな想像が簡単に出来てしまって笑えてしまう。
「私の名は夢主です」
私の名を聞く主人の顔はとても生き生きとしていた。その表情と髪の色でか私はハルルの町のあの樹の結界魔導器が満開になったあの時の光景を思い出していた。満足そうに主人は笑うと花が咲いたように笑って「夢主ですね!絶対忘れません」と言った。忘れられても逆に色々と困るがそこまでのモノか、と頭の片隅で思った。
「今年で何歳なんです?」
「14です」
「私より6歳も年上なんですね!」
「そうですよ」
そう言ったら次々と質問を投げられた。そして私もたくさん答えた。質問に飽きてしまったのか疲れてしまったのか主人は、次にこう言って来た。
「結界の外はどんなかんじなんです?」
長い長い、旅の話をした。主人も興味津津に聞いて来た。私と主人は、食事が出来たという声が掛かるまでずっと話して居た。
*****
今ではすっかり大きくなられた主人。今じゃ18歳だ。かく言う私は成人の儀などとっくにしてしまったが。
あの頃とは少し変わってしまった。私は側近のままだが、剣を持つようになった。自慢ではないが一回アレクセイと手合わせをして、引き分けで終わったぐらいだ。それなりに腕が立っている筈だと自分でも自負している。…また話が逸れてしまった。剣を持つようになったのは、主人を守れるように。そして主人が剣を学び出したためいつでも稽古をしてあげられるように、だ。
「今日も熱心ですね」
「あ。夢主、居たなら言ってください」
慌てて本を置き私を見て来る主人。変わられないな。
「いえ、これを置きに来ただけですので」
そう言って差し出したのは先程私が厨房を借りて作った菓子。流浪の民とあって食事は自分達で作らなければならない。そのため食事や菓子作りには少々自信がある。ついでに今回作ったのは『マナ』と呼ばれていた菓子だ。
主人はそれを見て「見た事ないです…」と言って警戒しながらも食べた。一回食べた事があるがなかなか美味しかった記憶がある。フワフワしていてしかしサクッとしている。私がマナに対する印象はそんなお菓子だった。
「とても美味しいです!フレンにも食べさせてあげたいです…」
「それでは今度、フレン・シーフォと一緒の時にまた焼きましょう」
「ホントですか!」
そういえばここ2、3年。主人とフレン・シーフォは仲良くなったな。良い事だ。随分前だが、ユーリ・ローウェルが騎士を辞めてしまった。彼はなかなか筋が通っていていい奴だったが、…騎士団の中も汚いからな。彼には辛かっただろう…。……今度また下町に遊びに行こう。お菓子もたくさん持って。
それに、彼は帰って来なかったな。シュヴァーンは。人魔戦争に行ったっきりだ。誰もが皆、死んだと言っているが、私は信じない。この目で彼が死んだと確証付けるモノを見ない限り私は信じない。
髪を束ねている、シュヴァーンがくれたリボンを見ながら私は誓ったんだ。
「………夢主?」
「はい、エステリーゼ様」
さすがに主人もいつまでもこのままでいてはいけないと思ったのか様を付けても怒らなくなったが、まだまだ不満そうだ。
「何か考え事です?」
「いえ、お気になさらず」
すると突然ノックが聞こえた。
私は目だけを扉に向ける。主人は驚いたように息を吸った。安心させるように一回笑い、そして扉に近付いて扉を開けると、そこには騎士が1人立っていた。何やら用があるらしい。
「どうした?」
「はっ!キュモール隊長が、夢主様にと!」
そう言って差し出して来たのは、任務書。任務を通達するのはアレクセイの役目なのに何故アレクセイでは無く、キュモールなのか。しかも私は主人の側近であって任務は受け取れないと言ってあるというのに。それ程までに人手不足なのか、この帝都は。それともただ単にあのキュモールの嫌がらせなのか。前者だろうが後者だろうが呆れてしまって何も言えない。部屋から出て任務書を読み、1つ溜息を吐くと何だか騎士が肩を縮こまらせた。怒られると思ったのだろうか。
「縮こまらせるつもりは無かった。すまない」
「い、いえ……!」
「ありがとう、ここまで届けてくれて」
一応笑ってそう言ったつもりだが、騎士の顔はマスクで見えないため不快なのか良かったのかは分からない。しかし、何だか早口で「そ、そんなことありません!」とか言って失礼しますも無しに走り去ってしまった。………そんなに怖いだろうか、私は。
「夢主…?」
部屋に入ると主人は不安そうな目で見て来る。無理もない。今は先代皇帝が亡くなられて随分経っているが情勢が揺れている。そんな中で、皇帝候補に上げられているんだ。不安にもなるだろう。
「エステリーゼ様、任務が入りましたので少しの時間ここを離れます」
「そんな…。夢主は、私の側近で、友達なのに……」
ショボンと落ち込む主人。こればっかりは仕方ないと分かっているだろうが、感情は簡単には隠せない。
「すいません…」
「……夢主、ギュってしても良いですか?」
「構いませんよ」
てっきり私は手を握るモノかと思っていたが思い切り主人に抱き締められた。あぁ、離れてしまうのが寂しいのだろうか?無理もない、出会って10年経つが離れる事は無かったからな。
「気をつけてください」
「はい、ありがとうございます」
………何だか主人の笑顔じゃないちょっと黒いモノが見えた気がしたが、気のせいだろうか?まぁ、それは置いといて行かなければ。
主人を放して、部屋を後にした。
これがまさか、全ての始まりなんて私はちっとも思わなかった。
長い。
エステルはヒロインが恋愛感情で好きです。そしてちょっと黒くなっていれば良いな…