長編
女騎士の名前
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崩れ行くバクティオン神殿。先程まで戦っていた相手はアレクセイでも、アレクセイ親衛隊でもなく#dn=1#がずっと会いたくて、待っていたシュヴァーン。彼はあの部屋で1人取り残され、ユーリ達は必死に走っていた。アレクセイが仕掛けた爆弾によってバクティオン神殿が崩壊を始めているからだ。
皆の1番最後尾を走る#dn=1#。取り敢えずあの結界があった場所まで走ろう、というわけで逃げているが、#dn=1#は何度も何度も振り返った。アレクセイが言った、自分の正体を一体どこで知ったのかとても気になるが、#dn=1#は今はそれどころじゃない。岩が、壁が、崩れて来る。そんな中にシュヴァーンを1人、こんな場所に置いて来てしまったんだ。#dn=1#は足を止めて振り返る。だがそれにすぐに気付いたのは#dn=1#のすぐ前を走るユーリだった。
「何やってんだよ!死にたいのか!?」
そう言ってユーリは#dn=1#の手を掴む。だが#dn=1#はユーリには一切目を向けず真っ直ぐと神殿の奥を見ている。
一切、目を向けられない。まるでそれが、先程の、アレクセイから聞いた#dn=1#の正体を知って、化け物とアレクセイが言って、胸のどこか奥でそれに納得してしまった罰のような気がした。だが#dn=1#はそんな事を考えていない。
死にたいのか…?死にたいと思った事など何度もあった。仲間を失った時も、1人になった時も。エステリーゼ様と出会う前も。死を怖いなど感じた事なかったし、死を拒もうとも思わなかった。だって仲間はもういない。死を受け入れて居なくなってしまったのだから。結局、ユーリ・ローウェル達も私の望む仲間ではなかった。だが、レイヴンもシュヴァーンも違う。こんなにも悲しんでくれている者達がいる。私もその1人だが、嫌だろうな。
#dn=1#は1度、自分の髪を結うリボンを見た。
お前は何のためにここまで来たんだ。何のためにあの城でシュヴァーンを待っていたんだ。会えたのに、死に行くシュヴァーンをただ何もせずに見送っているというのか。違うだろう、私がここに来た理由はエステリーゼ様を取り返すのと…―
「ッ…!」
#dn=1#はユーリの手を振り払うと、崩壊が激しい、来た道を戻って行った。
ユーリの手は#dn=1#の髪を掠めただけでキチンと捕まえる事は出来なかった。追い駆けようとしたが、崩壊が激しく道が塞がれてしまったためにユーリは逃げるしかなかった。人が死ぬのを見過ごせないと、あの時からずっと胸に秘めていたのに。まさか、自分の惚れている奴が、自ら死に行くなんて…。しかもそれを自分は止める事が出来なかった上に、化け物と納得してしまったなんて…。
「馬鹿、野郎ッ…!!」
その言葉は一体誰に向けられたのか、ユーリ以外誰にも知る由はない。
******
#dn=1#がやっとの思いで部屋に到着すると中は酷い有様だった。壁が崩壊して、崩れていた。#dn=1#はキョロと辺りを見回す。今にも泣きそうな声で「シュヴァーン…」と言いながら。すると何かの気配を感じ取り、大きな壁だったのであろう岩を退かす。そこには倒れているシュヴァーンがいた。シュヴァーンがいた場所はあのシュヴァーンが支えた石柱が幸いしてか、隙間がある場所だった。そのため大きな怪我は見当たらない。神を信じた事はないがこの時ほど誰かに感謝したいと思った事はない。
「シュヴァーン!起きろ!!シュヴァーン!
……ッ、シュヴァーン・オルトレインッ!!
身体を揺さぶりながら必死に起こす。すぐにシュヴァーンは薄く目を開けて、#dn=1#を見た。#dn=1#は安堵の息を吐くとハッとして抜刀する。振り返って落ちて来た岩を一刀両断する。チラッと#dn=1#はシュヴァーンを見る。
「何故…、戻って来た……?」
「うるさい…!共に逃げるぞ!」
共に、を強調して#dn=1#は言うと刀を鞘に納めてシュヴァーンを起こす。だがすぐに岩が落ちて来て#dn=1#は舌打ちすると抜刀し、岩を次々に一刀両断していく。その様子を見ていたシュヴァーンは溜息を吐くしか出来なかった。身を呈して逃がそうとしたというのに、1番生きていて欲しい奴等は逃げたとしても、巻き込みたくなかった人間を巻き込んでしまった。
「無駄だ。もう止めろ、」
「うるさい!黙っていろ…!」
「俺はもう一度死んだ。これが道理だ」
シュヴァーンには#dn=1#の背中しか見えなかったが、今のシュヴァーンの言葉に#dn=1#はビクリと身体を震わせた。シュヴァーンには、#dn=1#が泣いているように見えた。あの日から、#dn=1#はシュヴァーンとの約束を守ってくれていた。帰って来ると。そしてシュヴァーンもそれを知っていた。だからこそ、#dn=1#には生きて欲しかった。もう自分は一度死んだ、だからもう待たなくて良い。それだけをどうしても伝えたかった。
「……シュヴァーンは、私が愚かな女だと思うか?」
#dn=1#は力なく、静かに問い掛けた。その言葉はハッキリとシュヴァーンに届いた。
愚かな女?#dn=1#が愚かな女だと?そんな筈がない。
「私は自分が愚かな女だと思うぞ。10年間、シュヴァーンをただ待ち続けていたのだからな」
そう言うとシュヴァーンはグッと黙った。
自分の約束のせいで#dn=1#が10年を無駄にした。自分がよく口にする青春も出来ず、恋もせずに、ただ待ってくれていた。シュヴァーンの帰りを姫の側近を果たしながらも、ただ待ち続けていたのだ。シュヴァーンは何も言えなかった。#dn=1#はシュヴァーンの顔を見ず、降って来た岩を叩っ斬りながら、本当に愚かだな、と自分で自分に追い討ちをかけた。
「そして旅に出て、テムザでリボンを置いた」
また戻って来てしまったがな。と#dn=1#はあどけなく言った。
そう、あのリボンこそが約束の証。あの証が放棄されたという事は約束も放棄されたと言っても過言ではない。だからこそあの時レイヴンとしてあのリボンを拾った時、もう#dn=1#の中にはシュヴァーンが居ないんだと思った。
#dn=1#はもう、シュヴァーンを待人からただの記憶にしてしまったんだと思った。悲しかった。自分が会いに行かないせいだと分かっていながらも、胸を抉られたようだった。思い出せるのは初めて会った時のあの顔と、別れの時のあの顔だけだった。
胸の中で何度も謝った。すまないと。悲しくて悔しくて、そして自分があまりに情けなくて。俺はもう、#dn=1#の中に存在さえも出来ないんだ。そう思った。
「あの時、私はシュヴァーンとの約束を捨てた」
#dn=1#が岩を蹴り飛ばした。岩を砕き、切り裂き、しかし#dn=1#は決してシュヴァーンを見ない。
「だがな、シュヴァーンを見捨てるために私は約束を捨てたわけじゃない。
"待つ"だけを止め、シュヴァーンを"探す"ために捨てたんだ…ッ!」
#dn=1#は刀を鞘にしまうとシュヴァーンの前に座った。そしてシュヴァーンの腕を自分の首に引っ掛け、肩に掛けさせる。
「だから、死にたいなど言うな…!……化け物の私にそう言われても、嬉しくないかもしれないが。だが、ユーリ・ローウェル達は少なからず、シュヴァーンを、…レイヴンを必要としている。ユーリ・ローウェル達のために、生きてくれ…!」
もう仲間の死を見たくはないんだ、#dn=1#はそう言うとシュヴァーンは涙を流した。今もなお#dn=1#の中にはまだシュヴァーンが生きていたのだと知る事が出来た。シュヴァーンは#dn=1#の肩を借りながら自分の足で何とか歩く。#dn=1#は少し息が上がっているように見えたが、まだまだ元気そうだ。
「ここで死んだら、青年達が怒りそうだわ」
「ユーリ・ローウェル達は、怒るだろうな」
#dn=1#はチクリと、微かに胸の痛みを感じた。例え戻っても、彼らは恐らく自分をもう仲間だと見てはくれない気がする。何せ魔導器を使わずに戦える化け物だ。持っている魔導器は魔術用で肉弾戦には不向きだ。つまり、普通の人間ではないのだ。
アレクセイの化け物という言葉がしっくりくるな。#dn=1#は自嘲的に笑った。ならばここで死ぬべきは私かも知れないな。……いや、まだだ。やらねばいけない事がまだある。
すると天井が落ちて来るのが見えた。2人してマズいと思う。が行動に出たのはシュヴァーンだった。体制を崩して#dn=1#の頭を抱き締めるとそのまま倒れた。#dn=1#は最初こそ抵抗しようと思ったが、これもまた良いのかもしれないと思うとシュヴァーンに身体を預けた。
耳を塞ぎたくなるような破壊音、そしてようやく崩壊が止まったのか音も止み、パラパラと小石が落ちて来た。暖かい、と思いながら#dn=1#はシュヴァーンを見上げる。
やっと見つけて、出会えた。そう思うと胸にじんわりと何かが滲むようだった。
「シュヴァーン、……いや、レイヴン」
「何だ」
#dn=1#はシュヴァーンの名前を言い直す。シュヴァーンは#dn=1#を見ると、#dn=1#は滅多に見せない、優しい微笑みを浮かべていた。そして10年間暖め続けていた言葉をようやく、言いたい相手に放った。
「おかえり。…待ちくたびれたぞ…」
そう言うとシュヴァーンは目を見開いて、だがすぐに優しく笑った。そして抱き締めていた手を解き、頭を撫で頬に触れる。
「待ちくたびれさせてすまないな…。ただいま…」
遠くで部下が自分を呼ぶ声がする。部下が自分を見つけてくれるまで、シュヴァーン……。否、レイヴンは#dn=1#を抱き締めていた。
*******
ヘラクレスでようやく合流したレイヴンと#dn=1#。しかし#dn=1#は戦闘を終えるとすぐにその場からいなくなってしまった。その場では先程レイヴンに罰を与えたというのにユーリ達はまだレイヴンに殴り掛かろうとしている。
これが私の望んだモノ。あの中に私は含まれてはいない、大丈夫。慣れている。望まなければ良いのだから。いつでもどんな時でもそうだった。慣れっ子だ。幸せの中に私はいない。
#dn=1#は自嘲的に笑うと足を止めて、海を見た。
すみません、エステリーゼ様。これから私はエステリーゼ様を助けません。エステリーゼ様を助ける前に知りたいことがあるのです。…大丈夫、エステリーゼ様にはこんなにも頼もしい仲間がいる。私のような化け物ではなく、人間の仲間が。その者達がエステリーゼ様を必ず救います。私とエステリーゼ様との関係も、ここまでです。どうか幸せになってください。エステリーゼ様は世界の毒ではない、エステリーゼ様には他人を慈しむ優しい心があります。それで彼らを癒してあげてください。私は、人に憎まれ蔑まれるしか出来ないのです。
すみませんでした、エステリーゼ様の祖先を死に追いやってしまい。
ユーリ・ローウェル…。
結局私は、誰も守れそうにないようだ。
長、リーク、皆…、待っていてくれ。
「#dn=1#殿…?どうなさっ、」
いきなり声を掛けられ#dn=1#はハッとして声がした方を見た。そこにはルブランとアデコールとボッコスがギョッとして立っていた。#dn=1#は何故そんな目をしているのだろう、と思ったが自分の頬を伝う暖かいものを感じて指で触れた。
涙だった。
慌てて#dn=1#はグイッと涙を拭い、気まずそうにルブラン達から目線を逸らした。情けない、なんて情けない。泣いて、しまうなんて。
「…すまない……。みっともないモノを見せた…」
「そんな事…」
「ルブラン、アデコール、ボッコス。レイヴンを助けてくれてありがとう」
その時、#dn=1#は微笑みを浮かべた。優しく暖かいのに、儚く脆く、今にも消えてしまいそうな微笑みだとルブランは思ったが、アデコールとボッコスは違うようだ。何せ相手は高嶺の花と言われた女性騎士。顔がすっかり緩んでしまっている。それを見てルブランの低い怒りの沸点はあっという間に超えてしまう。
「ばっかも~ん!何、顔を緩めとるか!シャキッとせんか!!」
そう言って頭を殴ろうとするルブランから2人は逃げる。そんな微笑ましい光景に#dn=1#は一瞬キョトンとしたがすぐに笑みを浮かべ、それを見守る事にした。
ユーリは#dn=1#の姿が見えず、キョロキョロと探しているところ、そんな状況下の#dn=1#を見つけ、覚悟を決める。謝ろうと。そしてアンタは何があろうと俺たちの仲間だ、と伝えるために#dn=1#に近付いた。が、それよりも早く誰かが横を通り過ぎた。その人物はあっという間に#dn=1#に近付くと、#dn=1#の肩をポンと叩いた。#dn=1#はその手を見て、誰か分かったのかフッと笑う。
「レイヴン、楽しかったか?」
「冗談、危なく寿命が何年か縮むところだったわ」
「私には楽しげに見えたがな」
「あらら。おっさんは、#dn=1#ちゃんと居た方が楽しいわよ」
「それは光栄だな」
優しく、大人の雰囲気を醸し出す2人。そんな2人を見たルブラン達は気を利かせて敬礼をして見回りに行ってしまった。ユーリも何だか、あの雰囲気を割って入れる自信も、#dn=1#がちゃんと自分を見てくれる自信も無く、隠れてしまった。
だが2人はユーリに気付かず、海を見ている。否、海を見ているのは#dn=1#だけで、レイヴンは#dn=1#を見ていた。
もう少ししたら、フィエルティア号に乗って、帝都のザーフィアスに向かわなければならない。潮風が2人を通り過ぎる。#dn=1#は目を瞑り、潮風をいっぱいに吸うと深呼吸をした。何だかその顔は全てを吹っ切ったように見えた。
「レイヴンは、知っていたのだろう?私が、流浪の民という事を…」
「まぁね。アレクセイに聞かされたし」
「………怖く、ないか?」
「何でよ。どこが怖いのよ、全然怖くないわ」
「……ありがとう」
#dn=1#はレイヴンを見ながら言った。レイヴンはキョトンとして首を傾げた。礼を言われるような事は言った覚えはないが。だがその顔を見てレイヴンは何かを悟ってしまったかのようだった。その顔はあの日、自分が人魔戦争に向かった時のあの顔に似ている。生きて帰ると約束しながらも、どこか胸の内で帰れないのだろうという気持ちが蝕んでいる。そんな顔だ。レイヴンは咄嗟に#dn=1#の腕を掴む。その手には#dn=1#の愛刀が握られて、その愛刀は震えていた。
怒りか、悲しみか、恐怖か、はたまた嬉々としているのか。
「嬢ちゃんを助けたら、また、」
レイヴンはそう言ったが、#dn=1#は儚く笑いながら首を横に振った。そしてレイヴンを見る。その時ユーリが見えてしまったのか、その顔から笑みが消え、無表情が強張っていた。レイヴンの手を振り払い、一回強く唇を噛み締めた。
「また、など…。もう、無いんだ」
そう言うと#dn=1#は2人に背を向けて歩いて行った。#dn=1#は歩いて脳裏に掠めた、レイヴンやルブラン達を思い出し小さく謝った。すまないと。もう、会えないかもしれないと。
********
死ぬべきは、誰か。
生きるべきは、誰か。
私は、恐らく前者だろう。
生きるべきは、私を仲間にしてくれたユーリ・ローウェル達。そして、アレクセイ。お前は、…。
ザーフィアスへ来て、御剣の階梯に来たユーリ達。そこでアレクセイに吠え、エステルに誓いの言葉を投げている。
必ず、助けると。
#dn=1#は揺れる船の上でバウルを見上げ、目を細めた。しかしバウルの小さな目は、その巨体を前に進めようと前を向いたまま。#dn=1#の視線にも気付かない。
そしてもう一度ユーリ達を見た。少し前までは若く前にただ突き進むだけの自分より年下の者だったのに。今ではすっかり、大きくなった。そして成長した。何よりも心が。
「弱気になるな!エステル!今助けてやる!」
そう言うとユーリは宙の戒典を構え、エアルを中和すると船から飛んだ。それを見た#dn=1#は静かに動いた。まるで#dn=1#が歩くところだけ全く揺れていないかのようだ。#dn=1#はもう一度、仲間達を見た。そして自分の愛刀を見る。それは一瞬だった。
その刀は、力が有り過ぎる。傲慢になった者がその刀を握れば、必ず精神を蝕み破滅をもたらす。仲間のために、刀を抜け。そして、能力は何があろうと使うな。お前の命を蝕み、死ぬぞ。
分かっている、長…。絶対に、傲慢にならぬ。ただ、最後の約束は守れる自信は無い。大丈夫、もう私が死ぬ時になったらこの刀を折る。もう二度と力を生き返らせぬように。傲慢な者にこの刀が渡らぬように。
ギュッと柄を握る。そして向こう側にいるアレクセイを見た。まるで#dn=1#が自分を見ると分かっていたようでアレクセイも#dn=1#を見ていた。
レイヴンはアレクセイを見て、その先にいる#dn=1#を見て。#dn=1#がしようとしている事が分かったのか、止めようと駆け出したがそれよりも早く、#dn=1#はユーリのように船の舳先から、高く跳んだ。次の瞬間、アレクセイは計ったように聖核を使い、エアルの濃度を増させ、ユーリを吹き飛ばす。それを見て#dn=1#は眉を顰めた。
アレクセイは自分を、誘っている。ギリッと噛み締め、一部相殺するために剣技を放つ。ユーリは間一髪で助けられ、何とか船に上がりエステルが何かを発したのだろう。驚いた顔をしていた。
ユーリ・ローウェル。
カロル・カペル。
リタ・モルディオ。
パティ・フルール。
ジュディス。
レイヴン。
ラピード。
フレン・シーフォ。
…エステリーゼ様を、頼んだ。
#dn=1#は胸の中で呟くと覚悟を決めた。そして御剣の階梯に着地すると刀を抜いて構えた。アレクセイの口許には笑みが浮かんでいる。ユーリ達は#dn=1#に声を掛け、エステルは#dn=1#に逃げてと叫んでいる。
「エステリーゼ様。私はあなたを助けられない。しかし、ユーリ・ローウェル達を、信じてあげて下さい」
#dn=1#はエステルに優しい笑顔を見せた。エステルはそれで分かってしまったのだろう。止めてと叫んでいる。だがもう、#dn=1#には届かない。アレクセイな醜悪に笑うとエステルの力を使い、更にエアルを増大させ放流と気流を乱し、フィエルティア号とバウルは真っ逆様に落ちて行った。#dn=1#は真っ直ぐとアレクセイを見ていた。
「何か言いたそうだな、#dn=1#。いや…、流浪の民と呼ぼうか?」
「アレクセイ、一つ聞きたい事がある。何故、我らが同胞を…殺した…」
「それを聞いてどうする?」
「分かっている筈だ」
それを言うとアレクセイは高く笑った。エステルは力を使い過ぎてか気絶してしまっている。
「貴様はどうする?人々はお前を人殺しと罵るかも知れぬぞ?」
「確かにな…。だが既に覚悟を決めた」
皮肉そうに#dn=1#は笑った。相手は元とはいってもつい先日まで騎士団団長を勤めていた男。覚悟を決めなくてはとてもじゃないが勝てる相手ではない。
覚悟を決めた。
もう迷わない。
私の覚悟は、
「、私の命に代えてでも…」
*******
お前は、覚えていないだろう。あの日私たちは出会っていた事も。お前のために、今の私がいる事も。
******
何度、打ち合っただろう。何度、受け止めた、受け流しただろう。#dn=1#はふぅ、と大きく息を吐いて目の前で悠々と自分の刀を受け止め、打ち込んで来る相手を見る。一体、何日こうやっているのだろうか。親衛隊が何人か飛び込んで来たが、薙ぎ払った。
#dn=1#がいるのはもう帝都ではなく、ゲライオス文明に作られた魔導器、ザウデ不落宮。三日前まで帝都で戦っていたが、ユーリ達が駆け付け、アレクセイがエステルの力を使って復活させた。その時に、#dn=1#は無理矢理連れて来られたのだ。決して自分の意思では無く。それから#dn=1#はずっと戦っている。夜になればアレクセイではなく親衛隊が何十人とやって来て、朝になり昼となれば、アレクセイが遊戯だと言って相手をする。飲まず食わず、三日三晩寝ずに休まず戦い続け#dn=1#の精神的にも肉体的にも限界が近付いている。カタカタと手足が震え筋肉が痙攣を起こしている。押し切られるとすぐに体制が崩れてしまう。
だが、負ける訳にはいかない。
「さすが化け物と言われる流浪の民も、三日三晩休まず戦い続ければ、疲れたろう」
「……何故だ」
分からない。何で。どうして。あんなに昔は…、良い者だった筈だ。なのにどうしてこんな事になったんだ。
「何故、他の民を…ッ」
悔しそうに#dn=1#が言う。そう言うとアレクセイの顔から余裕の笑みが消えた。真顔で、#dn=1#を真っ直ぐ見ながら言った。
「欲しいモノがあったのだ。奴等はそれを邪魔した」
#dn=1#は眉を顰めながら「欲しいモノ…?」と呟き、突進して来たアレクセイの剣を受け流そうとした。だが剣は#dn=1#の肩を深々と抉って、受け流された。
流浪の民は皇帝やその親族が満月の子の子孫である事は知っていたが、手は一切出さなかった。アレクセイはエステルを狙っていた。聖核も狙っていた。だがどれもこれも流浪の民には全く関与していない。一体何をアレクセイは欲しがったのだろう、と#dn=1#は思いながら打ち込む。
するとその時、耳につく音が聞こえた。耳鳴りのような、キイィィン……という音。
それはアレクセイにも聞こえたようだが、その原因を知っているようで#dn=1#の攻撃を受け止めたまま、上を見上げた。そしてニヤリと笑う。#dn=1#も余り目を放す事は…と思いながらもその視線の先を見る。海の底のため空なんて見えないが、この音は知っている。いや、まさか。
フェローか!
フェローが物凄い勢いでこちらに近付いて来ているのを2人は耳で感じ取ったのだ。
「、ッ!来るな!フェロー!!」
喉が避けそうな程#dn=1#が叫ぶ。だがそれを封じたのはアレクセイの容赦ない殴りだった。声も上げられず頭を殴られ#dn=1#は吹っ飛び、クラクラとしてすぐに起き上がれない。フェローはザウデ不落宮の上空でエアルを吸収して、ザウデ不落宮を止めようとしている。しかしそれはただではいかなかった。轟音と共に巨大な光弾がフェローに直撃したのだ。
起きろ!起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ!このポンコツの身体め!寝ている場合ではないだろう!フェローを見殺しにする気か!お前はベリウスの時のようにまたあのような事をする気か!もうあんな気持ちはゴメンなのだろうが!
お前の見たい未来には、フェローは含まれているのだろう!
ポタポタ、とこめかみと肩から血が落ちて地面を汚した。何とか身体を起こすと、フェローが必死に光弾を避けているところだった。#dn=1#は膝をついて、空を見上げて、海を見た。
守りたい。守りたい。
守りたい!
「蛍火!」
ブチブチブチ!
腕と脇腹に激しい激痛が走りそんな音が#dn=1#には聞こえた。#dn=1#はただ刀を持っていただけだ。すると刀は流れ落ちて来た血に染まる。そして、血を吸った赤い蛍のような発光体が飛び、海の底から飛び上がりフェローを飛んで行った巨大な光弾から守る。その間にフェローは飛んで行ってしまった。#dn=1#は改めて自分の腕を見ると刀を持った片腕と脇腹の血管の末端が切れていたようで、流血している。
大切な者を守れるのなら、腕一本は安いものだ。#dn=1#はそう思いながら立ち上がると、アレクセイはなるほどな、と言って#dn=1#を見た。
「それが、流浪の民の宝刀という事か…」
宝刀、というわけはない。流浪の民の間では妖刀とさえ言われていた。
今の技だって、この刀を持った者は蛍のように若くして死んで行くため、生き様を散らしているようだから付いた、皮肉な名だ。フッと#dn=1#は笑うと、構えた。血を吸い過ぎて腕を覆う布は重たそうに血を滴らせている。ビリッとそれを破りそれを地面に落とすとその腕にうっすらと似たような傷があるのが見えた。この技を昔にやった証拠だろう。
「……、面倒だな」
#dn=1#はそう言うと、タンッと強く地面を蹴るとアレクセイの前に来る。そして重く強く一撃打ち込む。ビリビリと手が痺れて動けなくなるアレクセイの脇腹目掛けて思い切り#dn=1#は蹴りを入れた。アレクセイはクッと言葉を飲み込んで何とか着地すると膝を突いて脇腹に触れた。恐らく最低でも骨一本はイってしまった。だが#dn=1#は満足そうに笑うと、中指を立てた。
「これで五分だ」
お前は、覚えていないだろう。私がまだただの騎士の時、お前に会った事を。お前は薬草と花を持って森を横切っている時に私と出会って怯えていた。そんなお前を殺す事が出来なくて、だがお前は私を見て礼を言って1輪だけ花をくれた。
そしてお前が騎士団に入り、姫様の側近となり私の部屋に来た時、たまたまあの時の花を飾っていたらお前は、私とは全く気付かずあの騎士はどこにいるのだろう、と呟いてくれたのだぞ。
忘れない。
私が何故、覇王としての道を選んだのか。それはお前のあの時の言葉が私に力をくれたからだ。
「私達が安心して暮らせる世界を作って、騎士殿」
アレクセイはギリッと噛み締めると、隠し持っていた小さな聖核を#dn=1#に向けて発動する。いくら#dn=1#が早くともこれには間に合わず、吹き飛ばされ床に転がった。頭を強くぶつけたようで#dn=1#は意識を飛ばしてしまった。アレクセイはゆっくりと近付いて#dn=1#が持っている刀を手から抜いて、#dn=1#が持っていた鞘にしまうと#dn=1#の上半身を起こし、抱き締めながら脚の上に鞘を置いた。
お前は忘れてしまったのだろう。
お前が欲しくて、帝都へ迎え入れ私は生き残った流浪の民にお前を返せと言われた。返すものか、絶対に。だから、殺した。流浪の民など、お前だけで十分だった。他の奴等など要らない。さぁ、全て準備が終わったらお前を迫害、差別、傷つけた者を殺してやろう。
これでお前は他の者に生を受け入れられる。始祖の隷長が居なくなり、人々に愛されなくとも、私が愛してあげよう。
「アレクセイ閣下!」
親衛隊が飛び込んで来た。どうやら侵入者がいるらしい。だがアレクセイは分かっていたようだ。アレクセイは返事をすると#dn=1#を抱き上げ、危険ではない場所に移動させた。
「君と私のための世界は、目前だ…」
静かに呟いたその言葉は掻き消された。飛び込んで来た侵入者によって。
「揃い踏みだな。はるばる、こんな海の底へようこそ」
「そこまでです、アレクセイ。これ以上、罪を重ねないで」
親衛隊の前まで行くとアレクセイはニヤリと笑いながら言った。ユーリはボロボロになった#dn=1#を見て「てめぇ…」と言いながら、アレクセイを睨んだ。
*******
ザウデ不落宮に向かっている途中。ユーリ達は話し合いをしていた。今からザウデ不落宮に向かうというのに何だか雰囲気は悪い。理由は、#dn=1#だ。仲間達は#dn=1#がアレクセイの仲間なんじゃないかと疑っているのだ。
「そんな事ありません!#dn=1#は…!」
「じゃあ何であんなにタイミング良くユーリは押し返されたのよ!仲間だったとしか、思えない…!それに、アレクセイはアイツをザウデに連れて行ったのよ!」
「リタ、違います…!#dn=1#は…!」
「何も違わない!アイツだって…!私たちの事…」
そう言うと空気がどんどん沈んで行くのを仲間達は感じていた。まるでバランスが取れていた筈の均衡が音を立てて崩れ落ちてしまったかのようだ。そんな様子を見ていた仲間達は胸が痛む。ユーリとレイヴンは特にだ。化け物と言われて、納得してしまった自分がなんて愚かだろう。仲間を#dn=1#は欲していた筈なのに。ただ魔導器を持たないで戦っている、というだけじゃないか。それだけの違いで、#dn=1#を差別した。これでは、何も変わらない。#dn=1#達を迫害、差別、殺した人間と変わらない。
何一つ、人間はあの時から#dn=1#達を虐げるしかしていない。救いの手も差し伸べていない。
「また、は無い…か…」
レイヴンは空を仰ぎ見ながら呟いた。こうなるって事も、分かっていたのだろう。いつもいつもまるで自分の未来は無いというような目で、無表情で、あの時海を見つめていたから。なぁ、共に生きてくれんじゃなかったのかよ。あの時、飛び乗る前に見せたあの目は俺たちに嬢ちゃんを任せて、自分は死ぬって目ぇしてたけど。何でそんなに…。レイヴンの脳裏に10年前の#dn=1#が浮かび、そして海を眺めていた#dn=1#が浮かんだ。
死ぬな。
絶対に。
何があろうとも。
「…きっと、#dn=1#は、一族のかたきをとって、死ぬつもりじゃ…」
パティが小さく座りながら言った。その言葉に皆息を飲んでパティを見た。パティは#dn=1#という人間を、#dn=1#は気付いていないようだったがちゃんと見ていた。いつでもどこか脆くて、優しくて、誰よりも"自分以外の生き物"を愛している。
それらから受けたのは感謝でも、恩でもなく、化け物という言葉に納得してしまった仲間の裏切り。それによって#dn=1#はまた1人になったのだ。誰かが手を伸ばす事無く、#dn=1#は背を向けて行ってしまった。そして向かっている先は死んでしまった仲間達の元。自分達は#dn=1#の、本当の仲間になれなかったのだ。そう考えると自分の愚かさと罪悪感で胸が潰れてしまうんじゃないかと思った。パティは膝に顔を埋めながらポロポロと涙を流した。嗚咽が抑え切れず、パティから聞えて来る。
「嫌じゃッ…!うちはッ、もっともっと…!#dn=1#と、旅がしたいッ…!!」
「、僕も…!最初はッ、怖い人だなぁとか、思ったけど…!でもッ、嫌だよぉ…!死なないでよ…!」
カロルとパティ。小さな2人は涙をポロポロ流しながら泣き出してしまった。
なぁ、今アンタがここにいたら、アンタは困ったように笑って2人を宥めるんだろうな。「大丈夫だ」「死なないから」とか言って。でも、アンタはここに居ない。たったそれだけなのに、俺たちこんなにも弱くなってる。確か騎士団時代にアンタ教えてくれたよな。
涙を見せる事は弱い事じゃないって。強くなるための一歩だって。だったら、俺たち強くなれるか?
「パティ、カロル。泣かないで…」
ジュディスが慰めるように2人の前に行くが、2人の涙は止まらない。それを見たエステルは視線を床に落とした。
「…リタ、聞いてください。御剣の階梯に飛び乗った時、#dn=1#は私に言ってくれたんです。私は助けられないけど、ユーリ達を信じてって。励ましてくれた」
あの優しい笑顔。あんな残酷な笑顔をさせてしまったと思うと胸が苦しくなった。#dn=1#は命を掛けてアレクセイを倒そうとしているのだと、分かってしまって尚悲しかった。初めての友達、いつもいつも迷惑をかけて、でも決して怒らないで、たくさんの事を教えてくれた。なのに、自分はあの時、アレクセイの言葉を否定できなかった。悔しい。なんて愚かな事をしたんだ。#dn=1#は#dn=1#で、化け物の筈がないのに…。
するとようやく見えて来たザウデ不落宮。するとリタが何かを発見した。それは猛スピードで飛来するフェローだった。フェローがエアルを吸っていると光弾がフェローに命中する。すると海の中から奇妙な発光体がフェローへ飛び、巨大な光弾の盾となった。
「行くぞ」
ユーリは力強く言った。
「アイツには、#dn=1#にはまだ仲間って奴、教えてねぇしな。凛々の明星がギルドのケツ持たねぇとな」
何か出来ないかと聞いて#dn=1#は、仲間を知りたいと言って仲間にしてくれと言った。ならば最後まで行こうじゃないか。
「うん!行こう!#dn=1#を迎えに!」
その言葉に皆納得したように頷いた。