長編
女騎士の名前
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誰か、撫でているのか…?
…暖かい。こんな気分になるのは、久しぶりだ…。
#dn=1#はゆっくりと意識を浮上させて、目を開ける。故意で開けたわけではない、無意識の内に開けてしまったのだ。目の前にボヤンと広がったのは見た事もない天井。それを即座に理解すると#dn=1#はガバッと起き上がり辺りを見回した。どこかの小屋のような感じの部屋だ。するとどうやらずっとそばにいてくれたらしいラピードがクゥンと鳴いた。それに気付いて#dn=1#は意識を飛ばす前の事を思い出した。#dn=1#はラピードに手を伸ばすと、ラピードは布団の上に顎を乗せた。隻眼の鋭い眼光のこの犬はユーリ達にはとても頼もしい存在だ。しかし、#dn=1#の前となると少し弱い。それはまるで母親に少し甘える子供のようだ。#dn=1#はラピードを撫でると、フッと笑みを浮かべた。ラピードもその気配に気付いて顔を上げる。
「ずっと、看ていてくれたのかラピード…。すまなかったな」
そう言うとラピードは「ガウッ!」っと1回吠えた。まるで「気にするな」と言うように。それを見て#dn=1#はラピードの鼻の頭を掻く。
そして表情を消すと改めて部屋を見渡した。
誰も、居ないのか…?確か私は、エゴソーの森でユーリ・ローウェル達と会って。その後は……、………記憶が無い…。ここはどこなんだ、一体何なんだ。…私の刀はどこだ。
そう思って辺りを見回すと#dn=1#の刀はテーブルの上に置かれていた。#dn=1#は安堵の息を吐いてベッドから降りようとする。しかしラピードが「出るな」と言うように唸ったため#dn=1#は仕方なくベッドから出るのを断念した。すると自分の枕元に、テムザ山で置いて来たリボンがある事に気付いた。それを手に取り、ギュッと握る。
「ラピード、#dn=1#が起きたのか?」
そう言って誰かが部屋に入って来る。#dn=1#はその声を聞いて一瞬にして無意識の内に強張らせていた身体を緩ませ声がした入口を見た。そこに居たのはユーリとカロル、そしてジュディスだった。カロルは少しだけ顔が強張っている。#dn=1#はラピードから手を離すと、ラピードはユーリの元へ戻って行った。#dn=1#は手元が寂しくなり、それを悟られぬようにリボンを隠すように。ユーリはラピードに何か話しかけると#dn=1#に目を向けた。
#dn=1#は目を向けられても相変わらず無表情で3人を見ていた。ユーリはフッと笑みを浮かべると#dn=1#をジッと見た。
「大丈夫そうだな」
「あぁ、世話を掛けた」
「……、あのッ」
そう言って#dn=1#は今度こそベッドから降りようとするとカロルが#dn=1#の前まで行った。いきなり前に来られた#dn=1#はジッとカロルを見る。カロルは一切表情を変えない#dn=1#にかなり大きな恐怖を抱いていた。#dn=1#は何も言わず目の前に立ったカロルに「何か用か」と目で語っている。カロルはビクッと身体を1回大きく震わせて、俯いた。身体の脇にぶら下がっている手は拳を作って恐怖に耐えようとしているが、恐怖はそれを上回っていてガタガタと震えていた。そんなカロルを見てユーリは仕方ねぇな、と言うように溜息をこっそりと吐くと1回だけカロルの名前を呼んだ。カロルはその声を聞いて、ビクッと身体を跳ねさせた。そんなユーリを見て#dn=1#は相変わらずだと思いユーリをフルネームで呼んだ。
「ユーリ・ローウェル。黙っていろ」
「へいへい」
そんなやり取りを見てジュディスはクスクスと笑った。
#dn=1#は俯いたカロルの顔を覗き込み、そして目を合わせるとポンッと肩を叩いた。それにカロルはまるで陸に揚げられた魚のようにビクビクしている。
「深呼吸をしろ。誰も取って食いはしない」
「うっ、うん…」
カロルは大きく深呼吸をする。#dn=1#は手を離してカロルを見ている。カロルは何度か深呼吸をすると、覚悟が決まったのは目をキッとして#dn=1#を見た。
「ごめんなさい!!」
#dn=1#はカロルの言葉に固まってしまった。
私は一体この少年に何か謝られるような事をされただろうか?しかもかなり深く頭を下げているし。……一体謝られるような事…、というか私はこの少年と会うのは、今が初めてな気がするぞ。どこかで会ったのだろうか?だとしても謝るのは私の方だ。謝られるような事をされているのに忘れてしまったのだから。
頭の中でカロルをどこかで会ったのだろうかと必死に掘り返している#dn=1#を見て、ユーリはくくっと笑った。ジュディスもそんな#dn=1#を見て微笑んでいる。
「カロル、いきなり謝ったら、何で謝ってんのか分かんねぇぞ」
ユーリを見ながらそれを聞いてカロルは「あ、そっか」と納得すると再び#dn=1#を見た。カロルから見たら#dn=1#は無表情のように見えるが付き合いの長いユーリには#dn=1#が困っているように見えたのだろう。カロルは「っ、よし」と小さく意気込んだ。#dn=1#から見てもその光景は、カロルにとってユーリは信用の出来る存在なんだと思った。そう思うと、何だか嬉しかった。
「あの、……」
ギルドが、君達の一族の人達を殺したって聞いたから…。
そう言うと#dn=1#は眉間に皺を刻んだ。それはもちろん怒っているわけではない。何故その事について知っているのか、どうしてその事について関わってもいないギルドである少年が謝るのか。分からない事がたくさんあるからだ。それを見てカロルはビクッと身体を跳ねさせ、ユーリの後ろに隠れた。どうやら小さな首領の根性はここまでらしい。そんなカロルにユーリはまるで分かっていたかのように今までカロルが立っていた位置に移動した。
「フェローから聞いた。ギルドと騎士団、人間がアンタ達……民だっけか?それを差別し迫害して、殺したって」
「……ユーリ・ローウェル達には関係無い事だろう?その頃はユーリ・ローウェル達は皆子供だ。時代も違う上に、その時とは違う人間が謝るのはお門違いだ」
「だとしてもだ。同じギルドがやらかした事だからな、例えギルドが違っても謝るのは当たり前だ」
そう言ってユーリも頭を下げる。ジュディスもラピードもカロルも。#dn=1#はユーリを見た。ユーリが頭を下げるなど#dn=1#は見た事もなかった。騎士団にいた頃はやんちゃばかりで謝るの「あ」の字も知らないようだった。そして騎士団を辞めた後でも、なんだかんだこうやって頭を下げて謝る姿を見た事はない。チラッとジュディスやカロルを見た。
良き仲間に出会えて、変わったのかも知れないな…。
まるで自分の子供が成長したような気分だ。
「それこそ、謝らないでくれ」
そう言うとユーリとジュディス、ラピードは早々に頭を上げた。どうやら#dn=1#がすぐに許すと分かっていたらしい。しかしカロルはコソコソと頭を上げた。
「我々は、……いや。私は、復讐など考えていない」
言い直したのは恐らく民は自分1人だけとなった現実と向き合うためだろう。
「だが、ありがとう。ドンとユーリ・ローウェル達だけだ。過去の過ちを、そうやって清算してくれたのは」
まだエステルと会う前。#dn=1#はダングレストを訪れてドンと出会った時、ドンが2人だけにした部屋で「すまなかった」としゃがれた声で謝ってくれた。#dn=1#には不必要な謝罪だった。しかし、それを拒む事が出来なかったのも事実だ。胸の中の何かがスゥ…、と染み渡るようだった。
今は亡き仲間達よ、ベリウス以外のギルドでもこうやって潔い清算をしてくれる者がいるようだ。そう考えるとギルドもまだまだ捨てたものではない、そう思っても私はおかしくはないだろう?
「ダメだよ!…僕たちじゃないけど、仲間を沢山殺しちゃったんだ。そんな簡単に済ませちゃダメだ!僕らみたいな小さなギルドで良かったら何でもお願いをきくから!」
「………何でも?」
ユーリもジュディスもラピードも、そしてそんな大胆発言をしたカロルもしまったと思った。
「何でもお願いをきくから」というカロルの発言に#dn=1#は悩み始めてしまったのだ。まさかユーリはカロルがそんな事を言うとは思わなかったようで「おいおい…」と呟いた。カロルは顔色を真っ青にしてアワアワと慌てている。
だが今さらダメとは言えない。完全に主導権は#dn=1#の手に墜ちているのだ。もしここで自決しろと言われたら(#dn=1#は言わないと思う、絶対に)、自決しなくてはいけない。3人の痛い視線を感じながらカロルは今にも泣き出しそうだ。カロルの視線の先の#dn=1#はカロルの視線を完璧に無視して、顎に手を当てて悩んでいる。いくらさっき復讐する気はないと言ったが…、何でもお願いをきくと言ってしまった。そう言ったお願いが来るのも覚悟しておいた方がいいのかもしれない。
#dn=1#は考えがまとまったのか小さく頷いた。どうしようどうしよう、もしここで死んでくれって言われたら。怖いよ。でも、自分の言葉を曲げるのは…。
「私の願いは、」
#dn=1#はカロルの目を見る。吸い込まれてしまいそうな目だ。
まるでカロルはその目に生気を吸い取られているように真っ青だ。
「少しの間で良い。共に居させてはくれないか」
それを聞いたカロルは首を傾げ、ジュディスはぽかんとしてユーリはニヤッと笑い、ラピードは「ガウ?」と鳴いた。
#dn=1#はエゴソーでユーリに仲間というモノを口で説明されたが、そんな簡単に分かるようなモノなのだろうか、と考えていた。そしてそれを確かめる事は出来ない。民は、仲間は皆#dn=1#を残して逝ってしまったのだから。
そう言うと要約して説明すると、カロルはユーリを見上げ、ジュディスを見上げた。断れる権利はカロル達には無いと言っても等しいが、一応確認だ。ユーリはニッと笑い、ジュディスは微笑んだ。ラピード「バウッ」と1度吠える。このお願いはむしろユーリにとってもありがたいモノだった。もしここで出て行くというモノならカロルに頼んで#dn=1#を無理にでも連れて行くつもりだったのだ。すると返事をしないカロルを見て#dn=1#は微かに困ったような顔をする。
「無理、だろうか?」
「う、うぅん!そんな事無いよ!じゃあ、#dn=1#は今から僕らの仲間だ!」
そう言うとカロルは何だか嬉しそうに笑って「皆にも言って来る!」と言うと駆けて部屋から出て行った。そんな後ろ姿を見て#dn=1#はホッとした。拒まれなくて本当に良かった、そう思った。ジュディスは「うふふ」と笑い、ユーリは「アンタらしいな」と言った。#dn=1#はチラッと自分が握っているリボンをチラッとみた。
*******
「#dn=1#!!」
ユーリ達が先に船室から出て、#dn=1#は後から船室から出た。すると、#dn=1#が船室から出ると、誰かに抱き付かれた。#dn=1#はバランスを崩しそうになるが何とか耐えて抱き付いて来た人物を声で判断すると微かに笑みを浮かべた。そして頭をポンポンと撫でてやるとその人物はとても嬉しそうに笑った。
「エステリーゼ様、お久し振りです」
ギュウギュウと抱き締めて来るエステルに、滅多に見せない微笑みを見せる#dn=1#。エステルは#dn=1#を見上げてそれを見ると破顔して#dn=1#の胸に顔を埋めた。#dn=1#は桜色の髪を優しく撫でるともう片方の手でエステルを抱き締めた。#dn=1#はまたこうやって、エステルを抱き締めるなど絶対に出来ないと思っていた。側近という肩書きも捨てたのだからエステルの側にいる権利が無い。そう考えていたからだ。
仲間達はカロルから話は聞いたようだがそんなエステルと#dn=1#を見て半ば唖然、呆然としていた。何せエステルがあそこまで誰かに会うのを嬉しがっているのを見た事がないからだ。
エステルはグリグリと#dn=1#の胸に頭を擦り付けている。#dn=1#はくすぐったそうに身を捩る。傍から見たらまさに仲のよい姉妹だろう。…但し、#dn=1#を女と知っている者だけだが。
「ずっと、…ずっと会いたかったです…」
そう言うエステルを見て#dn=1#はツキンッと胸を締め付けられた。こんなにも歓迎してくれているのに、満月の子に関する情報もどうしたらエアルの乱れを起こさずに済むのかの情報も殆ど手に入れていないのだから。そして、自分達と満月の子の関係を知った時、この優しい元主人はどれだけ傷つくだろうか。それを思うと平然とは、していられそうになかった。
すると#dn=1#を警戒するように見ていたリタはエステルを引っ張って#dn=1#から引き剥がした。そしてまるで猫のように警戒している。
「エステル!アンタ、こんな野郎に抱き付いちゃダメ!仲が良いみたいだけど、コイツはもしかしたらフェローみたいにアンタを殺そうとしてるかも知んないのよ!?」
そう思われても仕方がない。フェローに会ったのだから、私の仲間達がギルドや騎士団、人間によって迫害され殺されたと知ってしまっている筈だ。
そう思われても仕方がないのだろうな。人間達には、理解の出来ない生活だからな。自ら結界魔導器の外で生活する我々を。何せ私でも教えられるまで疑問に思っていたのだから。
何故自ら、まるで自分を戒め傷つけるような行き方を選ぶのか。
#dn=1#はエステルを抱き締め、頭を撫でていた手を下ろしリタを見た。リタはエステルを庇うようにして構える。それを見て#dn=1#は良かった、と思った。エステルはちゃんと仲間の仲に打ち解け合っている。ずっと不安だったが、こうやって友や仲間が沢山いる。まるで大人になっていく妹を見ているような気分だった。それは嬉しくも、どこか寂しいような悲しい気持ちだ。するとリタはいつまでも反論して来ない#dn=1#を見て、まるでお前は子供だと言われているような気がして、構えた。
「揺めく焔、猛追―」
術式が浮かび上がる。それでも#dn=1#は一切避ける仕草一つ見せない。カッとなって術を発動させる。
筈だった。
「はーい、リタっち。ストップ」
いきなり#dn=1#の前にレイヴンが立ちはだかったのだ。これに驚いてリタは詠唱を中断させる。
だがギリッと歯を噛み締めて帯を握り振り上げる。だが次の瞬間、その手を後ろから2本の手が押さえた。リタはバッと振り返るとユーリとジュディスが居た。ラピードとカロル、パティはレイヴンの前に立って庇っている。一見するとそれは#dn=1#を庇っているようにも見えるが違う。
これはリタを庇っているのだ。ここでもし、リタが魔法を発動させたら、#dn=1#は避けずに受けるだろう。そしてリタは一時的に頭に血が上っていたのだ。そんな事をしたら、リタは#dn=1#を見るたびにずっと後悔をするだろう。そんなリタを仲間達は見なくないのだ。
「リタ、止めろ」
ユーリがそう言うとリタは舌打ちをしてその手を振り払おうとするが思い切り掴んでいるようで離れない。
「ユーリ・ローウェル。放してやってくれ」
すると#dn=1#はそう言ってレイヴンやカロル達の横を通ってリタの前まで来た。リタの背後ではエステルが、#dn=1#が何かしてしまわないかと慌てている。リタはキッと#dn=1#を睨んだが、#dn=1#はリタと目を合わせ、視線と同じ高さまで膝を折る。そしてユーリとジュディスは手を放した。
暫くはずっと2人で見つめ合っていたが、突然#dn=1#が微笑んだ。それはユーリやフレンでも見た事がないような微笑み。リタは今まで#dn=1#の無表情か、寝ている顔して見た事が無かったからか、それともその微笑みが綺麗だったからか、顔を真っ赤にした。
「ありがとう」
ただ一言。
#dn=1#はそう言った。
エステリーゼ様のために身体を張って、もしかしたら仲間に恨まれるかもしれないというのに私に攻撃をして来たのだ。それぐらいエステリーゼ様を仲間として、友達として思っていてくれているのだろう。それはきっと私が近くにいたら、出来なかっただろうし、エステリーゼ様に友達も出来なかっただろう。
#dn=1#は要約してそう言うとリタは照れたように「べ…別に…!」と言ったがすぐにエステルに抱き付かれたため反論は出来なかった。仲間達は取り敢えず仲間割れが起こらずに良かったと息を吐いた。しかし、問題はもう一つ残っている。
「ちょっと、アンタ…」
「……私か?」
いきなり話しかけられた#dn=1#は表情を消してリタを見た。リタはアワアワと困りながら#dn=1#に指さした。
「男なんだから、あんまりヒョイヒョイ抱き付かれてんじゃないわよ…!」
………。これは説明した方が良いのだろうか…?いやしかし、そっちの方が便利かも…?あ、いやダメだ。部屋割りとかで…、私は別に構わないが。それにキッパリ言い切ったのだからここで格好良くキメさせてるのも…。
#dn=1#が言うべきか否か悩んでいるとユーリがくくっと笑った。そんなユーリに一気に視線が集まる。理由を知っている者も知らない者も視線を向けている。#dn=1#はそんなユーリにムッとした顔を向けている。いつまでも傍観していないで、正すなり、知らばっくれるなりしたらどうだ、といった目だ。ユーリはそんな#dn=1#の目を見て抱腹絶倒し過ぎて痛む腹を押さえ、涙を浮かべながら#dn=1#を指さした。
「リ、リタ…!#dn=1#が男に見えたのか…!?」
そう一言言われて、リタはまさかと思いギョッとしながら#dn=1#を見た。#dn=1#はそんなユーリを見て溜息を吐くしか出来なかった。そして、#dn=1#は一言言った。
「私は女だ」
*******
仲間の半分が#dn=1#を男と勘違いしていたようで暫くは固まっていた。知っていた者は笑うか、この漂う奇妙な空気をどうにかしようとするか、完璧に傍観するかだった。#dn=1#は取り敢えず、バウルに会おうという事でバウルに会った。そして言葉を話せないバウルと会い、それでもアイコンタクトでどうにかなるものだ。会話を終えてフィエルティア号に戻ると、どうやら硬直状態は解けたようだった。そして#dn=1#は視線を甲板に彷徨わせ、ある人物を見ると、愛刀を落とすほど驚き目を見開いた。
そんな珍しい事にユーリやエステルは眉を顰めた。#dn=1#は早足でツカツカと足音を立てて近寄ると、ガシッと顔を両手で押さえて顔を近付けた。まるで何かとその人物を細かいところまで比べているかのように。
「えーっと…、おっさんびっくりなんだけどー…」
レイヴンだった。#dn=1#はじぃっとレイヴンを見ている。それこそ吐く息が掠めたり、鼻が擦れ会ってしまう程近い。それに驚いたのと、端正な顔が近付いて来てかレイヴンは少し照れたように顔を赤める。
「いやぁ、美人さんにそんな間近で見てもらえる程俺様ってカッコい、」
「………似てる、」
シュヴァーンに、似てる。
#dn=1#はまるで寝ぼけているかのように呟いた。だがその声はレイヴンにしか聞こえてないようで他の仲間には#dn=1#がレイヴンに迫っている(またはレイヴンが#dn=1#を誘惑してる)としか見えていない。レイヴンはそれを聞くとドクンッと、自前の心臓は既に無いというのに、大きく鼓動するのを感じた。
しかし必死に自分に落ち着くように言い聞かせ目を閉じて大きく深呼吸をした。そして、目を開けて#dn=1#に違うと目を見て説明しようとした瞬間、ヒュッと息を飲んでしまい言葉が出て来なかった。その理由は#dn=1#があまりに嬉しそうな表情をしていたからだ。
今でも、忘れない。城の木の下で話をし合った。あの懐かしくて、手を伸ばしてももう届く事が無いあの日々。あの時も#dn=1#はこうやって笑ってくれた。
この表情を悲しみや無表情に消したくない。とレイヴンは思ったが、どうやら結び直したのだろう#dn=1#の髪を結ぶリボンが視界にちらついた。
約束のリボン。シュヴァーンが、戻って来ると信じていてくれと言って#dn=1#と約束したリボン。
あれがテムザに置いて行かれたという事は#dn=1#はもう約束を守れないと、言ったも同然だ。
そう考えると、何だか自分だけがあの時に囚われているようで悲しくなった。
「似てないわよー、シュヴァーンってあの平民出身の騎士隊長でしょ?こんなイケメンなおっさんの筈ないじゃないのよ」
そう言ってレイヴンはパッと#dn=1#から逃げた。#dn=1#はレイヴンに手を伸ばしたが遠ざかるレイヴンに、その手は届かなかった。
*******
エゴソーの森に入り、坂を駆け上がる。すると登っている途中何か兵装魔導器から何か砲弾のようなモノが飛ばされる。#dn=1#は咄嗟に前に出た。だがそれよりも早くエステルが前に出ると、その砲弾のようなモノは跡形と無く消えた。エステルは少し息を上げたようにその場に崩れる。皆、慌ててエステルに駆け寄る。#dn=1#が兵装魔導器を見ていると後ろの会話が耳に入る。エステルはヘリオードで同じ事をしたのだと。
マズい…。感情が反応し始めているのか。優しい主人は恐らく必ず身を呈して誰かを助けようとする。それを止めろなど言えない…。とにかくあれを急いで止めよう。
そして坂を駆け上がる。そして、ふと気付いた。あの制服の色はアレクセイ直属の親衛隊。何故あんなモノをここに運んだのか、しかも何故ユーリ達がここに来るとほぼ同時に?#dn=1#の頭にフッと掠めた言葉、それは"実験"の2文字だった。まさか、いや…だとしたら何故?私を殺さない、そう考えているとゆっくりと兵装魔導器が動くのが見えた。動きからして自分達を狙っているのだろう。
#dn=1#は少し走るスピードを落として、目を細めながらゆっくりと後退して後ろに走る。
「#dn=1#!?何やって、」
言葉は最後まで続かなかった。兵装魔導器からエアルの砲弾が発射されたのだ。その先にいるのは、#dn=1#。
やはりそうなのか…。だったらこれは実験か…。満月の子である主人の力の実験。そしてあわよくば、民である私を、殺す。
#dn=1#は前に大きく跳ぶと爆風で身体が舞い上がる。身体からの衝突を避けて何とか着地するが、もしあそこで跳ばなければ#dn=1#は今頃あの世だろう。仲間達は呆然と#dn=1#を見ている。#dn=1#は急いで皆の元に戻る。ユーリは怒りで震え、エステルは無事な#dn=1#に泣きそうになっていた。「急ぐぞ」と促すと皆は再び駆け出した。
そして兵装魔導器を止めるが、もう一台を見つけ#dn=1#は坂を降る。自分が標的だ、逃げなければ。そう思いながら、走ると間一髪避け切れたがやはりユーリは怒っているようだった。もう一台を止めようという事になり、皆が向かいにある兵装魔導器まで走る。途中親衛隊に出くわしたが、何とか退けリタが兵装魔導器を止めて、ジュディスが鐘を鳴らす。そこに現れたのは大きなクラゲのようなモノ。
皆はバウルが持つフィエルティア号に乗り込み上空からそれを見た。
「クローネス…」
クラゲを見ながら囁くように#dn=1#が言う。しかしそれは誰の耳にも入っていないのか、ジュディスの説明に耳を傾けている。来たくなかった、来てしまった。二つの思いが重なる。もちろん前者の方が強い。あんな事を知った時エステルは耐え切れるか不安だったからだ。#dn=1#は不安になりながらミョルゾに降りた。
何とも奇妙な光景だった。
相も変わらず…、というところか…。随分と昔に来た事があるが、昔とあまり変わり映えのしない場所だ。まぁそこが良いところなのだがな。だがあまり思い出したくない過去もある。早いところ出てしまいたいな。
「おや…、そちらの方は…。ッ民か!?」
「なんとひさしいことか!!」
「この無表情……#dn=1#か!」
「あぁ、そうだ!#dn=1#だ!!」
#dn=1#がぼんやりと考えていると手を握られた。#dn=1#は話が付いて行けず手を振られたまま目を白黒している。だがミョルゾの民は涙を流す者もいる。
それを見るとやはり民は誰もあの日以来ここに来てはいないんだと思い知らされた。そしてクリティア族が戻って行くと仲間達の目は#dn=1#に注がれた。まさかクリティア族と知り合いだったなど知らなかったからだ。
だがそんな目で見られても#dn=1#は何も言う事は出来なかった。言ったところでいつボロを出してしまうか怖いからだ。寂しそうにリボンが揺れる。それを与えてくれた者の名を#dn=1#は心の奥で小さく呼んだ。
「#dn=1#、ちょっと良いか?」
そう声を掛けられる。#dn=1#は慌てて顔を上げるとそこには不機嫌と顔に書いているユーリが立っていた。珍しいと思いつつ、#dn=1#は首を傾げる。ユーリは騎士団を去ってから、大人になったと#dn=1#は常々思っていた。あの頃のように無茶はしなくなったし、気持ちの割り切りが上手くなった。何だか自分だけがあの時から何も成長せず、あの時のままのような気がして#dn=1#は寂しくなった。もう自分は彼らの前でも隣でもない、ずっと後ろにいるんだ。そう感じて悔しくて、悲しかった。もう誰も、居ないんだ。
「どうした、ユーリ・ローウェ、」
言葉は最後まで続かなかった。#dn=1#の頬をユーリが叩いたからだった。パンッと良い音がした。#dn=1#は何が起こったのかよく分からなかった。ただジンジンと痛む頬が痛かった。エステルが「何してるんです!」と言って駆け寄ろうとしたが、#dn=1#が止める。皆ユーリがした事に驚いているが、当のユーリはとても怒っているように#dn=1#には見えた。
叩かれた頬に触れると熱を感じて、ユーリを見た。酷く冷たい目をしていた。だが#dn=1#は何故自分が叩かれたのか分かっていない。回復魔法を使いそれを治すと#dn=1#はユーリを見つめた。
「何故叩く?私は何か気に触るような事をしたか?」
「あぁ。気に触るような事したね、それで俺が怒ってんだ」
分からない。何故ユーリ・ローウェルは怒っているんだ?私は一体ユーリ・ローウェルの機嫌を損ねるような……何をしたんだ?一体私は、何をしでかしたんだ?必死に悩むが#dn=1#には分からない。するとユーリはギリッと歯を噛み締めてミョルゾの奥へと進んだ。
#dn=1#は追おうとしたが、追ったらまたユーリの機嫌が悪くなるだろうと考え、追わなかった。心配そうな仲間の目を感じ、#dn=1#はハッとして心配を掛けまいとしてうっすらと笑った。
「すまない、私はそこらを歩いている。用が終わったらあの扉の前で待っている」
そう言って仲間から離れた。ここは真実を知る町、出来る事ならエステルには来て欲しくはなかった。#dn=1#は改めてそう思いながら仲間達から慌てて離れた。
*******
「世の祈りを受け、満月の子らは命燃え果つ…」
かくて世は永らえたり、されど我らは罪を忘れず、ここに世々語り継がん。#dn=1#は破壊された魔導器に腰掛けながらそう呟くと空を見上げた。
私たち一族は、過去に過ちを犯し迫害された。その過ちこそが、満月の子らに関係する。
私たち一族は、世界を救おうとしたあまりに、満月の子らが死んだ方がいいと、提案を言ったんだ。それが皆に響き、それが世の祈りとなった。そして満月の子がいなくなり、人間達は世界を救うと私たちを人殺しと言った。満月の子はそれほどまでに大切な存在だったのだ。
そうして提案を出した私たちは迫害を受け、追放された。それをここの町はまだ伝承しているのだろう。
「………」
#dn=1#は溜息を吐いて、目の前の扉を見つめた。ここに入ったら何だか自分の身体に流れる血の咎を激しく感じてしまいそうで、入れなかった。髪を結うリボンを見つめ、それを掬った。目を瞑り、優しく笑ってくれた、このリボンを渡してくれた人物を思い浮かべた。
ルブランやアデコールやボッコスにも頼んだ。合わせてくれないかと。しかし、困ったような顔をされただけだった。もう私はお前を待たない。いくら頼んでも待ってやらない。リボンは私の元に戻って来てしまったが、私はもう…。
するときぃぃ…と音を立てて扉が開いた。#dn=1#は仲間が来たのだろうと理解し、立ち上がって出迎えようとした。が、そこにいたのは確かに仲間だ。しかし何やら様子がおかしい。
レイヴンとエステルがいたが、エステルは何だか気絶しているようでピクリとも動かず。そんなエステルをレイヴンは抱き上げていた。#dn=1#は眉を顰めて2人を見つめる。
「皆は、どうした…」
そう聞くがいつもの軽い口調を聞くことは出来ない。それに何やら不穏な雰囲気に#dn=1#はつい反射的に刀の柄を握った。レイヴンはまるで#dn=1#が見えていないかのよう自分がすべき事をロボットのようにしている。だが、先程まで#dn=1#が腰掛けていた魔導器の前にしゃがみ込むと、ようやく口を開いた。
「こんな形で、#dn=1#と再会をしたくはなかったな…」
「ッ!!シュヴァ、」
忘れもしなかったその声。
会いたくて、会いたくて。
必死に会えるようにやったのにこんなにも…、近くに……。#dn=1#は悲しげに顔を歪め、「何故…」と言葉を落とした。
だが言葉は最後まで続かなかった。ドンッと腹に強い衝撃が走った。気絶しそうになりながら何が起こったのか理解した。レイヴンに腹を殴られたのだ。膝をつき、その場に崩れる。だがそれでも必死に意識を飛ばさぬように、何とか自分を保たせる。心臓の音だけがはっきり聞こえる。だがやはり少しは意識を飛ばしていたようで、起き上がると誰もいなくなっていた。
自分がここまで憎いと思った事はない。フツフツと沸き上がるのは怒り。誰に対してでもない、自分に対してだ。
魔導器を使い、外に出る。2人がどこに行ったのか何も分からない。左右を見るが足跡も見当たらない。#dn=1#は舌打ちすると空に浮かぶ始祖の隷長を見上げた。
「クローネス!2人の向かった先を教えてくれ!!」
そう叫ぶと頭の中に言葉が浮かんで来た。西の方にある、砂漠…、ヨームゲン。#dn=1#はそう理解すると駆け出した。幸いにもクローネスが計らってくれたようで随分近くに降ろしてくれたようだった。
*******
#dn=1#がヨームゲンに着くとそこにはただの荒廃した町が広がってした。しかし、そんな事を理解する暇はない。向こうにカドスの喉笛で見た、あの時助けてくれた始祖の隷長が居た。しかも一緒にいるのは、シルバーホワイトの髪の人間の男。#dn=1#は刀を抜くと、一気に駆け寄りその男に刀を振り降ろした。始祖の隷長に攻撃しようとしていると思ったからだ。
ギィンッ!
高い音ながらも唸るような音。始祖の隷長はそんな2人のやり取りをジッと見ていた。#dn=1#は男を睨みギュッと柄を握るが、男が持っている剣を見て目を見開くと離れた。
「宙の戒典…」
「……民か…」
そう言って男は#dn=1#を見る。#dn=1#はすまないと一つ謝ると刀を鞘にしまった。宙の戒典は行方不明と聞いていたが、フェローに聞いた事がある。宙の戒典を持っている者は、始祖の隷長を殺しはしないと。#dn=1#は判断さえ誤ってしまっていると考えると唇を噛み締め、自分を殴りたくなった。
「……名は…」
「、…デューク・バレンタイン」
「……、デューク・バレンタイン…。すまない、」
そう謝るがデュークは全く気にしてないようで、#dn=1#から目を離すと始祖の隷長に目を向けていた。前に来た時と変わらない閑散としていて、フェローの幻があるぐらいか。#dn=1#はそう思いながら目を瞑った。
「来い」
その声に#dn=1#が目を開く。それと同時に引き寄せられ浮遊感。どうやら飛んでいるようだ。デュークに手を掴まれ、#dn=1#は無理矢理始祖の隷長の上に乗せられた。#dn=1#は顔を俯かせながら、自分の刀を見つめた。今にも飛び下りてしまいそうな#dn=1#をデュークは抱き寄せて押さえていた。
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バクティオン神殿に降り立つと2人はバクティオン神殿の中へと入っていった。この神殿に祭られているアスタルが心配だった。何せすぐそばにはヘラクレスがあり、倒れているとはいえアレクセイ直属の親衛隊がいたのだから。#dn=1#は浮かない顔のまま歩いていると、先を歩いていたデュークがいきなり足を止めた。
「民よ。何故、満月の子を追う?」
そんな問いを投げられ、#dn=1#は眉を顰めながら、デュークを見た。恐らく、と#dn=1#は思いながらデュークを見返していた。この男は我々一族の正の部分も負の部分も、それにより導き出された結果も知っている。だがそんな事を思うよりもデュークの質問を理解するのに、時間が掛かった。恐らく彼はこう言いたいのだろう。
何故、仇敵である満月の子を殺さずに助けようと追うのか、と。
何故私が、満月の子であるエステリーゼ様を助けるために追う、か…。エステリーゼはユーリ・ローウェル達の仲間で、私の仲間。助けるの当たり前だ。だがその答えを投げたところでデューク・バレンタインは恐らく納得しないだろう。
大昔に星喰みを倒すためとはいえ、エステルの祖先を死に追いやったと言ってもいい#dn=1#達の祖先。そしてそれが仇となり今、迫害、差別、殺害される#dn=1#の仲間達。だが民の長は仕方がないと言っていた。我々はそれだけされる事を先代がして来てしまったのだから。恨まれても仕方がない。だが、我々は恨み行動に移してはならない。恨みは憎しみを生み、それは循環を繰り返すのだから。長は幼い#dn=1#に諭すように教えてくれた。別に#dn=1#も民達も恨みを行動に移した事はただの一回もなかった。自分達は醜い感情の最終地点。ここで負の感情の連鎖を断ち切る。
それを繰り返して来た。
「……分からない」
#dn=1#は力なく頭を振った。その表情からしてもまるで人形のようだ、とデュークは思った。#dn=1#は自分を見つめて来るデュークを見ようとはしなかった。むしろまるで過去を振り返っているように俯いて、自分の手を見ている。
満月の子である、エステルに恨みを抱いた事は無い。だがそれを言ったところで、何故?と問われるのが目に見えている。分からない、自分はただエステルを助けたい。
そして、エステルをさらったレイヴン…―シュヴァーンに会い、聞きたい。何故会えなかったのか、何故会うのを拒んだのか。#dn=1#はあの時のレイヴンを思い出していた。何で自分から拒んでいたくせに、あんなに優しい声で…自分にあぁ言ったのか。
全て分からない。
「……少しで良い、時間をくれないか…?」
「………」
デュークはそれ以上何も言わなかった。無言で肯定を示すと再び神殿の奥へと向かって歩いて行く。#dn=1#はようやく顔を上げると随分先にデュークの姿が見えるのを確認して、追いかけるように少し早足になったが、フッと振り返り何かの気配を感じたがすぐに頭を振ってデュークの後ろに付いた。それにしても床にはユーリ達が倒したのであろう魔物や、騎士達が倒れている。デュークはそれを追っているのか、それとも自分の勘で進んでいるのか確実に神殿の奥へと突き進んでいる。
すると#dn=1#はふと気付いた。#dn=1#が物心ついた頃からしか分からないがテルカ・リュミレースに存在する始祖の隷長の数は少ない。
更に魔導器が多く普及する今となっては、どの魔導器の核に使われる聖核が不可欠となり始祖の隷長の数はかなり減少した。そのため#dn=1#達、民が会う始祖の隷長も少なかった。が、彼にまだ出会って無い事に気付いた。エルシフル、彼にまだ出会っていない。この神殿にアスタルが奉られている事を知っている彼なら、知っているかもしれない、と思い#dn=1#は口を開いた。がそれよりも早くデュークが口を開いた。
「…エルシフルに、会って欲しい」
「エルシフルは、どこに…?」
「死んだ。人魔戦争で」
その言葉に#dn=1#は息を飲んだ。彼が、死んだ。人魔戦争で。そんな。だって。アレクセイは。魔物をって。じゃあシュヴァーンは。あの戦争は。
人魔戦争は、人間と始祖の隷長の戦い。そう思っただけで目の前がクラクラした。#dn=1#は自分を落ち着かせるように深呼吸すると、デュークの背中を見た。自分は本当に最低だし、無知だ。自分が城でヌクヌクしている時に始祖の隷長達は戦っていたというのに。
#dn=1#は謝ろうと思ったがデュークが長い暗闇の廊下を抜け、開けた場所に出たかと思うと先客がいた事に気付き口を噤み、#dn=1#は暗闇の廊下で歩みを止めた。
「デューク…、何でここに…」
「お前達か」
#dn=1#からはデュークを含めたユーリ達の姿は見えない。もちろん、それはユーリ達も同じだ。
何故満月の子を追う、か。
#dn=1#はぼんやりと思った。何故自分が満月の子を追うか、助けたい以前に何かある。#dn=1#は目を瞑った。
初めて出会った時、なんと幼い主人だろうと思った。そしてなんて無邪気に笑うんだろうとも思った。そして友達になりたいと言ってくれた。あの方は私のすべてを受け入れてくれた。受け入れ、笑いかけてくれた。大切な主人、大切な方、守るべき方、何があろうとも。守ろうと誓った。この思いに、刀に。例え、私が死するべきであろうとも。
「知ろうが知るまいが、義を持ってことを成せってのがウチのモットーなんでな。どうしてもってんなら、悪いが相手になるぜ」
そんな声が聞こえ、緊迫した雰囲気が流れ込んで来る。#dn=1#は駆け出そうとはしなかった。
デュークがこんなところで戦いを望むような男には見えなかったからだ。すると#dn=1#の読みは当たったようで「……良いだろう」と言う声と共に剣が転がる乾いた音が聞こえた。#dn=1#は自分が何故だか笑っているのが分かった。そしてデュークが「ならばフェローが認めたその覚悟のほど、見せてもらおう」と言うとデュークはユーリに簡単な説明をすると、再び暗闇の廊下に戻って来た。デュークからは#dn=1#の表情が見えたのだろう。ボソッと呟かれた。
「人形のようでも、そんな風に笑うのだな」
もと来た道を帰ろうとするデュークに#dn=1#も付いて行くが、すぐに足を止めてデュークを呼び止めた。
「先程の答えだが、」
私にとってあの方は私の誇りであり、全てだ。
#dn=1#が言った。デュークは足を止め#dn=1#を振り返る。
「エステリーゼ様は私を受け入れてくださった。そしてそばに置いてくれた、信じてくれた」
「…だから世界の毒を助けると言いたいのか。お前達が迫害、差別、殺される原因となった満月の子を」
「だが私達も過ちをした」
「いや、お前達民は正しかった。あの時満月の子を殺さなければ、今が無かった」
「だがそれで、エステリーゼ様の祖先達の命は散った」
そう言うとデュークは#dn=1#の前に立った。#dn=1#は目を逸らさずデュークを見上げ、デュークも#dn=1#を見下ろしている。分かっている、そんな理由で助けるなんて馬鹿げているなんて。#dn=1#はフッと微笑むと、デュークから目を逸らし剣を握っていた、今は空っぽなその手を見た。恐らく彼はフェローと同じように不器用な奴なんだな。#dn=1#はそう思うとデュークの手を弱々しく掴んだ。
「ありがとう」
守ろうとしてくれて。でも私は大丈夫だ。
そんな思いを込めてキュッと握ると#dn=1#は顔を上げた。その表情は相変わらず無表情だが目には曇りは無い。デュークは小さく溜息を吐くとスルッと#dn=1#の手から逃れた。そしてクルッと踵を返す。
「この件が終わったら、エルシフルの元へ案内を頼む」
そう言って#dn=1#は神殿の奥へと足を進めた。デュークは少しだけ足を止めて、目を閉じる。思い浮かべるは今は亡き戦友。彼は民を心配し、守ってやって欲しいとさえデュークに頼んでいた。
今は守れそうにない、そう心の中で呟くとデュークは目を開けて再び歩き出した。
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#dn=1#が廊下を抜け、先程ユーリ達がいた部屋も抜け再び廊下を抜けるとドンッとした衝撃が流れて来るのを感じた。そして悲鳴も聞こえた。聞き覚えのある声がやたらと下卑ているのも聞こえた。やはりというか、溜息が溢れてしまう。カツカツと自分の靴の音が聞こえる。そして何か自分の中で燃え立っている。手が付けられなくなるぐらいに。#dn=1#は笑みをこぼす。
分かっている長、確かにこれは怒りだ、アナタが持ってはいけないと言っていた感情の一つだ。だが、この感情は怒りだけではない、何故という気持ちも入っている。だから安心して欲しい、復讐などしない。私はただ、知りたいだけだ。
歩きながら#dn=1#は隠し持っていたナイフを一本手にとると、ゆっくりと自分を落ち着かせる。まるで自分の中で何かが鋭く尖っていくようだった。まるで作られていく刀のように、冬の洞窟で作られる巨大な氷柱のように。
「いかんな、ローウェル君。ご婦人のエスコートとしては、いささか強引すぎやしないかね。紳士的ではないな」
「ならば是非とも紳士的なエスコートというモノを見せてもらおうか」
そう言った途端、#dn=1#は抜刀せずに鞘から斬撃という名の衝撃波を続けて放つ。それはそこにいた黒幕へと真っ直ぐ飛んでいく。いきなりの奇襲でか、その声の人物に気付いたのか黒幕は目を見開き判断が遅れるが、間一髪でそれを躱す。しかし次に感じたのは痛み。よく見れば鎧の隙間を上手い事突いて脚にナイフが突き刺さっている。黒幕はチッと舌打ちすると廊下からゆっくりとした足取りで出て来た#dn=1#を見た。だがその表情は攻撃をくらったにもかかわらずうっとりとした表情だ。黒幕の攻撃をくらったのであろう仲間達も#dn=1#を驚きの目で見ている。だが#dn=1#は真っ直ぐと黒幕から目を放そうとはしなかった。
「これはこれは。姫様の側近の登場か」
「……アレクセイ」
黒幕―アレクセイはククッと喉を鳴らして笑うと、その手に持っていた聖核を発動させる。するとエステルが悲鳴を上げて、エアルの衝撃波を放つ。
だが#dn=1#の反応はそれよりも早かった。まるで躱すかのように高く跳んだかと思うと、力を込めて斬撃を放つ。それは当たるとすぐに衝撃波によって消されてしまったが、衝撃波によって一部を相殺して、そこを通り抜けたためダメージは殆ど無い。それを見てアレクセイは笑う。#dn=1#は着地をして、アレクセイを見ている。何だか雰囲気がおかしいと思った。仲間達は#dn=1#に畏怖を込めた目を向けているのだ。アレクセイは耐え切れなかったようで高らかに笑い始めた。
「何がおかしい」
分からなくて眉を顰めながら#dn=1#はアレクセイに問う。しかしアレクセイは#dn=1#には返さず、違う者達に返答した。
「どうです姫様、ローウェル君!仲間だと言い張るこの女の力は!化け物と呼ばれるに相応しい力だ」
化け物。
その言葉に#dn=1#は身体を震わせた。まさか、まさか、と頭の中で最悪の状態を思い浮かべる。まるで血が逆流し始めたかのような感じ。
「流浪の民よ、このテルカ・リュミレースで、歴史を記録し、始祖の隷長と唯一交流し、」
魔導器を必要とせず、魔物と戦う者よ。
アレクセイはそう言い放つと#dn=1#の無表情は完全に崩れた。驚きと悲しみが完全に混ざっている。#dn=1#はユーリ達を見るとユーリ達は気まずそうに目を逸らした。
知られてしまった、知られたくない事を知られたくない者達に知られてしまった。化け物と呼ばれた我々を。
アレクセイが何かを言い残しエステルを連れ去って行ってしまったが#dn=1#は動けなかった。