長編
女騎士の名前
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チラッと後ろを振り返ると騎士達は追って来ていない。#dn=1#は前方で何やら作戦会議でもしているユーリ達と合流した。だがユーリ達とは目を合わせない。ベリウスの頼まれた事は「この者達を、頼む」だけだ。せめてこの街を抜けるまでは送らなくては。そう思い#dn=1#は振り返り警戒をする。すると#dn=1#の存在に気付いたカロルは#dn=1#を見て訝しげに見て来る。
「ねぇ、ユーリ。この人……」
「あぁ、#dn=1#は大丈夫だ」
ユーリは何だか誇らしげだった。自分はやっと#dn=1#の隣に並べるようになったのだと思ったからだ。カロルは「いや、だから別に大丈夫とかそうじゃなくて…」と言っているが、#dn=1#を見ているユーリの耳には入らない。すると#dn=1#はピクッと反応して警戒を強めた。それは#dn=1#の雰囲気で分かったのかユーリ達も警戒を強める。駆けて来たのはソディアとウィチルだった。
「待て、ユーリ・ローウェル!」
「エステリーゼ様もお戻りください!フレン隊長が心配してます!」
フレン…。フレン・シーフォは隊長になったのか。どうりでマンタイクで見掛けた訳だ。しかし異例なまでの早い昇進だな。
祝うべきか否か、#dn=1#はそんな事を思っているとリタが#dn=1#の隣で魔法を発動させ、ウィチルと魔法を衝突させる。その間に皆が逃げ、リタが走り出すと#dn=1#も走り出した。リタはチラッと#dn=1#を見たがすぐに前を向く。
「アンタ、何者よ」
リタはそう言うが、#dn=1#は答えられず俯いたままだった。そして先頭を走っていたユーリ達と合流する。いや、合流せざるを得なかった。何せユーリ達の前に誰か立ちはだかっている。それは、ユーリの幼馴染みである、
「フレン…」
ユーリが低い声でフレンを呼んだ。
「こっちの考えはお見通しって訳?」
後ろからはソディアとウィチルの足音が聞こえる。逃げ道などない。完全に挟まれた。フレンは閉ざしていた口を開いた。
「エステリーゼ様と、手に入れた石を渡してくれ」
そう言うと#dn=1#はゆっくりとエステルに歩み寄りフレンから庇うように立ちはだかる。後ろはジュディスとパティが戦闘準備に入ろうとしている。
あの時言った私の言葉は、無意味だったようだな。いや、フレン・シーフォは届かなかったか。
そう思っているとユーリとフレンの言い合いが始まった。そんな言い争いを静かな厳しい言葉で止めたのはリタだった。ユーリは走り出し、それにリタが続きメンバーが走り出す。#dn=1#は少し戸惑ったが、最後尾でタラップを渡り船の入口まで共に向かった。フレン達は動けずにいる。ユーリはいつまでも船に乗り込もうとしない#dn=1#に手を差し延べた。
「乗れよ」
アンタには聞かなきゃいけない事がたくさんあるんだ。
そう言うと#dn=1#の身体が震えた。パティが船を出すと叫ぶ。それを聞くとユーリは急かすように手を揺さぶる。#dn=1#はそのユーリの手を取ろうと手を伸ばした。ユーリの顔が優しく緩んだ。だが、#dn=1#の頭に駆け巡ったのは騎士やギルドによって消された仲間達と、背を向けて別れて行った仲間達、そしてベリウスの姿。
自分は、ダメだ。仲間を持っては。仲間は皆、私を置いて皆消えて逝ってしまう。こんな思いをするならいっその事、仲間を持ってはいけないんだ。
それに、
「……ギルドを、やっているのか…」
#dn=1#がそう問うとユーリは奇妙な顔をしながら頷いた。ユーリには#dn=1#の表情は見えないが、相変わらず無表情なのだろう。ユーリはそう思った。
「あ?あぁ…、凛々の明星って名前でな、」
凛々の明星。
ブレイブヴェスペリア。
良い名だ。
#dn=1#はユーリの手を掴まなかった。スルッとユーリの手をまるですり抜けるかのようにブラリッと振り下ろす。そんな#dn=1#の行動にユーリは今度は神妙な顔をする。
「早く乗れって!船が、」
もう出航しそうな船の雰囲気にユーリは慌てるような声を出す。が、俯いていた顔を上げた#dn=1#の顔を見て、ユーリは言葉を詰まらせてしまった。
「達者でな。もう、会わない事を祈っている」
私は、ユーリ・ローウェル達を潰したくはない。
あまりに悲しそうで、もしかしたら今にも泣いてしまうのではないかという程、悲しい顔。ユーリはこれほどまで分かりやすい#dn=1#の表情を見た事がなかった。
#dn=1#はタラップから飛び降りる。
ユーリは慌てて#dn=1#に手を伸ばしたが危ないと言ってレイヴンやカロルに止められた。結構なスピードで遠ざかる港。そこにポツンッと1人、#dn=1#がユーリ達を見送っている。ユーリは目を見開いた。今度こそ#dn=1#の隣を歩けると信じていたからだ。押さえ付けているレイヴンやカロルを振り払おうとする。が、2人は絶対に放さないというように力を込めて来る。
「何でだよ……、#dn=1#ッ…!
#dn=1#ッッ!!」
ユーリが#dn=1#に向けて手を伸ばして喉の限り叫んでいた。そんなユーリを見て#dn=1#は優しい笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。
ありがとう、そしてすまない。せっかく手を、伸ばしてくれたというのに。
暗闇に飲まれて行くユーリ達が乗った船。完璧に飲まれて見えなくなるまで#dn=1#は見送っていた。しかし、後ろには何やら不穏な気配を感じた。振り返らなくとも分かる。表情が強張るどころか、消えてしまった。
「#dn=1#様、アレクセイ団長から連れ戻すように言われています」
フレンだ。
#dn=1#はゆっくりと振り返る。フレンが何やら険しい顔で#dn=1#を見ているが、#dn=1#は無表情だ。フレンには#dn=1#が何を言おうとしているのかお見通しのようだ。
「とぼけるのはお止めください。ユーリが、#dn=1#様を間違える筈がない。さぁ、帝都に戻りましょう」
#dn=1#はフレンの言葉を聞いて、暫く何一つとして動作を見せなかったが、無表情のまま首を横に振った。どうやらフレンの言葉には従わないようだ。フレンはそれを聞いてグッと黙ると何も言わずに剣の柄を握ろうとする。だが、それよりも早く#dn=1#がフレンの鼻の先ギリギリに鞘を向ける。
忘れもしない。
シゾンタニアのあと帝都に帰って来てからというもの、フレンは何度か#dn=1#に訓練を頼んだのだ。これが一体何の意味を指し示しているか分からない筈がない。こういう時の#dn=1#は機嫌が悪いか、何か思い詰めているか。
つまり滅多な事じゃ#dn=1#は己の剣をフレンやユーリの目の前には突き付けない。
「隊長!」
「待て、ソディア!」
「しかし…!」
剣を抜こうとするソディアにフレンが制止の声を掛ける。よく見ればウィチルも詠唱体制に入っている。マズいと思った。ウィチルが詠唱を終え魔法を発動させ、ソディアがフレンの制止を押し切り剣を抜いた瞬間だった。
ギラリ、と。まるで獣のように瞳が鈍く光る。フレンの前にあった鞘が無くなったかと思うとソディアが抜いた剣を弾き飛ばし、腹に一発拳が叩き込まれる。次にウィチルの首を掴み地面へ叩き付けた。これはフレンが#dn=1#と手合わせをしていたあの頃からよくされたコンビネーションだ。
拳がもろに入ったソディアも、叩き付けられ衝撃を受けたウィチルも意識はあるもののすぐには動けない。#dn=1#はふぅ、と一息吐いたがすぐにハッと我に帰り鞘を構える。
ガキィィンッ!
金属の衝突音。チラッと見ればフレンが剣を抜いて#dn=1#に攻撃して来ていた。
「何故…!どうしてアナタは…!!」
「フレン・シーフォ」
「呼ばないでください!どうしてアナタは居なくなってしまったんだ!どうして…、戻ってはくれないんだ!」
怒りと悲しみの混じりあった顔。それを見て、胸が痛んだ。しかし、この感情にほだされて彼らを潰すわけにはいかない。#dn=1#はフレンの剣を薙払い急接近する。だがフレンの剣は2打撃目にはいる。それを#dn=1#は避ける。微かにフードが切れてしまったがフレンの目の前に立つ事が出来た。
「私を探すのは、止めろ」
ハラリッとフードがフレンの2打撃目によって落ちる。優しい、幼い頃に見た母の笑みのようなその表情。#dn=1#はそれだけ言うとフードを再び被り駆け出して行った。その背中をフレンは追いかける事が出来なかった。
*******
ベリウスが亡くなって数日。
昨日、フェローのところから旅立った#dn=1#はテムザ山へ来ていた。もちろんここへ来る前に、期待していなかったがフェローにも話を聞いた。
どうにかして満月の子の力を抑え、エアル干渉をどうにか出来ないかと。
だがフェローを目の色を変え出来ないと言い、何故そんな事を聞くと強く聞き、#dn=1#はその場からいなくなった。
あの後、ベリウスが何故亡くなったのか、ベリウスは私を愛していると言ってくれた事を全てフェローに話した。全て話し終えるとフェローは何か覚悟したようだった。
「何故だ、フェロー。どうしてフェローの望む世界にエステリーゼ様が含まれていない…」
「アレハ世界ノ毒ダ。毒ガ存在スル未来ヲ私ハ考エナイ。…何故ダ民ヨ、オ前ノ仲間ヲ殺シ、オ前タチヲ迫害スル元凶トモイエル者ヲ何故庇ウ!」
騎士団。
ギルド。
満月の子。
今の私にとって復讐は、意味のないモノだ。それに当事者ならまだしもあの者達はただ騎士団にいて、ギルドをしていて、知らない内に満月の子となっていただけだ。お門違いにも程がある。それを言ったがフェローには聞き入れてもらえなかった。
仕方がないと分かっていても、それは嫌なモノで…。
それもあったが、#dn=1#の最初の目的地であるテムザ山へ向かわなくてはいけないと思ったから、フェローと別れた。
それにしても人魔戦争の傷跡が、ここまでハッキリと付いているとは、#dn=1#も予想していなかった。
#dn=1#がここへ来たのは、#dn=1#の髪を結うこのリボンを返すためだ。これはシュヴァーンが自分を信じて待っていて欲しいと#dn=1#に言って渡したモノだ。だが、もう待てそうにない。そう思いここへリボンを返しに来たのだ。巨大な岩がゴロゴロ転がっているここはあまり長く居たいような場所ではない。#dn=1#は身軽に岩場を縫うように歩く。頂上には恐らく始祖の隷長が居るだろうが、会っている余裕は無さそうだ。
「ッ…!」
その時、#dn=1#は足を踏み外し、崖から落ちてしまった。幸い着地したが、落ちたところは少し高い。回って違うところから登らなくてはいけない。#dn=1#は溜息を吐いて空を見上げた。暑いというのにまるで涼しそうなまでに青い空。そんな中を泳ぐように飛んでいる鳥はまるで羽の生えた魚だ。
#dn=1#は視線を空から目の前のゴロゴロ転がっている岩の道に移す。全く酷いモノだ。#dn=1#は歩き出す。
草一つ生えていない崩れ落ち、不自然なまでに地面は抉れている。クリティア族の街は恐らくもっと上だろうが、行く必要は無い。
するとその時、何か降って来た。雨や石など小さい物はない。#dn=1#は咄嗟に避けて見上げる。そこには既に踵を翻している人間。いや、騎士がいた。落ちて来たそれは大きな袋に詰められている。
「………?」
おかしい、と#dn=1#は思った。あの制服の色は確か、赤…。アレクセイの…。#dn=1#は目の前に落ちて来た袋をチラッと見て、辺りを見る。よく見れば似たような袋が何個か落ちている。しかも全て同じものだ。
袋の口は荒縄でキッチリ絞められている。#dn=1#はしゃがみ込むと、その縄を解いた。袋をもう一度見る。そしてギョッとした。
血が滲んで来ている。
一体何が入っているんだ…!?
#dn=1#は慌てて袋の中を覗き込んだ。酷い匂いで顔を背けるが鼻を押さえながら覗き込み、あまりの衝撃にその場に座り込んでしまった。見覚えのある顔だった。いや、忘れた事など無かった。……違う、偽者だ!
#dn=1#は慌てて袋からそれを引っ張り出す。違う、違うと小さく首を横に振りながら。
そこに現れたのは、血塗れの、恐らく何度も刺されたのであろう傷から裂け、骨が見え、ある一部は骨が突き出し、落ちて来た時に折れたのであろう足が違う方へ向いて、蛆が沸いている人間。
いや、流浪の民だ。
あの時、#dn=1#に逃げるぞと言って、何があったのか全てを話してくれた大人の、流浪の民。仲間。
「ま、さ…か………、」
#dn=1#は慌てて近くに転がっている複数の袋の口を結ぶ縄を解き、その中に入っているモノを引き摺り出す。
中には既に腐っていたり、白骨化しているモノもあったが服と簡単な特徴から、すぐに分かった。
袋に入っていた死体は全て、#dn=1#を除く、生き残った筈の流浪の民だった。
#dn=1#はその場に膝をついた。誰か1人でも生きてくれている。そう信じていた。だが、それは幻想として消え去ってしまった。騎士団が、自分以外の流浪の民を…殺していた。そう理解すると#dn=1#は苦しくてたまらなかった。
何故自分は気付かなかったのかと。どうして自分は探らなかったのかと。泣きたいというのに、涙が出て来なくて尚更自分に怒りを抱いた。
もうダメだ。
ダメだ。私はもう、仲間が怖い。失う事が、自分の無力感を受けるのが、怖い。#dn=1#はゆっくりと立ち上がった。
*******
「あれ…?ユーリ、見て!!」
カロルがそう言って指さしたそこには不自然に膨らんだ地面が数個。その近くには見覚えのあるリボンが刺された枝にくくり付けられている。ユーリがそのリボンが誰のモノか理解して駆け出す前に、レイヴンが先に駆け出していた。崖を下り、その膨らみに近付きそしてリボンを取る。……間違ない。
「……まだ新しいな、何かゾンビでも埋めたのかねぇ」
ユーリはそう言いながらその膨らみに近付きしゃがむと簡単に一部土を退ける。そして言葉を発さなくなった。レイヴンは手に持ったリボンを握り締めている。それは間違いなく#dn=1#のモノだった。もう、待ってはくれないという合図だろうか。レイヴンはそれを見ながら思った。
「……おっさん、そのリボン。#dn=1#のだろ…」
貸せよ、そう言ってユーリはレイヴンからリボンを取ろうとした。どうやら預かり、後で#dn=1#を見つけた時に渡そうという事らしい。だが、レイヴンはリボンを渡さなかった。
頭の中で初めて#dn=1#が、シュヴァーンからリボンをもらった時のあの顔が、フンワリと出て来た。嬉しそうに笑って、ありがとうと言って、そして、そして…。
「おっさん?」
「……このリボン、おっさんが持ってて良い?返す時になったらちゃんと返すからさ」
そう言うとユーリは何だか納得していなかったようだが、すぐに頷いた。
ユーリは自分が退けてしまった土をすぐに元に戻した。
*******
エステルたっての希望でフェローに会ったユーリ達。そこでフェローに言われた言葉にエステルや仲間達は動揺していた。そしてユーリは、フェローが最後に言った言葉が頭から離れなかった。
それはユーリが#dn=1#についてフェローに聞いた時だった。
「何故、民ハ貴様ラ人間ト同ジク満月ノ子ヲ助ケル方法ヲ探ス…!自分達ノ迫害ノ元凶ヲ何故助ケヨウトスル…!!」
それを聞いてユーリは眉を顰めた。だが顰めたのはユーリだけではなかったようで、レイヴンも眉を顰め、エステルは首を傾げようとしていた。今まで自分のそばにいてくれた#dn=1#が、自分達を鍛えてくれていた#dn=1#が、実は迫害されていた?しかも満月の子が原因で?それをもう少し深く聞こうとユーリは口を開こうとした瞬間、フェローは鋭い目で分かるぐらいユーリ達を睨み付けた。そして本当に憎んでいるような声で言った。
何も知らぬ人間、ギルド、騎士団が、民の仲間を差別し化け物と罵り迫害し、あんな方法で殺したというのに…と。
それを聞いてユーリは有り得ないと言うように目を見開いた。#dn=1#が、騎士団やギルド、人間に迫害を…?仲間が殺されていた…?
そう思うと#dn=1#は、何故自分達に復讐しないのかと思ったが、すぐにそんな考えが消えた。フェローは飛び立つ際に、言い残した。
「モウ民ニ、苦シミヲ与エルナ……」
フィエルティア号の船室で寝転がっていたユーリはまるで自嘲するように呟いた。目を瞑ればノードポリカで見た、あの顔が浮かぶ。悲しくて、こっちが泣きそうになるような顔。結局、ユーリの手は#dn=1#に届く事無くまた空を撫でただけで終わってしまった。#dn=1#は自分達が敵であるギルドになったから悲しんでいた?…いや違う。あの顔はそうじゃない。仲間を殺された…って?テムザ山で見つけた#dn=1#のリボンともう仏になっていた者達の墓…。
#dn=1#は、もしかして。
「らしくないねぇ、青年」
そう言ってユーリの思考を遮ったのは#dn=1#のリボンを持っているレイヴンだった。チラッとユーリはレイヴンを見たが興味が失せたように視線を逸らして「おっさんか…」と呟いた。そんなユーリを見てレイヴンはやれやれ…と言うように肩を上げて、椅子に座った。
「……テムザ山で青年が見つけたあの仏さん…、まさかとは思うけど、」
「そのまさかだろ」
「仲間の、死体か…」
ユーリにはあの死体はただの人間のようにしか見えなかった。だというのに人間達は迫害して、ギルドや騎士団は殺しまで行なった。そこまで凶悪そうにも見えない。もしかしたら内面かもしれないが、凶悪ならザギや魔狩りの剣の方が内面も外見もよっぽど凶悪そうだ。ユーリはレイヴンには目を合わせずただ上を見上げていた
「…#dn=1#は、何で騎士団にいたんだ…?」
「さぁ?実は復讐なんてどうでも良いのかも。雨風凌げる場所だったらどこでも良かったのかもねー」
確かに。#dn=1#は復讐に囚われるような奴では無い。それに復讐に走っていたのなら、もう騎士団も機能するか分からない程痛め付けられたり、ベリウスやユーリ達がギルドをしていると分かった時点で攻撃して来ている筈だ。だというのに、攻撃一つせず、そこにいた。
確かにレイヴンは言うのも一理あるかもしれない。だが、ユーリには#dn=1#は無意識の内に切り換えようとしていたのかもしれないと思った。そうしようとする事で、何かから逃げていたのかもしれない。
それにしても。
「なぁ、おっさん」
「何よー」
「何で俺が#dn=1#って言っただけで、誰か分かったんだ。会った事無い筈だろ」
「あーらら、おっさんの情報網嘗めちゃダメよ?」
レイヴンはそう言って笑った。そしてトントンと自分の頭を指でつついた。
「#dn=1#は、嬢ちゃんの側近。確か…、14の時から騎士団であの地位に居た。本当の実力を知る人間はいない、けどかなり腕は立つ……だったかね」
14歳…。俺がまだガキの頃から#dn=1#はあそこにいたのか…。
ユーリがそう思っているとレイヴンは皮肉に笑うように話した。
「その数年前。あるギルドととある隊が、見知らぬ魔物と通じてるって噂の一族であり、永久追放となった一族を、殺した。生き残った民はほんの一握り、騎士団やギルドも逃げた者を追ったけど、結局逃げられたって話」
それを聞いてユーリはハッとしてレイヴンを見た。それはまさかフェローの言っていた民の殺害。そしてそこに生き残った1人が#dn=1#。何故そこまでしてまで殺さなくてはいけないのか。恐らく見知らぬ魔物っていうのは始祖の隷長。そしてあんな事があっても何者かが#dn=1#達一族を追っていて、殺していた。
ユーリは起き上がるとギリッと奥歯を噛み締めた。#dn=1#は怖くなかったのだろうか?自分達一族を殺した騎士団に10年もいて…。レイヴンに一族とは何なのか聞いたが知らないと言われ首を横に振られた。
ユーリははぁ…、と溜息を吐いてベッドに倒れた。
『私は、見守るしか出来ぬようだ』
いつかに#dn=1#が言っていた言葉を思い出した。あの日は剣の稽古と言ってお互い腕試しをして、全然勝てなくて、ユーリが地面に寝そべって空を見上げていた時だった。
#dn=1#は寂しそうにユーリを見て、空を見上げた。
『いくら私が剣を振るおう
とも、護れぬ…。だから私は、見守るしか出来ぬ』
違う。
違う。
アンタは、護れるんだ。
ただアンタは、仲間を分かっていないんだ。
仲間は護るために居るんじゃない。
「…絶対、会わないとな」
「?」
「#dn=1#に、伝えないと」
そしてアンタの隣を今度こそ歩く。ユーリはまだ見えぬ#dn=1#の背中を思い浮かべた。
*******
1人は嫌いだ。でも、仲間を守れないのはもっと嫌だ。失うのはもう嫌だ。だから私は、見守るしか出来ぬようだ。
***
ミョルゾへの手掛かりを手に入れたユーリ達はエゴソーの森に来た。が、何やらバウルが落ち着かぬ様子らしい。ジュディスが心配そうにバウルに話しかけたりしている。ユーリも何やらこの森周辺に来てから怯えて、唸っているラピードを落ち着けようと必死だ。滅多な事では怯えぬラピードが唸り声を上げながら、怯えているのを見るのは一体いつ振りだろうか。するとジュディスの方は終わったのかバウルは空高く舞い上がって行った。何やら怪訝そうな顔でジュディスは少し悩んでから口を開いた。
「バウルがね、ここに民が来てるから会わなきゃって言ってるわ」
民、そう言われてユーリはすぐに#dn=1#を思い浮かべた。皆も少し間を置いてフェローやベリウスが言っていた民の正体を思い浮かべた。エステルは立ち上がり森を見て「この森に、#dn=1#が…」と言った。ユーリはジュディスを見る。
「ミョルゾはどうするんだ?」
「私はバウルが会いたがってるその人を探すわ。あなた達はミョルゾに」
「……私の用件は後回しにしてください」
エステルは森から目を離してジュディスを見ながら言った。確かに満月の子の事も知りたいが、フェローが言っていた言葉はユーリだけでなくエステルも引っ掛かっていたようだ。自分達の迫害の元凶、とフェローは言った。一体過去に何があったのか、#dn=1#は知っている筈だ。ジュディスはジッとエステルを見て、暫くしてから「分かったわ」と返事をした。カロルは何だか落ち着かない様子で森を見ている。レイヴンは、どこか全く違う方を向いている。すると森の中から魔物の断末魔が響いた。それに驚いてカロルは尻餅を付く。
ここにアンタはいるのか、#dn=1#…。
#dn=1#は恐らく仲間をはき違えてる。しかもそれはどこか紙一重であるから、#dn=1#は間違ったのかもしれない。だがあの仲間の死体を見ればそれに拍車が掛かるのも仕方が無いだろう。
アンタはあの変わり果てた姿の仲間を見た時、何を思って仲間を弔ったんだ?悲しくて、悔しくて、自分の無力感を呪ったんじゃないのか?
だからって死んだ奴等はそうして欲しいと思ってんのか?そんなの縛ってる方も縛られてる方も、見てる方も悲しいだけだ…。
ユーリは知らない内に剣の鞘を持つ手に力を込めていた。#dn=1#には新米騎士になる前から色々と面倒を見てもらったり、感謝し切れないぐらいたくさん形の無い大切なモノをもらった。そしてこの想いも抱いた。だからこそ、少しでも力になりたい、ユーリはそう思い森の中へと歩を進めた。
*******
進めば進むほど、道は険しくはならないものの坂がずっと続いていた。こんな広い森の中で#dn=1#は見つけられないと最初は思っていた。だが、森に入った時から、魔物や騎士やらの気絶した姿をゴロゴロと見て来ているとこれを追えば見つかるんじゃないかと思い始めていた。
そういえば似たような童話があったな、とユーリは思ったがエステル辺りに全否定されると分かっているため敢えて口には出さなかった。
相手を殺さず気絶させる、この戦い方はユーリが#dn=1#という人間を知った当初から全く変わらない。あの刀を抜かないで、鞘だけで戦う。抜いたとしても絶対刀は使わない。#dn=1#はそんな戦い方をする。
#dn=1#はそんな戦い方をする。随分前に何で刀を抜かないのか聞いたが「今はその資格が無いだけだ」と理解が出来ない答え方をされた。だが今ならその資格が何なのか分かる気が資格もない。もしかしたらあの刀は、仲間を守るために抜く刀なのかもしれない。だから#dn=1#は俺たちの前では一回も抜かなかったのかも。
「ガウッ!」
「ッ、ラピード…!?」
いきなりラピードが駆け出して行ってしまった。いつもならユーリの言う事を聞くというのに。だがラピードは無意味に駆け出したりはしない。ラピードは恐らく何かを感じ取ったのだろう。ユーリ達も慌ててラピードを追いかける。皆に2つの緊張が走る。
一つは#dn=1#を知っている者はやっと会えるが今度こそ逃げられないようにしなければという緊張。
もう一つ、#dn=1#を知らない者は、今までの道を辿って来ると民と呼ばれる#dn=1#は凶悪ではないかという、恐怖に似た緊張。
するとラピードは拓けた場所の端で珍しく礼儀良さそうに座っていた。その先には、忘れもしないノードポリカで見たフードを深く被ったローブの者と、騎士達。
フードを深く被ったローブの者は肩を忙しなく動かして息をしている。どうやら連戦で疲れているようだ。思えばあれだけの数を倒して来ているんだ。疲れていない方がおかしい。むしろ普通なら疲れで倒れているのではないかという数だ。
「お戻りください、#dn=1#様!」
「アレクセイ団長もアナタを探しております!」
騎士達は必死に説得しながらもフードを深く被ったローブの者―#dn=1#に剣を向けている。ユーリ達からは#dn=1#の顔は見えない。ただ、#dn=1#は何かに怯えていると感じた。するとラピードが一回吠えた。まるで、声を掛けるかのように。#dn=1#はその鳴き声を聞いて酷く緩慢な動きでラピードを見て、ユーリ達を見た。
その顔は人間のようだったが、目を少し見開いた。どうやら驚いているようだ。騎士達もユーリ達に気付いたようで、#dn=1#に掛ける声とは違い鋭い声を上げる。
「何なんだ貴様ら!」
「引き返せ!さもなくば容赦しない!」
ガンッ!
バコンッ!
騎士達が駆け出すよりも早く#dn=1#が騎士達の兜を凹ませるぐらい鞘で叩き、気絶させた。
そしてもう一度ユーリ達を見ると逃げるように駆け出して行ってしまった。
「あっ……!」
「お前らここで待ってろ!ラピード、行くぞ!」
そう言ってユーリは#dn=1#の後を追い駆けた。
******
#dn=1#は走りながら混乱していた。ミョルゾを守る始祖の隷長―クローネスに会いに行こうと思いここに来たのだ。しかし進めば進むほど、魔物や騎士団が居て会うごとに戦闘を繰り返していた。殆ど休まずしてここに来た#dn=1#にとってそれは散々な事だった。しかもそこへユーリ達が来た。大切な教え子のようなユーリや、元主人であるエステル。
失いたくない。守れなかっただなんて思いたくない。
「バウッ!」
「ッ、ラピード…」
#dn=1#の横を駆け抜け、前に立ちはだかるラピード。それに足を止めるとすぐに後ろから足音が聞こえて来た。#dn=1#はチラッと振り返るとユーリが追い駆けて来て、逃げ道を塞いだ。
大切な教え子、元主人。守りたい。でも、守り切れなくてあの悲しさを受けるのはもう、嫌だ。
「#dn=1#。俺たちと、来い」
バウルが会いたがってる、そう言うと#dn=1#は一瞬だけ警戒を解いたが、ユーリの目が違う事を思っている事に気付き再び警戒した。
#dn=1#は鞘を構え、臨戦体制にはいる。だがユーリはそんな#dn=1#を見ても構えもしない。そしてゆっくりと#dn=1#に近付いた。
「……来るな」
唸るように言うが、#dn=1#には戦う気はさらさらない。ユーリの歩に合わせて後ろへ後退する。だがラピードの手前まで来ると止まってしまった。ラピードも武器を抜かずただそこにいるだけだというのにだ。
「……怖いか」
「………」
ユーリの言葉に#dn=1#は俯いた。怖い?何に対して言っている?ユーリ・ローウェルに対してか?ラピードに対してか?この場所に対してか?ギルドや騎士団に対してか?それとも、
「あの時、俺が手を伸ばした意味が」
「……ッ……」
もしあの時ユーリ・ローウェルの手を取って、一緒にいたらと思うと怖くてたまらない。もしかしたらまたあの時のような喪失感を、無力感を受けるかもしれない。だからユーリ・ローウェルの手を取らなかった。そして、逃げた。
仲間が消える事が、ユーリ・ローウェルの手を取るのと直結しているように感じたから。
守れないのは嫌だ。
失うのはもう嫌だ。
伸ばされた手が怖い。
「仲間」という甘い誘惑が怖い。失うぐらいなら、守れないなら、伸ばされた手が怖いなら、仲間という誘惑が怖いなら。
辛くても、1人が良い。
永遠に1人と思うと#dn=1#の身体がビクッと震えた。
1人は嫌いなくせに、バカみたいにそっちへ逃げて。まるで同情してくれと言わんばかりだ。だが、嫌いでもこれしか私には道が、
「アンタ、仲間って意味。履き違えてね?…この間、ドン・ホワイトホースが死んだ。その時、分かった。仲間は、自分が守るためにあるんじゃねぇ。仲間は支え合うためにあるんだよ。アンタは今、自分のせいでとか、自分が弱いからとかいって要らねぇとこまで背負い込んでんだよ!俺はアンタみたいな民じゃねぇからよくは分かんねぇけど、もし死んだ奴等が今のアンタ見てどう言うと思う!!」
寒い訳でもないのに、ガタガタと手が震える。息が整わない。自分の考えていたモノがなんだか根本から全て崩されていくような感じがして怖かった。
ユーリは#dn=1#の前まで来ると構えていた鞘を下ろさせ、ゆっくりとフードを取ってやった。こんなに弱り切っている#dn=1#を見るのはユーリは初めてだった。
#dn=1#は優しいから、きっと俺たちを傷つけないようにとか思って逃げた。でも、そんなの違う。見守るしか出来ぬって言葉も、違う。アンタはさっき、ちゃんと守ってくれてたじゃねぇか。ヨームゲンの時、俺達を助けてくれたじゃねぇか。
「もう、良いって。背負うなって、言ってると思うぞ」
「し、かし……!」
反論を上げようとした#dn=1#の手をいつの間にか横に来ていたラピードが、クゥンと鳴いて擦り寄った。その柔らかさと、体温が嬉しかった。
「アンタ、さっき騎士から守ってくれたじゃねぇか。それに、ヨームゲンやノードポリカで俺達を助けた。じゃなかったら、俺達はここにいない」
ちゃんと守れてるぜ、とユーリが付け足すと#dn=1#はまるで糸の切れた人形のようにその場に崩れた。震えはいつの間にか止まっていた。
守れていた…?自分は大切な者達を守り切れていた…?
そう思うと胸の奥に深く埋まっていた鉛が取れた気分だった。ラピードが心配そうに#dn=1#の顔を覗き込んで、慰めるように頬に擦り付いた。#dn=1#は今にも泣きそうな顔でラピードを抱き締めた。
生きてくれている…。ちゃんと私は、守っていたのか…。
そんなラピードを羨ましそうにユーリは見ていた。ラピードは心配そうに、クゥンクゥンと鳴いている。そして一撫でして#dn=1#はゆっくり立ち上がると、ユーリを見た。#dn=1#から熱烈なハグをしてもらえると思い、自分の仲間であるうさん臭いおっさんのように両手を広げ、さぁ胸に飛び込んで来い!と準備をする(ラピードの視線が痛いが知ったこっちゃない)。しかし、#dn=1#は抱き付くというよりは、ユーリの方へ倒れて来た。それには驚いてユーリは受け止めるが、危なく倒れそうになった。
「おーい……#dn=1#さーん……」
まぁ、仕方ないよな。あれだけ色んなモノ倒して来れば疲れもたまるだろうし。
ユーリは倒れて来た#dn=1#の顔を覗き見るとすぅすぅと寝息を立てて眠っている。ユーリは溜息を吐いて、#dn=1#を抱き上げる。ラピードは心配そうに#dn=1#を見ていたが、大丈夫と言うようにユーリは笑った。だが、内心は後で抱き締めてやるから覚悟しとけよ、#dn=1#…、と狼な考えを膨らませているのだった。
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